イマコト

最新の記事から注目のキーワードをピックアップ!

Article Detail

東大、有機合成物質によって「自らが増殖する人工細胞」の構築に成功

2011-09-08

世界初の有機合成物質による“自らが増殖する人工細胞”の構築に成功

発表者:東京大学大学院総合文化研究科 特任研究員 菅原 正



 東京大学大学院総合文化研究科 複雑系生命システム研究センターの菅原 正特任研究員(東京大学名誉教授)のグループ(以下 菅原グループ)は、ショスタック(2009年ノーベル賞生理学・医学賞受賞)らが2001年に提唱した要件を満たす人工細胞を、有機化学的方法によって構築することに、世界で初めて成功した。

 生命活動に必須である酵素やタンパク質といった生体高分子の利用を極力押さえ、比較的単純な人工分子を主体として人工細胞と呼べる自己増殖システムを構築した。本研究成果は生命起源の謎に迫る重要な知見となるだろう。


<何を発見したか>
 ショスタックらは、細胞として最低限備わるべき要素として、「境界」「情報」「触媒」の三つをあげた。細胞には外界から内部を守る細胞膜(境界)の内側に、細胞の個性を記述する遺伝子(情報)が存在し、さらに内部にある酵素(触媒)反応系が細胞を維持する代謝を行い、細胞分裂により増殖し次世代へと生命をつなぐ活動を維持している。すなわち、これら三要素を持ち合わせる物質を人工的に作り出し、情報の自己複製と境界の事故生産のダイナミクスが連携すれば、その物質はもはや単なる物質ではなく、生命と呼んでもよいのではないか、というのが、ショスタックらの主張である。またこのような存在を作り出すことは、生命誕生の謎を解き明かす大きな鍵となり得る。
 菅原グループはすでに、細胞の「境界」となるベシクル(マイクロメートルサイズの袋状分子集合体)が膜構成分子の原料となる分子を外部から加えると、ベシクルがその分子を内部に取り込み、触媒の作用で膜分子へと変換し、肥大し分裂することで自らの数を増やす、「自己生産するベシクルモデル」の構築に成功していた。あとは、このモデルに、いかに情報複製系を持たせるかが課題であった。本研究においては、1)単純な熱サイクルでDNAを増幅できるPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)に着目し、この増幅反応を効率的に行えるように最適化した「自己生産するベシクル」内部で、情報物質に見立てたDNA(塩基対1229個からなる)を増殖させた。2)ついで、ベシクル自己生産に必要な養分となる分子を外部から与えることで、ベシクルを肥大・分裂させた。さらに、この細胞分裂に似た形態変化で生まれた新しいベシクルの内部に、元のベシクルと同じ情報物質(DNA)が分配されることを見出した。
 さらに、この過程を注意深く観察すると、DNAの複製がうまく行われたベシクルほど、その後の自己生産が効率的に進行することがわかった。この事実は、「生存に適した個体ほど、より多く子孫を後世に残すことができる」という、自然淘汰の原理を示すものである。このたび構築した人工細胞モデルは、我々が生命体とよぶものと比較して、はるかに単純なモデル系ではあるが、このような振る舞いを示したことは驚きである。この事実は、生命と非生命の境界にあるような原始的な細胞においても、生存競争があったことを想像させる。
 なおこの成果は、Nature Chemistry 電子版(DOI 10.1038/NCHEM.1127)として、ロンドン9月4日18時、日本時間9月5日午前2時に公開される予定である。


<本研究の背景>
 生物と無生物を繋ぐ実験系の提示とその理論的解明は、21世紀の自然科学として取り組むべき最大の課題の一つである。現在、日本だけでなく、欧米各国で活発に研究が進められている。その研究分野では、生物学だけでなく、物理学や数理、計算機科学など、それぞれの方法論を活かした、優れた成果が生み出されている。その中で、今回の研究例のように生物学的な手法を用いず、実際に分子を作りそれを取り扱う化学的方法で、人工細胞と呼べるような分子システムを作り出したことは、無生物から生物が生まれたシナリオを再現といえる。人工細胞を化学的に構築できたことにより、長年の夢が実現したといえる。


