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理化学研究所、磁性を持つ有機分子TDAE−C60の電荷移動の新モデルを提唱

2011-10-28

磁性を持つ有機分子TDAE−C60の電荷移動の新モデルを提唱

−新たな有機分子磁石の開発が可能に−

◇ポイント
 単結晶α−TDAE−C60をSPring−8で光電子分光測定し、理論と比較 
 1個の電子の移動によって有機分子TDAE−C60は磁性を発生 
 高密度記録材料や磁性体薬剤化合物への応用が期待 


 独立行政法人理化学研究所野依良治理事長)は、本来、磁性(※1) を持たない有機分子が磁性を帯びる仕組みを、電荷移動に基づく新モデルで示しました。これは、理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)石川X線干渉光学研究室の山岡人志専任研究員、石田行章研究員(現東京大学)、松波雅治研究員(現自然科学研究機構分子科学研究所)、江口律子研究員(現岡山大学理学部)と、岡山大学理学部(森田潔学長)の神戸高志准教授、京都大学(松本紘総長)工学部の佐藤徹准教授、高輝度光科学研究センター(白川哲久理事長)の仙波泰徳研究員、大橋治彦副主席研究員らとの共同研究グループの成果です。

 通常、磁性を帯びるのは金属原子や金属を含む化合物です。しかし、金属ではない有機分子のいくつかが磁性を帯びる現象があり、その仕組みを解明する研究が盛んに行われてきました。代表的な磁性を持つ有機分子に、サッカーボール形状をしたC60というフラーレン(※2)にテトラキスジメチルアミノエチレン(TDAE)(※3)という有機分子がついたTDAE−C60(※4)分子があります。TDAEからC60に電子が移動することでC60が磁性を持つと考えられており、およそ−257℃以下の低温域で、磁性が発生します。これは、電子がTDAEからC60側に移動して安定し、C60の電子スピンがそろって強い磁性が発生するという説です。しかし、この説には測定法の問題などがあって実験的に証明されておらず、具体的な電荷移動に関して明快な結論が出ていませんでした。

 研究グループは、有機分子磁性体であるTDAE−C60の単結晶を、大型放射光施設SPring−8(※5)の軟X線ビームラインBL17SUを使って、光電子分光測定(※6)を行いました。その結果、電子1個がTDAEからC60側に移動していることを確認しました。また、理論計算からもこの実験結果を確認できたため、確かに電子1個の移動がTDAE−C60の磁性の起源であることを提唱しました。一般に有機分子が磁性を持つのは、電荷移動によって磁性の基となる孤立した電子スピンができるためです。このためには、電子を放出しやすい分子と電子を受け取りやすい分子が結合すれば、電荷移動が起きて磁性を帯びやすくなります。今回明らかにした電荷移動のより正確なモデルを用いると、磁石に有利な有機分子磁性体を自由に設計できる可能性があり、磁石設計の強い指針になると考えられます。次世代メモリーに用いられる高密度記録材料や、医薬品にも使われる磁性体薬剤化合物作成への応用が期待されます。本研究成果は、米国の物理科学誌「Physical Review B rapid Communication」のオンライン版に掲載されました。

研究の背景

 通常、磁性は金属原子や金属を含む化合物が帯びます。これは、金属化合物の電子が持つ電子スピンの向きがそろうことで磁性が発生しているからです。しかし、金属ではない有機分子が磁性を帯びるという現象が知られており、なぜそのような現象が起きるのか、その仕組みについて研究が行われてきました。

 代表的な磁性を持つ有機分子に、TDAE−C60があります。これは、サッカーボールの形状をしたC60というフラーレンを中心に、電子を供給しやすいテトラキスジメチルアミノエチレン(TDAE)という有機分子が付いた化合物です。C60とTDAEは、それぞれ単体では磁性を帯びていません。しかし、C60とTDAEが結合すると、電子がTDAEからC60側に移動し、ほぼ球対象に近かったC60が変形します(図1、左)。室温付近では、C60は回転していて電子スピンがそろわないのですが、およそ−257℃以下の低温域になると回転が止まり、C60の電子スピンがそろい強磁性が発現するとされています。このように、電子の移動は、有機分子が磁性を発生させる上で重要な因子です。「なぜ有機物が磁性を帯びるのか」という問いへの答えは、「電荷移動が起きて孤立スピンができてそれが低温でそろうから」ということになります。これは、TDAE−C60に限らず、一般的な磁性を持つ有機分子化合物に適用できる原理です。従って、電子を放出しやすい分子と電子を受け取りやすい分子が結合すれば、電荷移動が起きて磁性を帯びやすくなることが考えられます。

