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東京大学など、強相関電子を2次元空間に人工的に閉じ込める「量子井戸構造」の作製に成功

2011-07-21

「世界で初めて強相関電子を2次元空間に閉じ込めることに成功
―新たな高温超伝導物質の実現や、電子素子作りに道を拓く―」


1.発表者:

 組頭広志(当時:東京大学大学院工学系研究科 応用化学専攻 准教授、
         現:高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所 教授)
 尾嶋正治(東京大学大学院工学系研究科 応用化学専攻 教授)


2.発表概要:
 高温超伝導などの源である電子同士が互いに強く影響し合う性質をもった「強相関電子[注1]」を2次元空間(層)に人工的に閉じ込める「量子井戸構造[注2]」を作製することに世界で初めて成功しました。レーザーを使った結晶成長の技術を駆使し、伝導性をもつ酸化物を原子層レベルで精密に制御しながら作製しました。放射光[注3]による高精度な分光法で電子の振る舞いを詳細に調べ、強相関電子が2次元空間に閉じ込められていることを確認しました。

 高温超伝導体を作製するには強相関電子は欠かせない存在です。今回の成果によって、強相関電子の振る舞いを人工的にコントロールすることが可能となり、これまでの臨界温度を遥かにしのぐ高温超伝導体の作製はもちろん、人類の夢であった室温超伝導体の実現につながると期待されています。またシリコン系半導体にとって代わる新しいタイプの電子素子の開発にも見通しが立ちました。


3.発表内容:
 今回本研究グループは、高温超伝導体がもつ層状の結晶構造と量子井戸構造の類似性(図1)に着目し、レーザー分子線エピタキシー[注4]という技術を用いて、伝導性をもつ強相関酸化物の一つであるバナジウムストロンチウム(SrVO3)の量子井戸構造を作製することで二次元的な層状構造を人工的に作り出すことに世界で初めて成功しました。この人工構造は図2にあるように伝導層の枚数を自由自在に制御できるといった特長を持ちます。さらに、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の放射光施設「フォトンファクトリー」に新設した装置を用いて、人工的に閉じ込めた強相関電子の振る舞いを角度分解光電子分光[注5]という方法で詳細に調べました。

 研究グループによる伝導層を制御する技術、および正確な評価技術は、高温超伝導体の材料開発のみならず、強相関電子の電荷・軌道・スピンの自由度を利用したデバイスを作り出すためのブレークスルーになる技術です。

 その結果、閉じ込めによって不連続になった電子状態(量子化[注6]状態)を表すピークを観測し(図3(a))、その状態が伝導層の数に対応して変化することを見出しました。これらの振る舞いは、理論計算による予測と非常に良い一致を示すことから(図3(b))、今回作製した量子井戸構造という2次元空間に強相関電子が閉じ込められていること、また、SrVO3層の数を増やすことで不連続になった電子状態を制御できること、が明らかになりました。

 さらに詳細に調べた結果、この強相関量子井戸構造における量子化状態では、通常の金属を用いた従来の量子井戸には見られない、1.軌道ごとに選択的に量子化される、2.量子化状態にある電子の有効質量[注7]が増大する、という興味深い現象が見いだされました(図4)。


 今後、この技術を用いて電荷・軌道・スピンの自由度を制御することで、強相関電子が示す高温超伝導などの類い希な機能を人工的に制御することが可能になると考えられます。また、新しい動作原理に基づいた超伝導デバイスや光スイッチングデバイスといった強相関エレクトロニクス[注8]への発展が期待されます。

 本研究は、文部科学省科学研究費補助金(A19684010、S22224005)および、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ型)およびチーム型研究(CREST)の一環として、KEK 物質構造科学研究所特別課題(08S2−003、09S2−005)のもとで実施しました。
 本研究は、東京大学大学院工学系研究科の吉松公平 日本学術振興会特別研究員、堀場弘司 助教、および吉田鉄平 助教、藤森淳 教授(同理学系研究科)らとの共同研究です。


4.発表雑誌:
「Science」(7月15日号)
論文タイトル:Metallic Quantum Well States in Artificial Structures of Strongly Correlated Oxide
著者:Kohei Yoshimatsu, Koji Horiba, Hiroshi Kumigashira, Teppei Yoshida, Atsushi Fujimori, and Masaharu Oshima


5.用語解説:
(注1)強相関電子
通常の半導体や金属では、電子はほぼ自由に振る舞う。しかし、電子の密度が十分に高い場合、電子同士がお互いに強く作用し合い、結果として電子が集団としてかろうじて動くような状態が出現する。このような状態にある電子を強相関電子と呼ぶ。銅酸化物をベースとした高温超伝導体は強相関電子をもつ典型的な物質である。

(注2)量子井戸構造
 井戸のような形状をしたエネルギーバリアーにより、極めて薄い伝導層(2次元空間)の内部に電子を閉じ込める構造を量子井戸構造という。層に垂直な方向への電子の運動が制限されて飛び飛びの値を持つようになる。半導体デバイスではこの特長を生かすことで、電子を効率よく利用することができ、高性能の半導体レーザーやトランジスターが実現されている。

(注3)放射光
 光速近くまで加速された電子が、磁場によってその進行方向を曲げられたときに接線方向に放出される強い光を放射光という。赤外線からX線までのさまざまな波長をもつ光を取り出せる優れた光源として、科学技術の広い分野で用いられている。

(注4)レーザー分子線エピタキシー
 パルスレーザーをターゲット材料に照射することでターゲットから原子(分子)の引き剥がし(アブレーション)を行い、ターゲットに対向する基板に薄膜を形成する手法のこと。酸化物などの結晶成長に広く用いられている。

(注5)角度分解光電子分光
 物質に光を当てると、光電効果によって光電子が飛び出す。この光電子のエネルギーの放出角度依存性を測定することにより物質中の電子の状態を調べる方法のこと。

(注6)量子化
 連続的な物理量(エネルギーなど)が、狭い空間等の特殊な環境下で整数倍のとびとびの値となること。

(注7)有効質量
 真空中の自由電子の質量に対し、固体中の電子は見かけ上、これと異なる質量を持っているように観測される。これを有効質量と呼ぶ。強相関電子系では電子同士の相互作用により、有効質量が大きくなる。

(注8)強相関エレクトロニクス
 電子の電荷を制御、利用するエレクトロニクスに対し、電荷に加えて電子の軌道・スピンの自由度も制御、利用する新しい技術。


※添付資料(図1〜4)は添付の関連資料を参照

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