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京都大学とNTT、極低温の原子気体を用いて物質の新しい量子状態を作り出すことに成功

2011-08-02

極低温の原子気体を用いて

物質の新しい量子状態を作り出すことに成功

〜量子シミュレーター実現への道をひらく〜


 国立大学法人京都大学(以下、京都大学)と日本電信電話株式会社(以下 NTT)は、レーザー光を用いて作成した人工の結晶の中に極低温(※1)の原子気体(※2)(図1)をとどめる事で、これまで存在していなかった物質の新しい量子状態(※3)を作り出すことに世界で初めて成功しました。
 本研究成果は、極低温にまで冷却された原子の状態を非常に高い精度で制御、観測することを可能とするだけでなく、物質の性質を決める原理の解明に向けた量子シミュレーター(※4)の実現に大きな役割を担うことが期待されます。
 なお、本研究成果は、英国科学雑誌Nature Physics(ネイチャー・フィジックス)(※5)に8月1日(英国時間)に掲載されます。


【研究の背景及び役割分担】
 近年、光格子(※6)と呼ばれる人工の結晶をレーザー光で作る技術が確立し(図2)、物質が低温で示す特異な性質を極低温の原子気体を使って調べようとする研究が注目を集めています。京都大学とNTTでは、それぞれの強みを生かし、共同で極低温原子気体の研究を行ってきました。
 京都大学では、観測するのに適したイッテルビウム(※7)という原子を極低温にまで冷却できる優れた実験技術をもち、NTTでは、数万個にも及ぶ原子が光格子の中で複雑に運動する様子を効率よく解析できる独自の優れた数値計算技術をもっています。光格子中のイッテルビウム原子の状態を超高精度に制御・観測する実験を京都大学が実施し、その京都大学の実験に対する精密な理論計算をNTTが行うことで、世界に先駆けた研究が実現しました。


【研究の成果】
 今回、イッテルビウム原子に含まれる異なる同位体(※8)を極低温にまで冷却して光格子の中にとどめ、通常の物質系では存在しなかった新しい量子状態を作り出すことに世界で初めて成功しました。量子力学ではすべての粒子(※9)はボース粒子(ボソン)(※10)とフェルミ粒子(フェルミオン)(※11)と呼ばれる性質が異なる2種類の粒子に区別されます(図3)。今回、イッテルビウム原子の豊富な同位体を利用して、ボソンとフェルミオンを光格子の中で混合させました。その結果、ボソンとフェルミオン間に働く相互作用(※12)および混合させる数に応じて、多様な量子状態が実現することを明らかにしました。特に、ボソンとフェルミオンが格子点上に1個ずつランダムに入り混じった混合モット絶縁体(※13)や、複数のボソンとフェルミオンが合わさって一つの粒子のようになった複合粒子状態(※14)は今回の研究で確認された新しい量子状態です(図4)。


【今後の展開】
 今回見出された極低温原子気体の新しい量子状態は、温度をさらに下げることで多様性に富んだ秩序状態(※15)に移り変わっていくと考えられています。この秩序状態がどのようなメカニズムで出現するのかを解明することは、物質系の秩序状態である磁性(※16)や超伝導(※17)などの研究に大きな進展をもたらすことが予想されます。今後は、原子気体を冷却する技術をさらに発展させ、物質の性質を決める原理の解明に向けた量子シミュレーターの実現を目指します。さらに将来的には光格子を量子コンピュータ(※18)への応用を可能とする為、原子の制御・観測方法の開拓を目指します。


【論文名】
 Interaction and filling−induced quantum phases of dual Mott insulators of bosons and fermions
 相互作用と占有数に誘起されたボソンとフェルミオンの2つのモット絶縁体の量子相


【用語解説】
※1 極低温
 レーザー冷却などの実験技術を用いることで、真空容器内の気体を絶対温度でナノケルビン(ナノは10億分の1)の温度にまで冷却することが可能になっています。これは地球上で実現される最も低い温度で、このような温度領域をここでは極低温と呼びます。