 しかし、この考えはまだ実験的に証明されておらず、これまでにさまざまな仮説があり、具体的な電荷移動に関しては、結論が出ていませんでした。研究グループは、TDAE−C60のうち、C60を中心に、TDAEが立方体頂点に配置された構造のα−TDAE−C60の良質な単結晶を用いました(図1、右)。この単結晶に軟X線領域での光電子分光測定を行って実験結果と理論計算を比較し、これまでとは異なる新しい電荷移動のモデルの考案に挑みました。

研究手法と成果

 これまで、TDAE−C60電子の移動について調べるには、大きな問題が2つありました。1つは、従来使われていた電子サイクロトロン共鳴(ESR)(※7)という測定法では、電荷移動して孤立電子スピンができたはずのTDAE側に、電子スピンを観測できないことです。この原因は、隣りあうTDAEが持つ電子のスピンが結晶の特定方向に、反対向きで弱く結合し、打ち消し合うことによるものと考えられています。2つめの問題は、TDAEからC60に移動した電子の数が特定できないことでした。電子の移動後の状態を調べるには、光電子分光測定が適しています。なぜなら、TDAEから電子が1個移動した場合と2個移動した場合とでは、電子の結合エネルギーが違うはずで、光電子分光測定では、このエネルギーの違いを測定できるからです。これまでの研究では、TDAE−C60を細かく砕いたサンプルの光電子分光測定から、TDAEからC60に、1個の電子の移動と2個の電子の移動が同じ程度に起きる、というモデルを提唱していました(図2、左下)。

 研究グループは、岡山大学の神戸高志准教授らのグループが生成した、TDAE−C60(α−TDAE−C60)の良質な単結晶に対して、SPring−8の軟X線ビームラインBL17SUの光を使って光電子分光測定を行いました。その結果、TDAEの窒素(N)の電子の最も内側の軌道上の電子に対するスペクトルのメインのピークは1つであり、TDAEからの電子の移動は、1個であることが分かりました。また、電子が詰まっている上限のエネルギー付近での光電子スペクトルを調べると、電子の移動によるピークを観測し、確かに1個の電子がC60側へ移動していることが分かりました(図2、右上)。

 さらに研究グループは、京都大学の佐藤徹准教授の最新の計算法(第一原理計算法)によって、窒素の結合エネルギーの計算結果と実験結果とを比較したところ、TDAEからの電子の移動は、やはり、1個であるということが分かりました。以上の結果から研究グループは、TDAEからC60へ電子が1個移動し、TDAE側の電子は、隣り合うTDAE同士の電子スピンが結合しているというモデルを提唱しました(図2、右下)。

今後の期待

 磁性を持つ有機分子の中で、α−TDAE−C60は、電子を供給したTDAE側同士が結合していると考えられます。鉄などの原子からなる磁石と違って、分子が主役となる磁石では、分子を自由に設計して作り出すことが可能です。今回得られた結果は、磁石に有利な分子を作り出し、分子磁石を作るための強い指針となると考えられ、単分子有機磁石の開発とその高密度情報記録材料への応用、光・電場・熱によってスイッチングされる有機磁石作成への応用、生体適合性の高い有機磁性体による磁性体薬剤化合物作成への応用などが期待できます。

原論文情報
 H. Yamaoka, T. Kambe, T. Sato, Y. Ishida, M. Matsunami, R. Eguchi, Y. Senba, and H. Ohashi, “On the electronic state of organic molecular magnet: soft x−ray spectroscopy study of a−TDAE−C60 single crystal.”Physical Review B (Rapid Communication), Vol. 84, Page. 161404 (R) (2011).
doi:10.1103/PhysRevB.84.161404 



※ 用語解説・図説は、関連資料参照

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