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東大とNTTなど、微小磁石を用いて2スピン量子ビット演算素子の開発に成功

2011-09-28

微小磁石を用いて2スピン量子ビット演算素子の開発に成功
(電子スピンを使った量子もつれ制御に新展開)



 JST 課題達成型基礎研究の一環として、東京大学 大学院工学系研究科の樽茶 清悟 教授のグループは、日本電信電話株式会社(以下、NTT)物性科学基礎研究所の都倉 康弘 グループリーダーとの共同研究により、電子スピン(注1)を利用した量子ビットで、初めて「量子もつれ(注2)」の制御に成功し、2スピン量子ビット(注3)演算を実証しました。
 電子スピンは電子が持つ磁石のような性質で、その向きを操作することにより、量子情報の基本単位である「量子ビット」として利用することができます。電子は1個ずつ「量子ドット(注4)」と呼ばれるナノメートルサイズ(ナノは10億分の1)の箱のような微小な空間に閉じ込められているので、量子ドット1個を1つの量子ビット素子として取り扱えます。この量子ドット中の電子スピンを用いた量子ビットには、情報の保持時間が長く、ほかの媒体へ量子情報を写しやすいなどの特長があります。
 量子計算機の動作に必要な論理演算には、2つの量子ビットが互いに相関を持つ「量子もつれ」と呼ばれる性質を制御する技術が必要です。しかし、電子スピンの量子ビットでは、これまで実現例はありませんでした。
 本研究では、微小磁石を取り付けた2つの半導体量子ドットにおいて、電子スピンの量子ビットの操作(=スピンの回転操作)と、2つの電子スピンの相互作用(交換結合)の操作(スピン交換結合操作(注5))を組み合わせることにより、初めて「量子もつれ」の制御に成功し、量子計算機の論理演算に必要な動作を確認しました。量子もつれの制御は、量子計算機における論理演算機能を実現する技術であり、従来の計算機が苦手とする暗号解読やデータベース検索などの複雑な計算処理を高速に、また超並列的に行うために不可欠な技術要素です。
 今回の成果により、電子スピンを用いた量子計算機の論理演算の実現性を初めて示すことができました。
 本研究成果は、米国科学誌「Physical Review Letters」のオンライン速報版で近く公開される予定です。


<研究の背景と経緯>
 量子力学の性質を利用して、従来の計算機(古典計算機)ではできない計算を行える計算機(量子計算機)を実現するために、世界の研究機関ではさまざまな種類の情報素子の研究開発が進められています。量子計算機における情報の基本単位は量子ビットと呼ばれていますが、その量子ビットを演算素子として機能させるために、量子ドット中の電子のスピンのほかに、量子ドット中の電子の電荷、原子の核スピン、ジョセフソン接合(超伝導)などのさまざまな物理的特性を用いた量子ビットが提案、実現されています。
 本研究チームでは、各量子ドット中の1個の電子スピンの向きを電子スピン共鳴(ESR)(注6)で制御する量子ビットの研究を進めてきました。量子ドットを形成する材料にはガリウムヒ素(GaAs)化合物半導体を使いました。ガリウムヒ素は集積化に適しており、既存の結晶成長技術やナノテクノロジー素子作製技術を使ってさまざまな構造の量子ドットが作られています。
 ESRが発生すると共鳴的にスピンが回転するので、量子ドット中の電子スピンの回転操作に利用できます。しかし、複数の量子ビットを作るには、量子ドットごとに区別してESRが発生できるようにしなければなりません。しかも将来の多ビット化に対応するためには高集積化が可能な小型回路であることが必要です。この条件を満たす方法として、本研究チームでは、これまでに微小磁石と量子ドットからなる新型の量子ビットを考案し、それが機能することを実証しました。その原理は次のようなものです。微小磁石のもたらす傾斜磁場(図1左)は位置によって強さや向きが変化します。その中で電子の位置を電気的に周期的に振動させると、電子は上下に周期的に変化する交流磁場を感じます。量子ドットは直流磁場をかけた状態にあるので、ここに傾斜磁場による交流磁場が加わると、振動電子にESRが発生し、スピン回転させることができます。電子の電気振動の時間が経過するにつれてスピンの回転角度が大きくなるので、この時間を調整することによりスピンの回転をコントロールすることができます。ここで、量子ドットを2個並べ、磁石の形状と位置を適切に選ぶと2個の量子ドットに別々にESRを起こす、すなわち2個の量子ビットを作ることができます(図1右)。
 量子ドット中の電子スピンで量子ビットを作る研究は、本研究チームとは異なる方法を用いても行われていて、2量子ビットが実現されています。しかし、量子計算の論理演算の高速化のためには、量子もつれ制御が必須であるにも関わらず、まだ成功例はありませんでした。本研究チームは上記のESRを利用して2量子ビットを構成する方式を発展させ、量子もつれの制御を実現する技術を開発しました。