※2 原子気体
 真空容器の中に閉じ込められた原子の気体を総称して原子気体と呼びます。図1中央の緑色の点はレーザー冷却されたイッテルビウムの原子気体が緑色の光を発している様子を写真に撮ったものです。

※3 量子状態
 量子力学によって記述される状態のことで、一般的には温度の影響が無視できるような低温で実現されます。

※4 量子シミュレーター
 物質などで起きる複雑な量子力学的な現象を、人為的に作成した単純で制御しやすい別のシステムを使ってシミュレーションすることを量子シミュレーションと呼びます。この目的のために作成された別のシステムが量子シミュレーターです。

※5 Nature Physics
 Natureシリーズの物理学領域の専門誌であり、物理学の全領域において重要となる最新の研究結果が掲載されます。

※6 光格子
 レーザー光で作成された周期的な構造をもつ人工の結晶のことです。図2に示されるように、原子を光格子の中に閉じ込めることで、あたかも電子が物質の中を動きまわるような状況を仮想的に作ることができます。

※7 イッテルビウム
 原子番号70の元素であり、希土類元素に属します。元素記号はYb。7種類の安定な同位体が存在します。

※8 同位体
 同じ原子番号をもつ元素で原子核の中に含まれる中性子の数が異なる原子のことです。

※9 粒子
 ここでは量子力学が対象とする電子や原子などの微視的な大きさの粒子を指します。

※10 ボース粒子(ボソン)
 量子力学によって記述される粒子の一つであり、量子力学的な自由度を示すスピンの値が1、2、3、…と整数の値をとり、一つの量子状態に任意の数の粒子が存在できるという性質を持ちます。光子や質量数4のヘリウム原子などがボソンに属することが知られています。

※11 フェルミ粒子(フェルミオン
 スピンの値が1/2、3/2、5/2、…と半整数の値をとり、一つの量子状態に複数の粒子は存在できないという性質を持ちます。電子、陽子、中性子などがフェルミオンに属することが知られています。

※12 相互作用
 原子同士が衝突することで原子間には相互作用が働きます。原子同士が避け合うような場合は相互作用が斥力的、逆に引き合うような場合は相互作用が引力的となります。今回の研究では、イッテルビウム原子の同位体を選択することで、ボソンとフェルミオン間にそれぞれ斥力と引力が働く場合を実現しました。

※13 混合モット絶縁体
 ボソンとフェルミオンが強く避け合うことによって、光格子の格子点上でボソンとフェルミオンがそれぞれ1個ずつランダムに配置された状態が実現します(図4左)。これを混合モット絶縁体状態と呼びます。

※14 複合粒子状態
 ボソンとフェルミオン間に働く強い引力によって、光格子の格子点上で複数のボソンとフェルミオンが合わさって一つの粒子のようになった状態が実現します(図4右)。これを複合粒子状態と呼びます。

※15 秩序状態
 ある種の物質では高温で乱れていた状態が温度を下げることによって秩序を持った状態(秩序状態)に変化することが知られています。これは純粋に量子力学的な現象で、今回見出された混合モット絶縁体もさらに冷却することにより、ボソンとフェルミオンが周期的に配列された秩序状態に変化していくと予想されます。

※16 磁性
 物質が原子、電子といった微視的なレベルで磁場に対して反応する性質のことです。

※17 超伝導
 ある種の金属や合金、さらには化合物を低温に冷やした場合、電気抵抗がその物質固有の温度以下でゼロになる現象のことです。

※18 量子コンピュータ
 量子力学的な状態である「量子ビット」に様々な演算をさせることにより情報処理を行うコンピュータのことです。演算途中の状態で「重ね合わせ」という量子特有の状態を扱えるため、素因数分解データベース検索などにおいては、現状のコンピュータとは桁違いの速さで処理が可能になります。 


*以下の資料は、添付の関連資料を参照
 ・図1 ●真空容器内のイッテルビウム原子気体
 ・図2 ●光格子とは
 ・図3 ●ボソンとフェルミオンとは
 ・図4 ●新しい量子状態

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