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東大など、日本人に多い非ホジキンリンパ腫の発症メカニズムの一端を解明
日本人に多い非ホジキンリンパ腫の、ユビキチン化を介した発症機構の解明
〜抗がん剤や自己免疫疾患治療薬の創薬の基盤として期待〜
<発表者>
徳永 文稔(群馬大学生体調節研究所 教授)
西増 弘志(東京大学理学系研究科生物化学専攻 特任助教)
石谷 隆一郎(東京大学理学系研究科生物化学専攻 准教授)
濡木 理(東京大学理学系研究科生物化学専攻 教授)
<発表のポイント>
>どのような成果を出したのか
脱ユビキチン化酵素A20が直鎖状ユビキチンに結合することでNF−κB経路を制御していることを発見した
>新規性(何が新しいのか)
非ホジキン(B細胞)リンパ腫の発症機構に、A20の直鎖状ユビキチン結合が関与するという新たな知見を得た
>社会的意義/将来の展望
抗がん剤や自己免疫疾患治療薬の創薬の基盤として期待される
<発表概要>
非ホジキンリンパ腫は、血液のがんであるB細胞リンパ腫のうち日本人に多く見られるタイプの悪性リンパ腫です。今なお治療困難なケースが多く見られます。今回、東京大学大学院理学研究科の濡木理教授と群馬大学生体調節研究所の徳永文稔教授らは、非ホジキンリンパ腫発症メカニズムの一端を解明しました。研究グループが注目したNF−κBというタンパク質は、細菌やウイルス、紫外線などのストレスに応答して、免疫制御や細胞の生存、がん細胞の接着・浸潤などに関与する多くの遺伝子の発現を調節します。したがって、NF−κBの調節異常は多くのがんや、免疫疾患、生活習慣病の発症・進行に密接に関連しています。
研究グループは、NF−κBの関わる一連の反応(NF−κB経路)のブレーキ役として知られているA20タンパク質が、7番目のジンクフィンガー領域(ZF7)を介して直鎖状ユビキチンに結合することでNF−κBを制御していることを発見しました。さらに、ZF7による直鎖状ユビキチン認識の分子機構をX線結晶構造解析によって明らかにしました。その結果、A20と直鎖状ユビキチンとの間の結合の不全は非ホジキンリンパ腫の発症に関与するという新たな知見が得られ、その発症メカニズムの一端が解明されました。直鎖状ユビキチンを標的とする薬剤が、NF−κB経路を特異的かつ有効に抑制することが期待され、発症メカニズムに基づいた効果的な新薬の開発に繋がります。
<発表内容>
・背景
NF−κBは1986年にDavid Baltimore(米国の生化学者、1975年度ノーベル生理学医学賞受賞者)らによって発見された転写因子(注1)で、炎症応答や免疫制御、細胞の生存、がん細胞の接着・浸潤などに関与する多くの遺伝子の発現を調節します。したがって、NF−κBの調節異常は多くのがんや、クローン病、関節リウマチ、乾癬などの慢性炎症性自己免疫疾患、糖尿病など生活習慣病の発症や病状の進行と密接に関連します。NF−κBは通常、免疫細胞の細胞質に存在しますが、免疫細胞がストレスに曝されると核内へ移行し、標的遺伝子の発現を誘導します。この過程でユビキチン化などの翻訳後修飾が重要な役割を果たします。
ユビキチンは真核生物に高度に保存された小球状タンパク質で、Avram Hershko(イスラエルの生化学者、2004年度ノーベル化学賞受賞)らによって、不要タンパク質に結合することで、その不要タンパク質を分解へと導く標識分子として発見されました。その後の研究から、ユビキチンは数珠状に連結して7種の分岐鎖状ポリユビキチンを形成し、タンパク質分解のみならず、DNA修復やシグナル伝達、細胞内輸送など多彩な生理機能に関与することが明らかになっています。2006年に岩井と徳永らは、これまでに見出されていた7種の分岐鎖状ユビキチンに加えて、ユビキチンリガーゼ複合体LUBAC により生成される直鎖状ユビキチン(注2)がNF−κB経路を活性化することを発見しました(図1)。LUBACは、NF−κBの活性化因子であるIκBキナーゼ(IKK)複合体に直鎖状ユビキチンを結合させることでIKKを活性化し、NF−κB経路を活性化させます。このLUBACによって活性化されたNF−κB経路は適切なタイミングで抑制される必要があります。しかしながら、その分子機構は不明でした。
・今回の発見
LUBAC活性にブレーキを掛ける候補分子として3つのユビキチン分解酵素(脱ユビキチン化酵素)を調べたところ、脱ユビキチン化酵素A20がLUBACによるNF−κB経路の活性化を強く抑制することを見出しました。しかし予想外なことに、A20には直鎖状ユビキチンを分解する活性はありませんでした。A20は脱ユビキチン化酵素部分と7つのジンクフィンガー(注3)からなるタンパク質です。そこで、A20のどの部分がどのようにしてNF−κB経路の抑制に働くか調べたところ、A20は7番目のジンクフィンガー(ZF7)を介して直鎖状ユビキチンに結合し、NF−κB経路を抑制することがわかりました。さらにX線結晶構造解析により、ZF7は直鎖状ユビキチンの2つのユビキチン分子を同時に認識し、直鎖状ユビキチンに特異的に結合することが明らかになりました(図2)。免疫細胞でNF−κB経路が活性化されると、ブレーキタンパク質であるA20が生成され、A20がIKKやLUBACを含むTNF受容体(注4)複合体に集積してNF−κB経路が抑制されます。そこで、直鎖状ユビキチンと結合できないZF7をもつA20変異体を作製し解析したところ、A20はZF7を介して直鎖状ユビキチンと結合することでTNF受容体複合体に集積し、NF−κBの活性化を抑制することが明らかとなりました(図3)。
