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理化学研究所、遺伝子改変なしにクローンマウスの出生率を10倍高める技術を開発

2011-11-11

遺伝子改変なしにクローンマウスの出生率を10倍高める技術を開発
−畜産、医療、製薬分野への本格導入に期待−


◇ポイント◇
 ・X染色体を不活性化するXist遺伝子の過剰発現をRNA干渉法によって抑制
 ・RNA干渉法の効果がクローンマウス出生後のさまざまな遺伝子発現までも改善
 ・遺伝子改変を伴わないため体細胞クローン量産へ向け安全・簡便・高効率の実現に期待


 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、塩基配列を変えることなく遺伝子発現を抑制するRNA干渉法(※1)により、体細胞クローンマウスの出生率を10倍以上改善する技術の開発に成功しました。これは、理研バイオリソースセンター(小幡裕一センター長)遺伝工学基盤技術室の小倉淳郎室長(筑波大学大学院生命環境科学研究科教授、東京大学大学院医学系研究科教授兼任)、的場章悟基礎科学特別研究員、動物変異動態解析技術開発チーム(阿部訓也チームリーダー)、東京医科歯科大学難治疾患研究所、大阪大学大学院生命機能研究科、長浜バイオ大学バイオサイエンス学部らの共同研究グループによる研究成果です。

 体細胞核移植クローン技術は、核を除いた未受精卵子(除核卵子)へ体細胞核(ドナー核)を移植し、ドナー核と同じ遺伝情報を持つ個体を作出する唯一の発生工学技術です。同じ遺伝情報を持った「コピー」の動物を無限に生産できることから、1997年のクローン羊「ドリー」誕生以来、畜産分野をはじめ製薬や医学分野への応用が大いに期待されています。しかし、体細胞クローン動物の生産効率は著しく低く、移植した胚の数%以下しか産まれてこないのが現状です。

 2010年に研究グループは、マウス体細胞クローンの着床前胚(胚盤胞)(※2)ではX染色体(※3)上の多くの遺伝子群が発現低下しており、その原因がX染色体上の遺伝子の発現を抑制するXist(エグジスト)遺伝子(※4)の過剰発現であることを突き止めていました。そこで今回、RNA干渉法を用いて、クローン胚でのXist遺伝子の発現の一時的な抑制を試みました。その結果、Xist遺伝子の発現を抑制したクローン胚の発生能力は劇的に改善し、通常の10倍以上の効率(移植胚あたり12〜20%)でクローン産子を作出することに成功しました。

 RNA干渉法は遺伝子改変を伴わず、マウス以外のほ乳動物胚にも容易に応用できるため、開発した技術は家畜や各実験動物にも幅広く応用可能です。長年にわたり期待されていた畜産、医療、製薬分野への体細胞クローン技術の本格的導入が実現することが期待できます。

 本研究成果は、米国科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America:PNAS』11月7日の週にオンライン掲載されます。


1.背 景
 体細胞クローン技術は核移植技術の1つであり、同じ遺伝情報をもった「コピー」動物を無限に生産できることから、畜産分野をはじめ実験動物を利用する製薬や医療分野など幅広い応用が期待されています。しかし、1997年に世界初の成体由来体細胞クローン羊「ドリー」が誕生して15年以上が経過しましたが、体細胞クローン動物の生産効率は著しく低く、移植した胚の数%程度しか産まれてこないのが現状です。

 これまでに研究グループでは、体細胞クローンの効率が低い理由を明らかにするため、マウスをモデルとしてさまざまなクローン胚特有の異常を探してきました。特に2010年には、網羅的な遺伝子発現解析の結果から、体細胞クローンの着床前胚(胚盤胞)では性染色体の1つであるX染色体上の遺伝子群の多くが発現低下を示していることを見いだし、その原因がX染色体上の遺伝子の発現を抑制するXist遺伝子の過剰発現であることを突き止めていました。さらに、Xist遺伝子を欠失したノックアウトマウスを用いて、体細胞クローンの産子作出の効率を10倍近く改善することに成功しました(2010年9月17日プレス発表)。しかし、この方法は遺伝子の欠損という遺伝子改変を伴うため、マウス以外の動物では技術的・法律的な壁があり、より簡便で実用可能な方法の開発が望まれていました。


