イマコト

最新の記事から注目のキーワードをピックアップ!

Article Detail

東北大など、生きた状態での生物の高解像度電子顕微鏡観察に成功

2013-04-20

生きた状態での生物の高解像度電子顕微鏡観察に成功
―高真空中でも気体と液体の放出を防ぐ「ナノスーツ」を発明―


<ポイント>
 >生物は多様な環境に対応するために細胞外物質(機能性膜)で覆われている。
 >細胞外物質やそれを模倣した薄い液膜に電子線などを照射することで、高真空中でも蒸発を防ぐ、より強力な「ナノ重合膜(ナノスーツ)」を発明。
 >生きた状態のままで、電子顕微鏡による微細構造観察が実現可能になった。


 JST 課題達成型基礎研究の一環として、浜松医科大学の針山 孝彦 教授は、東北大学 原子分子材料科学高等研究機構の下村 政嗣 教授らと共同で、高真空下でも生命を保護できる生体適合性プラズマ重合(注1)膜を発明し、生きたままの状態で生物の高解像度な電子顕微鏡観察に成功しました。
 生物の体表は、多様な環境に対応するために細胞外物質(ECS)(注2)で覆われています。しかし、電子顕微鏡観察で行われる高真空下のような極限状態では、細胞外物質は内部の物質の放出を抑制することができず、体積が収縮し表面微細構造は大きく変形してしまいます。そこで、できるだけ生きた状態に近い微細構造を観察するため、これまでは化学固定や試料の乾燥、金属蒸着などの表面ハードコーティング処理を行い、死んだ試料を観察していました。
 本研究グループは、ショウジョウバエやハチの幼虫など一部の生物がもつ細胞外物質に電子線またはプラズマを照射することで、高真空下でも生物内部に含まれる気体や液体が奪われることを防ぐナノ重合膜(ナノスーツ)が形成されることを明らかにしました(図1)。さらに、その細胞外物質に類似した化学物質を塗布してナノスーツを形成させると、生きたままで高分解能な電子顕微鏡観察が可能になりました。
 今後は、これまで観察していた死んだ生物の微細構造ではなく、さまざまな生物を生きた状態で本来の微細構造や運動を直接観察できるようになり、生物のもつ未知の生命現象や行動の解明が期待されます。
 本研究成果は、米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」のオンライン速報版で2013年4月15日の週(米国東部時間)に公開されます。


 本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
  研究領域:「ナノ科学を基盤とした革新的製造技術の創成」
        (研究総括:堀池 靖浩 (独)物質・材料研究機構 名誉フェロー)
  研究課題名:「階層的に構造化されたバイオミメティック・ナノ表面創製技術の開発」
  研究代表者:下村 政嗣(東北大学 原子分子材料科学高等研究機構 教授)
  共同研究者:針山 孝彦(浜松医科大学 医学部 教授)
  研究期間:平成20年10月〜平成26年3月
 JSTはこの領域で、ナノ科学に根ざした発見や独創的技術を展開して「具体的もの」の創製という出口を見据え、「使える技術」として諸技術に伝播する波及効果の大きな研究を目標としています。上記研究課題では、生物に見られる自己集合・自己組織化による階層的構造化とそれに基づく機能発現を模倣して、ボトムアップ型生産技術としての「バイオミメティック・エンジニアリング」の体系化を目指しています。


