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産総研、熱エネルギーをスピンに変換する新現象「ゼーベック・スピントンネル効果」を発見

2011-07-05

ゼーベック・スピントンネル効果を発見
−温度差だけで電子スピン情報がシリコンに伝わる新現象−


<ポイント>
 ・電子スピンが持つデジタル情報を加熱によってシリコン中に入力することに成功
 ・スピントロニクス技術とシリコンLSI技術を融合させた、電流を用いない新しいスピン注入法
 ・シリコンLSI中に生じる廃熱を再利用する新しいグリーンITが原理的に実現可能


<概 要>
 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノスピントロニクス研究センター 湯浅 新治 研究センター長、半導体スピントロニクスチーム Ron Jansen 招聘研究員、齋藤 秀和 研究チーム長は、オランダ基礎科学財団(The Foundation for Fundamental Research on Matter)と共同で、熱エネルギーをスピンに変換する新現象「ゼーベック・スピントンネル効果」を発見した。

 近年、電子が持つ電気的性質(電荷)と磁気的性質(スピン)の両方を活用したスピントロニクス技術を用いて、IT電子機器の大幅な省電力化を目指した研究が盛んに行われている。磁性体中のスピンを用いた不揮発性メモリーにデジタル情報を記憶し、そのデジタル情報を半導体中に入力して演算できれば、省電力化が可能となる。これまでの研究では、磁性体から半導体シリコン中にスピン情報を入力するのに電流が用いられてきたが、多くの電気エネルギーが熱になって浪費されてしまう。抜本的な省電力化のために、廃熱を再利用する方法の開発が望まれてきた。

 今回、ゼーベック・スピントンネル効果を利用することにより、電流を使わず、熱エネルギーによって磁性体の電子スピンが持つデジタル情報をシリコン中に入力することに成功した。この発見により、廃熱を再利用する新しいグリーン情報技術(グリーンIT)実現への道が拓かれた。

 この成果の詳細は、英国の学術誌「Nature」に2011年6月30日(日本時間)にオンライン掲載される予定である。


 ※図1は添付の関連資料を参照


<開発の社会的背景>
 IT社会の急速な発展に伴って情報通信機器の消費エネルギーは増加の一途をたどり、このままでは、今後10数年以内に全電力消費量の10〜20%に達すると見込まれている。従って、より消費エネルギーが小さく、二酸化炭素排出量削減に貢献するグリーンITの実現が急務となっている。

 グリーンITデバイスの実現を目指す中、電子が持つ電荷とスピンの両方を活用するスピントロニクス技術が注目されている。スピンは「0」と「1」のデジタル情報を記憶でき、両状態の切り替えに必要なエネルギーは非常に小さいことが理論的に示されている。一方、シリコンは最も重要な半導体材料であり、半導体LSIを構成する主要材料である。従って、スピントロニクス技術とシリコンLSI技術を融合させてシリコン・スピン融合デバイスを実現することができれば、グリーンIT化に向けての大きな推進力となると期待されている。

 磁性体からシリコン中へのスピン情報の入力(スピン注入)は、シリコン・スピン融合デバイスを実現するための基盤技術となるが、これまでの研究では電流によってスピン注入を行ってきた。しかし、素子に電流を流すと熱が生じてしまうという問題があり、発熱の問題を抜本的に解決するために、電流を用いない新しいスピン注入手法の開発が望まれてきた。


<研究の経緯>
 産総研ナノスピントロニクス研究センターでは、これまで電子が持つ電気的性質(電荷)と磁気的性質(スピン)の両方を活用するスピントロニクス技術の研究に力を注ぎ、スピントロニクスを応用した素子を実用化してきている。今回、オランダ基礎科学財団(The Foundation for Fundamental Research on Matter, FOM)と共同で、ゼーベック・スピントンネル効果という新現象を発見し、この効果を利用して電流を用いずに磁性体からシリコン中へのスピン注入に成功した。


