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東大、金属ナノクラスターを用いて高度な触媒的不斉反応を実現

2012-11-21

金属ナノクラスターを用いて高度な触媒的不斉反応を実現!
〜クラスター触媒科学のブレークスルー



<発表者>
 小林 修(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 教授)


<発表のポイント>

▼どのような成果を出したのか
 ロジウムと銀から成る金属ナノクラスター(注1)を固定化した高分子触媒を用いて、触媒的不斉1,4−付加反応を高い選択性で実現した。

▼新規性(何が新しいのか)
 金属ナノクラスター触媒による高選択的な触媒的不斉炭素−炭素結合生成反応として初めてである。

▼社会的意義/将来の展望
 金属の漏出がなくリサイクルが可能な環境調和型の触媒であり、高収率・高選択性も出せるため実用化が期待される。


<発表概要>
 数個〜数百個の金属原子が集まった金属ナノクラスターは、特異な性質を示すことが知られており、近年、その理論・物性・物理化学的研究に加えて触媒機能に関しても活発な研究が行われている。しかしながら、金属ナノクラスターによる触媒反応の高度な立体制御は困難である。特に、有機合成化学において炭素骨格を作るのに重要な、触媒的不斉炭素−炭素結合生成反応で高い選択性を達成した例は報告されていなかった。

 東京大学大学院理学系研究科の小林修教授らの研究グループは、ロジウムと銀から成る金属ナノクラスターを固定化した高分子触媒を開発し、不斉配位子の添加により触媒的不斉1,4−付加反応を高い選択性で実現することを達成した。触媒的不斉合成(注2)は、少ない不斉源から理論的に無限の光学活性化合物を合成することができる手法であり、ノーベル賞の受賞対象となった技術である。

 1,4−付加反応は主要な炭素−炭素結合生成反応の一つであり、上記の成果により金属ナノクラスターを用いる触媒的不斉合成の大きな発展の端緒が開かれた。この触媒は金属漏出がなく反応後のリサイクルが可能であり、本プロセスが実用化されれば環境にやさしく効率的な化学品製造プロセスとなる。今後はグリーン・サステイナブル・ケミストリーの技術としての実用化、および金属ナノクラスターの科学の発展が期待できる。


<発表内容>
 金属ナノクラスターはそのサイズに基づく特異な性質を有し、高い活性を示す触媒として近年活発に研究開発が行なわれている。単一の金属から構成されるナノクラスターに加えて、二種類の金属を含む二元金属ナノクラスターの触媒開発も行なわれているが、二元金属ナノクラスターの場合はその組成や構造により新たな触媒性能を生み出せるため非常に興味深く注目を集めている。一方で、触媒的不斉合成は、少ない不斉源から理論的に無限のキラル化合物を合成することができる手法であり、光学活性な医薬品の合成等に用いられる、ノーベル賞の受賞対象となった技術である。しかしながら金属ナノクラスターを用いた高度な立体選択性の制御は困難であり、触媒的不斉合成に関しては還元反応などで報告例が僅かにあるのみであり、重要な骨格形成反応である炭素−炭素結合生成反応においては、高い選択性を達成した例は報告されていなかった。今回、発表者のグループは、ロジウムと銀から成る二元金属ナノクラスターを固定化した高分子触媒を開発し、触媒的不斉1,4−付加反応を高い選択性で実現した。

 発表者らはこれまでに、独自に開発した高分子カルセランド法(polymer−incarcerated method, PI法)を活用することにより、ポリスチレンを基本骨格とした高分子に金属ナノクラスターを固定化した触媒を数多く開発してきている。これらの触媒は高い活性を有し、かつ高い活性を維持したままリサイクルが可能であることが大きな特長である。さらに複数種類の金属を用いて調製した触媒には単一金属と比べて高い活性やユニークな選択性を示す場合があることも明らかとなっている。今回発表者らは、高分子とカーボンブラックを複合担体として用い、ロジウムと銀で構成される高活性な二元金属ナノクラスター触媒であるPI/CB Rh/Agを開発し、この触媒をキラルな金属ナノクラスターを用いるアリールボロン酸とエノンの1,4付加反応に適用した。