<研究の背景と経緯>
 生物は多様な環境で生存するために、さまざまな機能や仕組みを発達させてきました。それらを学び模倣して、新しい材料やシステムを開発する生物模倣技術(注3)が注目されています。生物模倣技術の1つとして、生物の微細構造を模倣した材料開発が盛んに研究されています。ハスの葉の超撥水性、蝶の羽の構造色、さめ肌の低摩擦性などが良く知られています。
 その根底にある生物表面の微細構造は、主に電子顕微鏡により観察されています。高解像度な電子顕微鏡観察には、電子線の透過しやすい高真空環境が必須なため、生物試料を電子顕微鏡内の高真空チャンバーに配置する必要があります。しかし、体重の80%近くを水が占める生物を高真空下に配置すると、水分の蒸発により体積収縮し、その表面微細構造は大きく変形します。そこで、できるだけ生きた状態に近い微細構造を観察するため、生物試料を化学固定し、乾燥処理や表面ハードコーティング処理を行い、死んでいる生物を高分解能な電子顕微鏡で観察しているのが現状です。また、水の蒸発を抑制するために低真空下での観察を可能とする装置や、生物試料周辺のみの真空度を落とすことを可能とする装置が開発されていますが、電子線の透過度が低くなり、結果としてこれらの技術では表面微細構造の細部まで観察することは困難なのです。


<研究の内容>
 本研究チームはまず、浜松医科大学の高分解能走査型電子顕微鏡(FE−SEM)(注4)を用いて、さまざまな生物を高真空下でそのまま観察しました。その結果、ほとんどの生物は真空環境におかれると死に至り、その表面構造は体積収縮により変形していました。しかし、粘性をもつ細胞外物質(ECS)を個体の最外層にもつ一部の生物(ショウジョウバエやハチなどの幼虫)では、体積収縮のない微細構造表面を観察することができるだけでなく、電子顕微鏡の中で活発に動いていました(図2A〜C)。そして、その生物を電子顕微鏡から取り出して飼育を続けると成虫になりました。ところが、同じFE−SEM内で電子線照射なしで1時間放置(図2F)した後に、電子顕微鏡観察するとショウジョウバエの幼虫は体積収縮により変形し、死亡していました(図2G)。これらの結果から、電子線照射によって高真空下でも生命維持できる秘密があることが考えられました。
 生命維持されているショウジョウバエの幼虫表面の構造的な特徴を観察するため、FE−SEM観察前後の幼虫の最外層の超薄切断面を作製し透過型電子顕微鏡(TEM)(注5)で観察しました。電子線照射による観察後の幼虫では、50〜100nm(ナノメートル、ナノは10億分の1)の薄膜が形成されていました(図2D)。しかし、電子線照射なしで1時間放置した個体の超薄切断面のTEM観察では、最外層の薄膜は観察されませんでした(図2H)。この結果から、FE−SEM観察時の電子線照射により、幼虫の最外層に50〜100nmの薄膜が形成され、それが高真空下での気体や液体の放出を抑制していることがわかりました。また、FE−SEM観察前にプラズマ照射して同様の実験操作を行うと、電子線照射の場合と同じ結果が得られました。以上の結果から、幼虫の最外層にある粘性の高いECSは、電子線またはプラズマ照射により体内の物質の放出を抑制できる50〜100nmの薄膜を形成し、高真空下でのFE−SEM観察を実現できることがわかりました。本研究チームは、この膜を「ナノスーツ」と名付けました。
 次に、幼虫のECSの成分分析を行い、類似した化学官能基をもつ溶剤を選定し、ECSをもたない生物に対して同等の機能の発現を試みました。成分分析の結果や生体適合性という観点から、食品添加物にも指定されている界面活性剤(Tween20)を選択しました。直接FE−SEM観察すると体積収縮による変形が起こり、数分の間に平べったくなってしまうボウフラ(幼虫)(図3A)にTween20をごく薄く塗布し、プラズマ処理してナノスーツを装着させました。その試料でFE−SEM観察すると、高真空下でも体積収縮がなく微細構造を観察できました(図3B、C)。また、ボウフラは微細構造観察時にも活発に活動しており、観察後に飼育水に戻すと蚊に成長しました。観察後のボウフラの断面のTEM観察を行うと、ナノスーツで被覆した試料からはショウジョウバエの幼虫のECSの場合と同様に、最外層に50〜100nmの薄膜が形成されていることがわかりました(図4F)。Tween20でも、ショウジョウバエの幼虫と同様に、電子線またはプラズマ照射により物質の放出を抑制できる薄膜が形成され、FE−SEM観察により生きた状態の微細構造を観察できることがわかりました。
 従来の実験方法は、生物試料を化学固定した後、形をできるだけ維持する乾燥法により試料内部の液体成分を除去したのち、試料表面に金やオスミウムなどでコーティングをして観察していました。この方法で注意深く作業を行っても、体内に水分が多い材料では変形をなかなか防ぐことができず(図5A)、高倍率で観察すると未処理の変形(図4B)に比べて少ないとはいえ、多くのしわが観察されました(図5B)。生きたままのボウフラを観察すると整然と並んだ蛇腹構造が観察されました(図5D)。従来法では、その処理に時間がかかるだけでなく、処理による変形を観察している可能性があります。ナノスーツ法で観察すれば、数分の処理で変形のほとんどない生きたままの姿を観察することができます。
 これまで用いてきた動物の種だけでなく、別種にも本技術が適用できるかどうか調べるために、種々の生物にナノスーツ法を適用してみました。電子顕微鏡に入れることのできたサイズのほとんどの動物種で、生命を維持し動的な観察を続けることができました。その例として、図6にハムシの体表面をナノスーツで保護し、生きたまま電子顕微鏡で観察した像を示します。背中側を試料台に貼り付けて腹側を観察していますが、ハムシは頭や胸部、脚など全てを自由に動かすことができます。この写真では前脚が大きく動いてしまっているので、楕円で囲った部分の前脚がブレてしまっています(図6A)。動きがたまたま止まったときに前脚第一節のSETAと呼ばれる多数の毛状構造が密集していることがわかり、この構造がどのように接着面と作用しているかを観察することもでき、今後の解析が期待されます。