<研究の内容>
 ゼーベック・スピントンネル効果の観測に用いた素子は、磁性体(ニッケルと鉄の合金)、トンネル絶縁膜(厚さ1.5〜2ナノメートル酸化アルミニウム層)、シリコンの3層で構成されている(図1)。これまで、シリコンへのスピン情報の入力は、磁性体とシリコンの間に電圧をかけて電流を流して行われてきた。これに対して、今回発見したゼーベック・スピントンネル効果では、電流を用いることなく、磁性体とシリコンの間に温度差を生じさせるだけで磁性体のスピン情報をシリコンに入力することが可能になる。ゼーベック・スピントンネル効果とは、2枚の電極(この場合、磁性体およびシリコン)の間に温度差があると、上向きのスピンを持つ電子がトンネル絶縁膜を越えて磁性体からシリコンへ流れ、逆に下向きのスピンを持つ電子がシリコンから磁性体へ流れる現象である。従って、2枚の電極間に流れる電流は相殺してゼロとなるが、スピン情報は磁性体からシリコンに伝達されることになる。(ここで、スピンの上向き、下向きが、デジタル情報の「0」と「1」に相当する。)

 今回の実験では、図2左に示した構造の素子のシリコン内に電流を流して加熱し、シリコンの温度を磁性体よりも高温にした。磁性体からシリコンにスピン情報が入力されたかどうかを調べるために、シリコン面に垂直方向に磁界をかけながら磁性体とシリコンの間の電圧を測定した。シリコン中にスピン情報が入力されている場合には、数100エルステッドの垂直磁界を加えると発生電圧がほとんど消失する。この現象はハンル効果と呼ばれ、スピン情報の有無を調べるために標準的に用いられている。図2右に示すように、垂直磁界が強くなると発生する電圧が急激に減少した。また、シリコンを加熱するための電流の向きを反転しても、同じように垂直磁界による発生電圧の変化が観測された。これは、測定された電圧はシリコンを加熱する電流により直接的に生じたものではなく、シリコンと磁性体の間の温度差によって生じたものであることを示している。これらの結果から、ゼーベック・スピントンネル効果によって磁性体からシリコンにスピン情報が入力されたことが確認された。


 ※図2は添付の関連資料を参照


<今後の予定>
 今回発見したゼーベック・スピントンネル効果を用いることにより、熱を利用してシリコン中にスピンのデジタル情報を入力することが可能であることが示された。これは、シリコンLSI中に生じる廃熱を再利用してスピン情報の入力を行う革新的な省エネルギー技術の実現に繋がるものであり、将来のグリーンIT研究に大きく貢献する可能性を秘めている。


<用語の説明>
スピントロニクス
 電子は、電気的性質(電荷)と磁気的性質(スピン)の両方を持っている。従来の半導体エレクトロニクスでは、電子の電荷のみが利用されてきた。また、従来の磁気工学では、電子のスピンのみが利用されてきた。これに対して、電子の電荷とスピンの両方を利用して、新しい機能を持った電子デバイスを創出しようとする新しい工学分野はスピントロニクスと呼ばれる。

◆グリーン情報技術(グリーンIT)
 エネルギー消費が少なく、二酸化炭素の排出量削減に貢献できる情報技術(IT)および情報通信機器は、グリーンITと呼ばれる。今後もIT社会の急速な拡大が見込まれるため、IT関連の総エネルギー消費量を抑制するためには、グリーンITの実現が不可欠となる。

◆スピン注入
 強磁性体中の電子スピンは、上向き/下向きというデジタル情報を持っている。一方、非磁性体中の電子スピンは、デジタル情報を持っていない。デジタル情報を持ったスピンを、強磁性体から非磁性体中に入力することを、スピン注入という。

◆エルステッド
 磁界の強さを表す単位。ちなみに、地磁気の磁界強度は約0.3 エルステッド。永久磁石の表面の磁界強度は約100〜1000エルステッド程度。

◆ハンル効果
 半導体などの非磁性体に注入されたスピンの向きが、垂直磁界によって回転する現象。シリコン中にスピンが注入されると、この効果により、素子抵抗が垂直磁界の増大に伴って減少することになる。従って、ハンル効果の観測は、シリコン中にスピンが注入されたことを示す証拠となる。

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