 まずロジウム源としてRh(PPh3)3Clを用い、ポリスチレン由来の構造単位を有する高分子担体の存在下で水素化ホウ素ナトリウムと反応させロジウムクラスターを調製した。この際、表面積を大きくするために二次担体としてカーボンブラックを添加した。キラルなリン配位子を外部添加して不斉反応を行なったところ、高分子からの金属漏出がみられた。種々のキラル配位子を検討した結果、キラルジエン配位子を用いた場合に金属漏出が低減できることがわかった。さらにロジウム源として[Rh(OAc)2]2を用いることで金属漏出は検出限界以下にまで抑制できた。また、触媒調製時に還元を二回行なうことで反応の高い再現性が得られるようになった。図1に触媒調製の模式図を示す。

 次に、二種目の金属源を触媒調製時にロジウム源と同時に還元することで二元金属ナノクラスター触媒の調製を行なった。二種目の金属として、銀・コバルト・パラジウムルテニウム・金をロジウムと1:1の比率で触媒調製して検討したところ、銀の場合に最も高い活性が得られ、触媒量0.75mol%(ロジウムで計算)において、シクロヘキセノンとフェニルボロン酸を基質として用いた場合に>99%収率および98%eeのエナンチオ選択性(注2)が得られ、その際の金属漏出は検出限界以下であった(図2)。また、高分子から漏出した触媒で反応が進行しているわけではないことも確認できた。この触媒系は基質の適用範囲が広く、いずれも金属漏出はみられなかった。

 さらに、Rh/Agの二元金属ナノクラスターの電子顕微鏡による観察およびEDS(エネルギー分散X線分析装置)によるマッピングによれば、ロジウムと銀は合金のナノクラスターを形成しており(ロジウム/銀の比率は1:2〜2:1)、ロジウムに銀を加えることによりナノクラスターの凝集が抑制されていることがわかった(図3)。これは金属クラスター触媒系において二番目の金属が正の効果を有する特筆すべき例である。

 さらに、PI/CB Rh/Agは簡便な操作でリサイクルが可能であり、その際に高い収率及びエナンチオ選択性は維持された。9度目の使用で初めて収率の低下がみられたが、触媒の加熱を行なうことで活性が回復することがわかった。エナンチオ選択性は14回の繰り返し使用において有意な低下はみられなかった。さらに、複数の反応を一度に行なう効率的なワンポット反応の検討を行なった。酸素酸化用の触媒であるPI/CB Auと今回開発したPI/CB Rh/Agを順次に加えることにより、アリルアルコールとアリールボロン酸を原料とする、アルコール酸化反応と不斉1,4付加反応の二段階のワンポット反応を、88%収率及び94%eeのエナンチオ選択性で達成することができた(図4)。

 これらの成果により、キラルな二元金属ナノクラスター触媒による不斉1,4−付加反応を達成してキラル金属ナノクラスターを用いる精密な触媒的不斉合成の発展の端緒が開かれたと同時に、金属ナノクラスター触媒の科学に新たな知見を与えた。今後はキラルな二元金属ナノクラスター触媒による他の不斉合成への展開や、触媒構造の解明等に取り組む予定である。この触媒は反応後のリサイクルも可能であり、本プロセスが化成品や医薬品等の化学製品の製造において実用化されれば、環境にやさしく効率的な製造プロセスとなる。今後はグリーン・サステイナブル・ケミストリーの技術としての実用化および金属ナノクラスターの科学の発展が期待できる。


<発表雑誌>

●雑誌名
 「Journal of the American Chemical Society, 134, 16963 (2012)」

●論文タイトル
 Polymer−Incarcerated Chiral Rh/Ag Nanoparticles for Asymmetric 1,4−Addition Reactions of Arylboronic Acids to Enones: Remarkable Effects of Bimetallic Structure on Activity and Metal Leaching

●著者
 Tomohiro Yasukawa, Hiroyuki Miyamura, and Shu Kobayashi

●DOI番号
 10.1021/ja307913e

アブストラクトURL
 http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/ja307913e


<用語解説>

注1 クラスター
 数個から数百個の原子の集合体。

注2 触媒的不斉合成
 少ない量の不斉触媒を用いて生成物の一方の鏡像体を多く得る合成手法。不斉とは、鏡に映した像が元の像と重なり合わない性質(右手と左手の関係)。エナンチオ選択性は一方の鏡像体の過剰率であり、% eeという単位で表す。


※図1〜4は、添付の関連資料を参照

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