A20の遺伝子多型は関節リウマチ、全身性エリテマトーデス、乾癬、糖尿病など多くの病態と関連しています。さらに、ZF7の欠損やアミノ酸変異は、B細胞リンパ腫(ホジキン・非ホジキンリンパ腫)(注5)を惹起します。そこで、非ホジキンリンパ腫を引き起こすZF7のアミノ酸変異をもつA20変異体を解析したところ、これらの変異体では直鎖状ユビキチンとの結合が弱くなり、免疫細胞への刺激によって引き起こされる、A20のTNF受容体複合体への集積も低下していることが判明しました。以上の結果から、ZF7の欠損や変異により直鎖状ユビキチンへの結合力が弱くなると、A20のTNF受容体複合体への集積が不全となり、NF−κBが活性化された状態が持続することで病態発症につながることが示唆されました(図3)。
・意義
B細胞リンパ腫は血液のがん、悪性リンパ腫の一種で、ホジキンリンパ腫と非ホジキンリンパ腫に大別されますが、日本では非ホジキンリンパ腫が多く見られます。治療には4つの薬剤を併用する化学療法(CHOP療法)や分子標的薬リツキシマブ(ヒト化抗CD20抗体)が用いられていますが、今なお治療困難なケースが多く見られます。今回の研究から、非ホジキンリンパ腫の発症にはA20のZF7の直鎖状ユビキチンへの結合が関与するという新たな知見が得られ、その発症メカニズムの一端が解明されました。直鎖状ユビキチンはNF−κB経路の活性化の足場として重要ですが、ブレーキタンパク質であるA20が集積する足場としても極めて重要であることが、今回初めて明らかになりました。したがって、直鎖状ユビキチンを標的とする薬剤はNF−κB経路を特異的かつ有効に抑制すると期待され、抗がん剤や自己免疫疾患治療薬の創薬シーズとして有用と考えられます。
<発表雑誌>
・雑誌名
「The EMBO Journal」(10月3日号に掲載予定、8月28日オンライン版に公開)
・論文タイトル
Specific recognition of linear polyubiquitin by A20 zinc finger 7 is involved in NF−κB regulation(A20ジンクフィンガー7による直鎖状ポリユビキチン認識はNF−κB制御に関与する)
・著者
徳永文稔1*†、西増弘志2*、石谷隆一郎2、後藤栄治1、野口拓也1、三尾和弘3、亀井希代子1、Averil Ma4、岩井一宏5、濡木理2†
1.群馬大学生体調節研究所、
2.東京大学大学院理学系研究科、
3.産業技術総合研究所、
4.カリフォルニア大学サンフランシスコ校、
5.京都大学大学院医学系研究科
*共同筆頭著者、†責任著者
・DOI番号
10.1038/emboj.2012.241
・アブストラクト
URL http://www.nature.com/emboj/journal/vaop/ncurrent/abs/emboj2012241a.html
<用語解説>
注1:転写因子
遺伝子の特定の制御配列に結合し、その遺伝子の転写を促進するタンパク質。
注2 直鎖状ユビキチン
近位ユビキチンのN末端のメチオニン残基と、遠位ユビキチンのC末端のグリシン残基がペプチド結合により直鎖状に連結したユビキチン鎖。一方、近位ユビキチンのリジン残基と遠位ユビキチンのC末端のグリシン残基がイソペプチド結合により連結したユビキチン鎖は分岐鎖状ユビキチンとよばれ、7種類存在する。
注3:ジンクフィンガー
亜鉛(ジンク)イオンを含むタンパク質ドメインの一つで、DNA結合やタンパク質結合など多様な生理機能をもつ。亜鉛イオンはシステイン残基やヒスチジン残基と結合し、タンパク質構造の安定化に寄与する。
注4:TNF(tumor necrosis factor:腫瘍壊死因子)受容体
炎症性サイトカインであるTNF−αに結合し、そのシグナルを細胞内に伝達する受容体で、NF−κB経路や細胞死(アポトーシス)の調節を行う。
注5:B細胞リンパ腫
血液のがんである悪性リンパ腫はホジキンリンパ腫と非ホジキンリンパ腫に分類される。1832年にThomas Hodgkinによって発見された異常な核構造をもつ細胞の出現を特徴とするリンパ腫をホジキンリンパ腫という。非ホジキンリンパ腫は、それ以外のB細胞リンパ腫の総称でびまん性大細胞性B細胞リンパ腫、モルトリンパ腫などいくつかのタイプがある。欧米人はホジキンリンパ腫が多いが日本人は非ホジキンリンパ腫が多く、致死率はホジキンリンパ腫よりも非ホジキンリンパ腫の方が高い。
※図1〜3は添付の関連資料を参照