<本研究の成果>
 1.有機化学的な技法を基盤に、人工的な分子を活用して生命現象と同じようなダイナミクスを示す系を作り上げ、タンパク質のような複雑で高度な生体高分子を用いなくても、細胞のように振る舞うシステムが実現しうることを実験的に証明した。

 2.蛍光顕微鏡等を用いることで、DNAの複製、ベシクルの分裂、情報物質の分配を直接的に観測した。コンピュータシミュレーションや、数理化学的手法での人工細胞とは異なり、実際に自己増殖するシステムを作り出し、顕微鏡下で直接的に観測できたことは、強い説得力がある。

 3.顕微鏡下の観測だけでなく、数万個の試料について集団挙動を観察し、ベシクル分裂頻度に対するDNA増幅効率の影響などについて、数値的な解析を行った。その結果、二つのダイナミクス(効率)の間に、正の相関があることが、統計的にも明確になった。

 4.情報複製と自己生産との連動は、酵素などのタンパク質の働きにより細胞ではごく当たり前に行われている。本系では、DNAときわめて単純な有機分子だけを利用して、類似のダイナミクスを構築することに成功した。両ダイナミクスをつなげるような機構を積極的には導入していないにもかかわらず、DNAの増殖がベシクル分裂を促進する効果を生み出している。


<成果の意義>
 1.DNAの複製に用いたPCRは、系の温度差を利用してDNA複製を行うものである。このような熱サイクルは海底の熱水噴出孔付近に存在するため、従来から言われているような、深海底環境での生命誕生に関連していた可能性がある。
 2.現在、生命誕生に関わる仮説として、RNAやDNAのような情報物質が先に誕生したとするRNAワールド仮説や、タンパク質のような高度な機能をもつ分子群の登場が生命誕生に繋がったとするプロテインワールド仮説が有力である。しかし、合成化学者の目から見ると、両仮説の鍵となる物質群は、きわめて複雑な構造をしており、これらが出現するまで生命が誕生しなかったとする考えは、受け入れがたい。これに対し、ベシクルのような境界となる膜構造こそが、生命誕生の鍵であるとするリピッドワールド仮説が存在する。膜を構築する分子は、先の物質群と比較してかなり単純であり、原始地球に偶然に誕生したとしても、不思議ではない。本成果は、リピッドワールド仮説に基づく実験例であり、生命進化における膜の役割を、より明確にした結果である。
 3.本成果から導かれる仮説として、まずはベシクルのような単純な袋状集合体が、自己増殖能を獲得した後で、その活動維持に必要な生体高分子(RNA,DNAタンパク質)を取り込み、それらが共進化することで今の生命へと進化していったとのシナリオが考えられる。


 論文に関する詳しい解説は、9/5以降以下のホームページに公開予定です。
 複雑系生命システム研究センター
 http://rcis.c.u-tokyo.ac.jp/


 また、菅原の業績等については、下記ページを参照ください。
 菅原のホームページ
 http://rcis.c.u-tokyo.ac.jp/SugawaraLab/


<論文の詳細>
 Nature Chemistry 9月4日(現地時間)電子版
 Self−reproduction of supramolecular giant vesicles combined with the amplification of encapsulated DNA
 Kensuke Kurihara, Mieko Tamura, Koh−ichiroh Shohda, Taro Toyota, Kentaro Suzuki & Tadashi Sugawara(DOI 10.1038/NCHEM.1127)
 著者:栗原謙輔、田村 美恵子、庄田耕一郎、豊田太郎、鈴木健太郎、菅原 正
 (実験は、主として博士研究員の栗原が行なった。)

Related Contents

関連書籍

  • 死ぬまでに行きたい! 世界の絶景

    死ぬまでに行きたい! 世界の絶景

    詩歩2013-07-31

    Amazon Kindle版
  • 星空風景 (SKYSCAPE PHOTOBOOK)

    星空風景 (SKYSCAPE PHOTOBOOK)

    前田 徳彦2014-09-02

    Amazon Kindle版
  • ロンドン写真集 (撮影数100):ヨーロッパシリーズ1

    ロンドン写真集 (撮影数100):ヨーロッパシリーズ1

    大久保 明2014-08-12

    Amazon Kindle版
  • BLUE MOMENT

    BLUE MOMENT

    吉村 和敏2007-12-13

    Amazon Kindle版