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東大、「反陽子ヘリウム原子」を詳しく調べ反陽子と電子の質量の比率を高精度で決定

2011-08-02

反物質に新たな光を当てる
―反陽子質量を二光子分光法で超精密測定―



<発表者>
 早野 龍五(東京大学大学院理学系研究科 物理学専攻 教授)


<発表概要>
 陽子と電子の質量比は重要な基礎物理定数である。東京大学および(独)マックスプランク量子光学研究所(MPQ)が率いる国際研究グループは、このたび二光子レーザー分光法(後述)によって、「反陽子ヘリウム原子」という、陽子の反粒子を含む奇妙な原子を詳しく調べ、反陽子(注1)と電子の質量の比率を、1836.1526736 ± 0.0000023という高精度で決定した。


<発表内容>

1.研究の背景
 反物質(注2)は、約70年前にディラック(注3)が存在を予言して以来、物理学における基本的な問題として研究が続けられてきた。特に、物質と反物質の対称性(たとえば両者の質量は厳密に等しいかなど)の研究は、素粒子物理学の理論の根幹に関わる重要問題であることから、CERN研究所(注4)の反陽子減速器(注5)では、反物質研究が精力的に行われている。

 発表者はCERNでASACUSA(アサクサ)(注6)という国際研究チームを率い、特に「反陽子ヘリウム原子」という奇妙な原子(通常のヘリウム原子の二個の電子のうち一個を反陽子で置換したもの)の研究に取り組み、今回の成果に至った。


2.これまでの研究でわかっていた点
 発表者らが約20年前につくばの高エネルギー研究所(KEK)で発見し、その後CERNで研究を続けてきた「反陽子ヘリウム原子」は、いわば「反陽子の量子トラップ」である。

 反陽子ヘリウム原子の生成は比較的簡単である。低速(光速の1%程度)の反陽子を低温(絶対温度10K程度)のヘリウムガス標的に打ち込むと、約3%の反陽子が数マイクロ秒の寿命を持つ反陽子ヘリウム原子の軌道に捕獲され、これにレーザーを照射することで、反陽子原子のエネルギー状態を精密に測定できる。その結果と、量子電磁力学の精密計算から、反陽子と電子の質量比を、高精度で決定できる。

 CPT定理(注7)によれば、反陽子質量=陽子質量であるから、我々の測定結果が陽子・電子質量比に匹敵する精度に達すれば、科学技術データ委員会(CODATA)(注8)が4年ごとに更新している基礎物理定数表への貢献が可能になる。


3.この研究が新しく明らかにしようとした点
 発表者らは、これまでも反陽子線形減速器(注9)や光周波数コム(注10)を用いたレーザー装置を開発するなどして、反陽子ヘリウム原子の分光精度を高めてきた。

 従来の方法は光子一個を原子に照射する「単光子分光」であったが、この方法では原子の熱運動が分光精度の限界要因となっていた。すなわち、原子がレーザー光に向かって運動している場合は本来の共鳴周波数よりも低い周波数の光を、逆の場合は高い周波数の光を原子が吸収するため、共鳴曲線が幅広く見え、中心決定精度が下がるのである。

 そこで、我々は反陽子ヘリウム原子の両側から二つの光子を同時にぶつけて熱運動の効果を打ち消す「二光子レーザー分光」を開発して分光精度を高めることを目指した。二光子レーザー分光法は、通常の原子中の電子を励起する方法としては確立されているが、質量の大きい反陽子に適応されたのは、世界ではじめてである。


4.そのために新しく開発した方法、機材等
 二光子レーザー分光法の装置略図等(MPQで開発し,CERN研究所に設置)を図1に示す。ここで、線形反陽子減速器と、光周波数コムは、従来の研究でも用いてきた装置。Laser1とLaser2を用意して、反陽子ヘリウム生成標的の両側からレーザー光を打ち込んでいる部分が、今回新たに開発した部分である。従来のレーザーでは、光のエネルギーが十分に揃っていなかったため、二光子遷移を効率よくおこすことが不可能であった。そこで今回は、高出力レーザーとしては、世界最高水準の精度をもったレーザー装置を開発した。


5.この研究で得られた結果、知見
 図2に、従来の「単光子レーザー共鳴」と、本研究で開発した「二光子レーザー共鳴」で得られたレーザー共鳴曲線の比較を示す。図2上では反陽子ヘリウム原子の熱運動で広がっていた共鳴曲線の幅が、図2下では細くなり、周波数決定精度が格段に上がったことが見て取れる(なお、図2下に見える細かい構造は、電子および反陽子のスピンに起因する「超微細構造」と呼ばれるものである)。


6.研究の波及効果

 ※添付の関連資料を参照


7.今後の課題
 原子の熱運動の影響は、ヘリウム標的温度を下げることにより、一層低減することが可能である。我々は現在、標的ヘリウムを、これまでの絶対温度10Kから1.5Kに冷却するとともに、レーザーの一層の安定化をはかり、測定を行っている。これにより、反陽子・電子質量比の決定精度が陽子・電子決定精度を凌駕できる見通しである。

 本研究は、科学研究費補助金・特別推進研究「エキゾチック原子の分光による基礎物理量の精密測定」(研究代表者・早野龍五 課題番号20002003)の他、欧州科学財団・EURYI「反物質の高精度分光」(研究代表者・堀正樹)、ドイツ研究振興協会 Munich Advanced Photonics Cluster 「反物質原子の高精度レーザー分光」(B.1.4 研究代表者・堀正樹)ハンガリー研究財団(K72172)、オーストリア科学研究省の援助を受けて行われた。


<発表雑誌>

 ※添付の関連資料を参照


※下記資料・用語解説は、添付の関連資料を参照

 ・図1:今回の研究で用いた二光子分光法の原理図(左側 a,b)と,実験装置概要(c)

 ・図2:ドップラー巾の大幅減少:二光子共鳴の成果

 ・図3:陽子・電子質量比と、反陽子・電子質量比の比較。本研究の結果は、陽子・電子質量比の最新結果に匹敵する精度を持ち、基礎物理定数の決定に貢献した。

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