<研究の内容>
 本研究チームが作製した量子ビット素子は、2つの量子ドットと微小磁石からなります(図2)。量子ドットはGaAsを材料として半導体プロセス技術により形成します。それぞれの量子ドットの中には、電子を1個ずつ配置します(図2左)。2個の量子ドットの上方に2つに分離した微小磁石(薄い黄色)を取り付けます。半導体基板に平行に1テスラ程度の直流磁場を加えると微小磁石は同方向に磁化し、直下の量子ドットの中心付近には大きい傾斜磁場が発生します。分離磁石の片方に高周波の交流電場VACをかけると、2個の量子ドットに対して異なる直流磁場でESRを起こし、スピンを回転させることができます(図2右)。スピン回転の信号は、量子ドットの近くに取り付けた検出器(スピン検出器)を用いて測定しました。
 量子もつれを作るには、スピン回転と2つのスピン間の交換結合の制御を組み合わせて行うことができます。本研究チームは、スピン回転に加えて、2つの量子ドットのスピン間に交換結合を働かせることにより量子もつれの制御(=変調と検出)を実現しました(図2右)。まず、初期状態は第一と第二のスピンが上向きに揃った状態(1:上向き)x(2:上向き)から始めて、第一のスピンを90度回転させます(1:横向き)x(2:上向き)。この状態に一定時間のスピン交換結合を働かせると、スピン1重項(注7)と呼ばれる量子もつれ状態を作ることができます。実験ではスピン交換結合させる時間を調整して、量子もつれの程度を変えることができました(図3左)。この量子もつれの形成は、計算によっても予測することができました(図3右)。
 本研究ではデバイスの作製と測定を東京大学チームが、理論解析をNTTチームが主に担当しました。


<今後の展開>
 これまで研究チームは、量子計算機の基本素子である、集積化に対応できるスピン量子ビット素子を開発し、量子ビット数を2量子ビットまで拡張してきました。今回、さらにスピン交換結合の時間制御を組み合わせて量子もつれ制御ができるようになり、論理演算の高速性と超並列処理の特長を評価できる技術レベルに近づいてきました。この制御技術は、従来の計算機が苦手とする暗号解読やデータベース検索などの複雑な計算処理を高速に、また超並列的に行うために不可欠な技術要素です。今後は、より高速に量子もつれを制御できるように量子ドット構造や微小磁石構造の改良を進めていきます。そしてそれをもとに、より複雑な計算を実行し、量子計算機を用いると、原理的に従来の計算機より高速な計算処理が可能であることを実証していく予定です。


<用語解説>

注1)電子スピン
 電子が電荷のほかに持つ、上向きと下向きに対応する磁石のような性質(磁気モーメント)のこと。これは古典力学的には電荷を持つ電子の自転運動によって理解される。外部から磁場をかけてこの磁石としての向きをそろえることで、物質は磁性を持つ。また単一の電子スピンの状態は量子力学によって表されるので、量子情報に応用できる。

注2)量子もつれ
 量子世界では、量子それぞれに状態の重なりを作るだけでなく、複数の量子が不可分の状態の重なりを作ることがある。このような複数量子ビット間の量子力学的な相関関係がある状態を量子もつれと言う。

注3)スピン量子ビット
 量子力学に基づき情報処理や情報伝達を行う際に、やり取りされる情報のことを量子情報と呼ぶ。量子ビットは量子情報の基本単位で、量子計算の基本構成要素となる。従って、量子情報は多数の量子ビットで構成される。量子力学的なニ準位系が量子ビットとして使うことができる。半導体中の電子スピンはそのよい候補として知られ、ここでは電子スピンを利用した量子ビットとして「スピン量子ビット」と呼ぶ。量子計算機は多数の量子ビットにより構成される。現在の計算機の基本単位の0と1のビットは2値のみであるが、量子ビットは0と1(電子スピンは↓と↑)を極とする3次元の球状の点として表現できる特徴がある。

注4)量子ドット
 電子をナノメートルサイズの箱のような微小な空間に閉じ込めることにより、量子力学で記述される離散的な電子状態を持つ。しばしば原子との類似性から人工原子と呼ばれる。本研究では、表面に付けた金属ゲート電極に負電圧を加えて半導体中の伝導電子の空間分布を適当に変形させて電子が閉じ込められた領域(=量子ドット)を形成する。

注5)スピン交換結合操作
 2つの電子がトンネル効果で結びついている時、量子力学的には両者を入れ替えようとする相互作用が働く。電子の状態には軌道成分とスピン成分があり、スピン成分の入れ替えを与える相互作用をスピン交換結合と呼ぶ。この交換結合が強いほどスピンの入れ替え時間は短くなる。

注6)電子スピン共鳴(ESR:Electron Spin Resonance)
 電子スピンは、通常、上向きと下向きの状態が同じエネルギーを持っている。ここに磁場を加えると、磁気的な相互作用のために、スピンの上向き状態と下向き状態はエネルギー分離する。さらに、この分離エネルギーに等しい周波数の交流磁場を加えるとスピンは上向きと下向きの間で共鳴的に回転し始める。この現象を電子スピン共鳴と呼ぶ。

注7)スピン1重項
 2個のスピンで作られる典型的な量子もつれ状態で(1:上向き)x(2:下向き)−(1:下向き)x(2:上向き)という2つのスピンが分離不可能な状態。量子力学的な表現では、(|↑>|↓>−|↓>|↑>)/√2と書ける。|↑>|↓>は第一のスピンが上向き、第二のスピンが下向きの状態にあることを意味する。量子もつれであることは、例えば、第一のスピンが測定によって上向きと判定される第二のスピンは同時に下向きと決まり、その逆に、第一のスピンが下向きと判定されると第二のスピンは同時に上向きと決められる、という相関関係があることを意味する。


<論文名>
 “Two−qubit Gate of Combined Single Spin Rotation and Inter−dot Spin Exchange in a Double Quantum Dot”
 (2重量子ドットにおける単一スピン回転とドット間スピン交換結合操作を組み合わせた2量子ビットゲート)


※参考図:図1〜3は、添付の関連資料を参照

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