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理化学研究所、水の表面分子構造の謎を分子レベルで解明

2011-10-01

水の表面分子構造の謎を分子レベルで解明

−水の表面に存在する新しい構造−


◇ポイント
 独自開発した最先端の分光計測法と新しいモデルによる理論計算が完全に一致 
 水の表面は活発で乱雑な構造、強い水素結合で結ばれた水分子のペアが存在 
 界面研究に画期的な知見を与え、大気環境科学や医療分野に新しい指針 


 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、表面・界面に存在する分子を選択的に計測できる最先端の分光計測法と新しいモデルによる分子動力学シミュレーションを用いて、水の表面構造の謎を分子レベルで明らかにし、世界的論争に決着をつけました。これは、理研基幹研究所(玉尾皓平所長)田原分子分光研究室の二本柳聡史研究員と山口祥一専任研究員、田原太平主任研究員らによる実験と、東北大学大学院理学研究科化学専攻の石山達也助教と森田明弘教授らによる理論計算を組み合わせた共同研究の成果です。

 水は地球上のいたる所に存在する液体で、生命にとってもっとも重要な物質です。長年にわたってさまざまな方向から研究されていますが、水の表面がどのような構造になっているかについては未だによく分かっていません。最新の界面選択的な分光計測法を用いた実験は、水の表面に存在する水分子同士の間に非常に強い水素結合※1が存在することを示していますが、この強い結合が具体的にどのような構造に基づくかについては、さまざまな説が存在します。よく知られている仮説の1つに、水の表面には、氷の表面のような秩序のある構造、つまり隣り合う水分子が連続した強い水素結合で結ばれた安定構造をとるというものがあります。しかし、この説は理論計算や熱力学的考察と相容れないため、多くの研究者を巻き込んで世界的な論争となっていました。

 研究グループは、独自に開発したヘテロダイン検出振動和周波発生分光法※2と新しいモデルに基づいた高度な分子動力学シミュレーション※3を駆使して、水表面の水分子の振動スペクトル※4の測定と解析を行いました。その結果、水の表面はかつて提唱された氷の表面のような秩序だった構造ではなく、活発に運動している乱雑な構造であることが分かりました。さらに、その乱雑な構造の中に強い水素結合で結ばれた特徴的な水分子のペアが存在することが分かりました。今回の結果は、水の科学に画期的な知見を与えると同時に、界面の水分子構造の知見が鍵となる大気環境科学や医療などの分野にも指針を与えることが期待できます。本研究成果は、米国の学術誌『Journal of The American Chemical Society』に近日掲載予定です。


背景

 水は私たちにもっとも身近な物質の1つでありながら、その物性は非常に特異であるため、古くからさまざまな分野の科学者の興味をひきつけ、数多くの理論的・実験的研究が行われてきました。水の内部では、隣り合う水分子が水素結合と呼ばれる強い相互作用のネットワークを形成して水全体を安定化しています。一方、表面に存在する分子は自分より上に分子が存在しないためネットワーク構造が切断されてしまいます(図1)。このネットワークの切断による不安定化を解消するため、表面は何らかの特徴的な構造が形成されるはずです。しかし、現在でも水界面の性質を調べることは容易ではなく、特に水分子がどのように配列され、つながっているかというミクロな構造についてはほとんど分かっていません。なぜなら、水の界面領域は非常に薄く水分子がたった1、2層分しかないため、水全体から分離して調べる方法が限られていたからです。

 界面の水の分子構造を調べる唯一の実験方法が、和周波発生分光法と呼ばれる非線形分光計測の一種です。この方法を用いると、液体内部にある圧倒的多数の水分子を“無視”して界面に存在する水分子だけの情報を得ることができます。この方法を用いて過去に行なわれた実験結果は、表面の水分子の間に何らかの強い相互作用が存在することを示唆していました。この強い相互作用を氷の構造に結び付けて「界面の水は氷によく似た構造を持つ」というモデルが提案されました。「氷的な水;ice−like water」というユニークな命名も功を奏して、このモデルは瞬く間に世の中に広まりました。しかし一方で、この構造の安定性が理論計算や熱力学的考察と相容れないため、水の表面が具体的にどういった構造で存在するかで、さまざまな仮説が存在しています。


研究手法と成果

 研究グループは、光の位相を同時に測定する干渉測定を和周波発生分光法に組み合わせた新しい分光法「ヘテロダイン検出振動和周波発生分光法」(図2)を開発しました。この分光法により分子を選択的に計測できるようになり、界面の分子構造を詳細に調べることができます。まずは、分子内の相互作用を取り除くために75%の重水※5で希釈した水を用いて表面の振動スペクトルを測定し、過去の実験で観測された強い水素結合が存在することを確かめました。同時に、新しい水分子の相互作用モデルに基づく高度な分子動力学シミュレーションを用いて、水表面の分子構造と振動スペクトルを計算しました。計算で得た水表面の振動スペクトルは、実験で得たスペクトルとほぼ完全に一致し、シミュレーションに用いたモデルが正しいことが実証されました(図3)。シミュレーションの結果、水表面に存在する強い水素結合は氷構造と無関係であることが明らかになり、水の表面はかつて提唱された氷のような秩序構造ではなく、活発に運動している乱雑な構造であることが分かりました。さらに、水表面には内部より強い水素結合で結ばれた水分子のペアが存在することも明らかになりました。水の表面構造は、その振動スペクトルが複雑化していたため多くの研究者を惑わし、さまざまな論争が繰り広げられましたが、今回開発した手法が表面分子構造を明らかにし、長年の論争に決着をつけることができました。


今後の期待

 今回の結果は、水の科学に画期的な新しい知見を与えると同時に、最先端の分光実験と理論計算を組み合わせるというアプローチが界面の研究において非常に有効であることを示しました。私たちの身の回りにはさまざまな水界面が存在し、それぞれ重要な化学反応の場となっています。例えば、微小な水滴と大気の界面は大気環境化学、油汚れと水の界面は洗剤の化学、人工血管と血液の界面は再生医療科学にとって重要な反応場であり、さらにはヒトの体も水と細胞膜の界面を積み重ねたものと捉えることができます。界面の水の性質を理解することは、こうしたさまざまな界面の化学を理解する上で本質的な課題です。今回の研究によって気水界面における水表面構造の理解が深まったことで、その他の水界面における基礎から応用に至る幅広い分野に新しい指針を与えることが期待できます。


原論文情報
 Satoshi Nihonyanagi, Tatsuya Ishiyama, Touk−kwan Lee, Shoichi Yamaguchi, Mischa Bonn, Akihiro Morita, and Tahei Tahara. “ Unified Molecular View of Air/Water Interface Based on Experimental and Theoretical χ(2) Spectra of Isotopically Diluted Water Surface”. Journal of The American Chemical Society, 2011,doi: 10.1021/ja2053754 


※ 補足説明・図1〜3は、関連資料参照

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