2.研究手法と結果
 ある特定の遺伝子の機能を抑える手法の1つに、遺伝子の欠損や挿入といった遺伝子改変を伴わず、一時的な発現抑制を引き起こすRNA干渉法という方法があります。研究グループは、この方法を利用してXist遺伝子の過剰発現を改善できるという想定(図1)のもと、Xist遺伝子の転写産物であるRNAに対して相補的なshort interfering RNA(siRNA)(※5)を設計し、これを核移植直後の状態である1細胞期の雄のクローン胚に注入しました。X染色体が2本存在する雌では正常なX染色体とXist遺伝子が過剰発現するX染色体を識別することが難しいため、今回はX染色体を1本しか持たない雄のクローン胚を用いました。その結果、通常のクローン胚では着床前期を通して見られるXist遺伝子の過剰発現を、桑実胚(※2)期までに限って一時的に抑制することに成功しました(図2)。このとき得られた桑実胚期クローン胚の遺伝子発現を網羅的に解析すると、X染色体上の遺伝子だけでなく、常染色体上の多くの遺伝子群もその発現が正常化していることが分かりました。

 次に、これらXist遺伝子の発現を抑制したクローン胚の発生能を評価するため、このクローン胚をマウスの卵管へ移植して、着床後の胚発生を解析しました。着床直後にあたる胎齢5.5日目で胚を観察したところ、siRNAを注入しない通常のクローン胚では多くの胚が発生異常を起こし、正常な形態の胚は1%程度しか得られませんでした。一方、siRNAを注入してXist遺伝子の発現を抑制したクローンでは、通常の10倍以上の効率(移植胚あたり16%)で正常な形態の胚が得られました。この胚発生能の改善効果はその後も続き、出生時でも通常に比べて10倍以上の効率(移植胚あたり最高で20%)でクローン産子が産まれました(図3)。

 さらに興味深いことに、この産まれた産子の肝臓での遺伝子発現を網羅的に解析したところ、通常のクローン産子に見られる遺伝子発現の乱れが大幅に改善しており、着床前期の一時的なXist遺伝子発現抑制効果が出生後の遺伝子発現にまで影響していることが分かりました(図4)。


3.今後の期待
 体細胞クローン技術は、畜産分野をはじめ実験動物を使用する製薬や医学分野などへの応用が期待されています。今回の研究で用いたRNA干渉法は遺伝子改変を伴わず、卵子や胚に直接siRNAを注入するという非常に簡便な技術であり、幅広い動物胚にそのまま応用可能な技術です。実際に、ウシやブタなどの体細胞クローン胚でもXist遺伝子が過剰に発現することが知られており、RNA干渉法によるXist遺伝子の発現抑制はこれらの畜産動物を用いたクローン技術においても有用である可能性があります。今後、本研究の成果をもとに、生物製剤の産生や、食糧増産、絶滅危惧種の保存などさまざまな分野で体細胞クローン技術の実用化が進むことが期待できます。


<原論文情報>
著者名:Matoba S,Inoue K,Kohda K,Sugimioto M,Mizutani E,Ogonuki N,Nakamura T,Abe K,Nakano T,Ishino F,and Ogura A.
 “RNAi−mediated knockdown of Xist can rescue the impaired postimplantation development of cloned mouse embryos”.Proc.Natl.Acad.Sci.USA,2011,doi:10.1073


< 補足説明 >

※1:RNA干渉法
 特定の配列を持つ2本鎖RNAの導入によって、相補的なmRNAの分解を促進させること。結果的に、目的の遺伝子の機能を抑制することができる。

※2:着床前胚、胚盤胞、桑実胚
 哺乳類の卵子は、卵管で受精したのち子宮へ移動して着床する。その受精から着床までの間の受精卵を着床前胚と呼ぶ。マウスの場合、2、4、8細胞胚、桑実胚を経て、受精後3.5日目ごろ(着床直前)に胚盤胞となる。

※3:X染色体
 哺乳類の性染色体の1つ。性染色体の構成は、雄の細胞はXY(X染色体とY染色体1本ずつ)、雌の細胞はXX(X染色体が2本)となる。従って、通常はX染色体上の遺伝子の発現量を雌雄で均等化するために、雌の細胞ではX染色体の片方が不活性化されている。これをX染色体不活化と呼ぶ。

※4:Xist(エグジスト)遺伝子
 X染色体上の遺伝子の1つ。その転写産物であるRNAが同X染色体を被覆し、クロマチン構造の抑制性変化が誘導される。最終的にX染色体上のほとんどの遺伝子発現が抑制されることにより、X染色体不活化が完成する。正常な着床前胚においては、雌雄胚とも母方(卵子)由来のX染色体からはXist遺伝子は発現せず、不活化を免れている。しかしマウスの体細胞クローン胚では、雌雄に関わらず母方のX染色体からXist遺伝子が異常に発現していた。

※5:short interfering RNA(siRNA)
 RNA干渉を引き起こす21から23塩基配列の短いRNA鎖。


 *図1〜4は添付の関連資料を参照

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