<今後の展開>
 これまで観察されてきた「生きた状態に類似した死んだ生物の微細構造」ではなく、開発した「ナノスーツ」を用いて、FE−SEM観察できなかった「生きた状態でさまざまな生物試料の微細構造」を観察できるようになります。それに加え、小動物や細胞などの極微細領域での動きの直接観察が可能になり、生物がもつ未知の現象や行動、組織や細胞間相互作用などの解明が期待されます。
 本手法を注意深く用い、多様な生物の生きた状態での微小領域での高分解能電子顕微鏡観察により、数多くの機能や微細構造を解明できれば、生物学、農学や医学などの生命科学分野での発展のみならず、生物模倣技術をはじめとする「ものづくり」の分野への著しい発展に大きく貢献するものと期待されます。


 ※以下の資料は添付の関連資料「参考資料」を参照
  ・図1 プラズマによる表面修飾の模式図
  ・図2 ナノスーツ処理したショウジョウバエ幼虫(ウジ)の電子顕微鏡画像
  ・図3 ナノスーツ処理した蚊の幼虫(ボウフラ)の電子顕微鏡画像
  ・図4 Tween20溶液とプラズマ照射によるナノスーツの形成
  ・図5 従来法とナノスーツ法の比較
  ・図6 ハムシにナノスーツ法を適用した電子顕微鏡観察
  ・用語解説
  ・論文タイトル

この記事に関連するキーワード

ものづくり

Related Contents

関連書籍

  • 死ぬまでに行きたい! 世界の絶景

    死ぬまでに行きたい! 世界の絶景

    詩歩2013-07-31

    Amazon Kindle版
  • 星空風景 (SKYSCAPE PHOTOBOOK)

    星空風景 (SKYSCAPE PHOTOBOOK)

    前田 徳彦2014-09-02

    Amazon Kindle版
  • ロンドン写真集 (撮影数100):ヨーロッパシリーズ1

    ロンドン写真集 (撮影数100):ヨーロッパシリーズ1

    大久保 明2014-08-12

    Amazon Kindle版
  • BLUE MOMENT

    BLUE MOMENT

    吉村 和敏2007-12-13

    Amazon Kindle版