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理化学研究所、遺伝子に付けられた「使用禁止マーク」を外すタンパク質「UTX」の立体構造を解明

2011-10-19

遺伝子の「使用禁止マーク」を外す仕組みが明らかに
−マークを区別して遺伝子をオンにするタンパク質「UTX」の立体構造を解明―



◇ポイント◇
 ・UTXは、ヒストンを詳細に調べて「使用禁止マーク」を区別
 ・「使用禁止マーク」と他のマークの区別には、UTXの特殊な構造が活躍
 ・細胞分化プロセスの制御につながるUTX阻害剤開発へ重要な一歩


 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、遺伝子に付けられた「使用禁止マーク」を外すタンパク質「UTX」の立体構造を初めて解明し、UTXが他の機能を意味するマークと厳密に区別して、「使用禁止マーク」だけを外す仕組みを明らかにしました。これは、理研生命分子システム基盤研究領域の横山茂之領域長と仙石徹研究員による成果です。

 高等生物には、DNA塩基配列そのものは変化させずに、遺伝子にさまざまな化学的マークを付けることでその働きを制御する仕組みが備わっています。DNAは「ヒストン(※1)」という一群のタンパク質と密接に結合していますが、数種類あるヒストンの内、「ヒストンH3」の特定の部位(27番目のリジン残基:リジン27)にメチル基が付く(メチル化される)と、「使用禁止」であることを意味する化学的マークとなり、その遺伝子の働きをオフにします。一方、同じヒストンH3分子上でも、他の位置がメチル化されると別の機能を意味するマークとなります。UTXは、リジン27に付いたメチル基だけを外すことにより、適切な時期に、決まった細胞の、働くべき遺伝子をオンにする重要な役割を担っています。このようにして、UTXはヒトを含む多くの動物の細胞分化プロセスで重要な役割を果たし、またがん抑制タンパク質としても働いています。

 研究チームは、大型放射光施設SPring−8(※2)を用いたX線結晶構造解析(※3)により、UTXがヒストンH3と結合した状態の立体構造を解明することに成功しました。明らかとなった立体構造に基づく生化学的解析から、UTXは広い範囲にわたってヒストンH3と結合しており、リジン27の周囲の特徴だけでなく、そこから離れた領域の特徴を確かめる特殊な構造を備え、誤ることなくリジン27のメチル基だけを外すことが分かりました。今回の発見は、細胞分化プロセスの理解に役立つとともに、細胞の分化を人工的に制御する薬剤の開発につながると期待されます。

 この研究は、文部科学省の「ターゲットタンパク研究プログラム」、研究開発施設共用等促進費補助金(創薬等支援技術基盤プラットフォーム)事業」の一環として行ったもので、研究成果は米国の科学雑誌『Genes&Development』(11月1日号)に掲載されるに先立ち、オンライン版(10月14日付け:日本時間10月14日)に掲載されます。


1.背景
 ヒトを含む多細胞生物は、異なった働きを持つ多くの細胞でできています。これらの細胞は、ほぼ共通のDNA配列を持っていながら、異なった種類の遺伝子をオンにして異なった機能を発揮しています。これらの生物には、DNA塩基配列そのものは変化させずに、遺伝子やタンパク質にさまざまな化学的マークをつけることでその働きを制御する仕組みが備わっており、「エピジェネティクス(※4)」と呼ばれる学問分野として注目を集めています。化学的マークには、DNAを構成する4つの塩基(アデニン、グアニン、シトシン、チミン)のうち、シトシン塩基に付けられるメチル基(メチル化)などDNAに直接付けられるものや、DNAが密接に巻きついた「ヒストン」と呼ばれるタンパク質に付けられるものなど、さまざまな種類が存在します。

 例えば、ヒストンH3はいくつかの場所でメチル化され、それぞれ違った機能を発揮しますが、27番目のリジン残基(リジン27)がメチル化されると、「この遺伝子を働かせてはいけない」という「使用禁止マーク」になります。ES細胞やiPS細胞などの多能性幹細胞では、多くの遺伝子がこの使用禁止マーク、つまりリジン27がメチル化されているため、遺伝子はオフの状態になっています。細胞が分化を始めると、適切な時期に、決まった細胞の、働くべき遺伝子が巻きついたヒストンH3のリジン27のメチル基が外れます。その結果、遺伝子はオンになり、細胞が決まった機能を発揮します(図1)。ゲノム上における使用禁止マークのパターンは厳密に制御されており、いったん異常が起こって制御が不能になると、発生異常や細胞のがん化が引き起こされます。

 このように、他の役割を持つマークを誤って外すと、細胞にとって悪影響が出てしまいますが、マークの周辺を見ただけではそれが外すべきマークかどうか区別することが困難な場合があります。これまで、リジン27のメチル基を外してその遺伝子をオンにする働きを持つタンパク質「UTX」の存在は明らかとなっていましたが、使用禁止マークを他の機能を意味するマークと区別できる仕組みは全く分かっておらず、謎とされていました。


2.研究手法と成果
 研究グループは、UTXがリジン27を含むヒストンH3断片と結合した状態の結晶を作製し、大型放射光施設SPring−8のBL41XUビームラインを用いてX線結晶構造解析を行いました。その結果、UTXが触媒ドメイン(※5)やUTX固有のドメインを持っていることが明らかになりました。触媒ドメインは、メチル基をリジン27から外す化学反応を引き起こすドメインであり、その立体構造はこれまでに報告されていた別のマークを外すタンパク質とよく似ていました。一方、固有ドメインは、これまでに構造解析されたどのタンパク質とも似ていませんでした(図2)。ヒストンH3は、リジン27を含んだ25番目から32番目までのアミノ酸配列が触媒ドメインと結合していました。メチル化されたリジン27は触媒ドメインの中央の穴の奥深くに埋め込まれており、ここでメチル基を外す反応が進行します。一方、固有ドメインは、少し離れた17番目から22番目までのアミノ酸配列と結合していました(図3)。

 次に、解析した立体構造を基に生化学的解析を行いました。ヒストンH3との結合に重要な場所に変異を導入したUTXを作製しその活性を調べたところ、触媒ドメインの変異だけでなく、固有ドメインの変異もメチル基を外す活性を低下させることが分かりました。同様に、触媒ドメインや固有ドメインと結合する部分に変異を導入したヒストンH3でも、UTXがメチル基を外す活性が低下することを見いだしました。すなわち、両方のドメインによる結合が、UTXのメチル基を外す活性に重要であることが明らかとなりました。

 タンパク質が特定の分子を区別して働く仕組みは、よく「鍵と鍵穴」の例えで説明されます。タンパク質は決まった形(鍵穴)を持っており、それが働く相手(鍵)の形とぴったりフィットするときにだけ働くと考えられています。UTXは、触媒ドメインと固有ドメインという2つの鍵穴を持っており、両方の鍵がそろったときに初めてリジン27を区別し、メチル基を外すことが分かりました。


3.今後の期待
 今回の結果は、UTXが細胞分化プロセスを制御する仕組みの詳しい理解に貢献します。また、立体構造が明らかになったことで、UTXの阻害剤をデザインする試みが可能になりました。そのような阻害剤は、細胞分化の制御において有用なツールになるとともに、iPS細胞などの多能性幹細胞の利用を通じた再生医学研究への貢献が期待できます。



*以下の資料は添付の関連資料「添付資料」を参照
 ・補足説明
 ・図1 UTXは遺伝子をオフ状態からオン状態にする
 ・図2 UTXとヒストンH3が結合した立体構造
 ・図3 UTXとヒストンH3との結合の模式図


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