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理化学研究所、ストレスによる遺伝子発現変化がDNA配列の変化を伴わず親から子供に遺伝するメカニズムを発見

2011-06-29

親の受けたストレスは、DNA配列の変化を伴わずに子供に遺伝
−ストレスが影響する非メンデル遺伝学のメカニズムを世界で初めて発見−



◇ポイント◇
 ・ストレスの影響がエピジェネティクに遺伝するメカニズムを解明
 ・ストレスが影響する非メンデル遺伝学を理解する上で、重要な新発見
 ・ヒトの病気にも影響するエピジェネティクな遺伝現象の解明に向けて大きな一歩


 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、ストレスによる遺伝子発現変化が、DNA配列の変化を伴わず(エピジェネティク(※1))に親から子供に遺伝する新たなメカニズムを発見しました。理研基幹研究所(玉尾皓平所長)石井分子遺伝学研究室の成 耆鉉(ソン キヒョン)協力研究員、石井俊輔主任研究員らの研究成果です。

 ストレスによる遺伝子発現変化が、エピジェネティクに遺伝するかどうかは、病気や進化にも関連し、遺伝学の重要なテーマとなっています。ストレスにより制御されるエピジェネティクな遺伝現象のよく知られる例として、温度や日照時間によるトウモロコシ色素の変化の遺伝がありますが、そのメカニズムは不明のままです。動物でも、環境ストレスや栄養状態などの影響が、子供に遺伝することを示唆する報告はあるものの、メカニズムが解明されていないため、まだ広く受入れられていないのが現状です。

 DNAがヒストン(※2)に巻き付いて形成されるクロマチン(※3)には、転写を不活発にし、メチル化されたヒストンに富むヘテロクロマチン(※4)と呼ばれるクロマチンが凝縮した領域があります。研究チームは、ショウジョウバエの転写因子dATF−2(※5)がヘテロクロマチン構造の形成に必須であることを見いだしました。これは、dATF−2がヒストンをメチル化する酵素と結合して、ヒストンをメチル化するためと考えられます。さらに、熱ストレスや浸透圧ストレスでdATF−2がリン酸化されると、ヘテロクロマチンから外れ、その結果、ヘテロクロマチン構造が弛緩し、抑制されていた転写が誘導されること、その状態が子供に遺伝することを突き止めました。これはストレスによりエピゲノム(※1)状態が変化し、それが遺伝することを示しています。また、親の受けたストレスの影響は子供にだけ遺伝し、孫には遺伝しない一方で、二世代にわたってストレスを受けると、その影響は子供だけでなく孫にも伝わり、その後何世代にも遺伝する可能性があることが分かりました。これらの成果は、ストレスにより誘導される遺伝子発現変化が、エピジェネティクに遺伝するメカニズムを理解するための大きな一歩となります。

 本研究成果は、「日本学術振興会 科学研究費補助金 新学術領域研究 ゲノムアダプテーションのシステム的理解」によって得られたもので、米国の科学雑誌『Cell』(6月24日付け:日本時間6月25日)に掲載されます。


1.背景
 温度や日照時間によるトウモロコシ色素の変化は、ストレスによる遺伝子発現変化が次世代に遺伝する代表例として知られます。動物では、母親ラットが子育てを放棄すると、子供が成長後に行動異常を示し、それが次世代に遺伝する可能性が示唆されています。ヒトでは、胎児期や乳児期の栄養環境ストレスが大人になってからの生活習慣病の発症頻度に影響し、それが遺伝する可能性も示されています(胎児プログラミング仮説(※6))。これは、現在日本でも妊婦のダイエット指向のため社会問題になっています。しかし、このような種々のストレスの影響が遺伝する現象は、メカニズムが不明なため、多くの研究者に完全に受け入れられているわけではありません。

 さまざまなストレスはDNA配列に変異を生じさせる可能性は低いことから、DNA配列の変化を伴わずに遺伝するメカニズムとして、エピジェネティクスが議論されています。エピジェネティクな遺伝現象とは「DNA配列に依存しない遺伝」を意味し、メンデルの法則(※7)に従わず、DNAやヒストンの化学修飾で制御される遺伝のことです。DNAは裸で存在しているのではなく、ヒストンに巻き付き、コンパクトな状態で存在しています。最近の研究から、このヒストンのメチル化などの化学修飾が細胞分裂を超えて維持され、時には次世代に遺伝することが示されました。しかし、ストレスがヒストンの化学修飾にどのように影響するのかは分かっていませんでした。


2.研究手法と成果
 DNAがヒストンに巻き付いて形成されるクロマチンには、転写を不活発にするヘテロクロマチンと呼ばれるクロマチンが凝縮した領域があります。ヘテロクロマチンは、ヒストンH3の9番目のリジンがメチル化されているのが特徴です。

 ショウジョウバエは、眼の赤色色素を合成するwhite遺伝子が活発に転写され赤眼になります。しかし、white遺伝子がヘテロクロマチン領域に存在するハエの系統では、この遺伝子の転写が抑制され、白眼になります(図1)。この系統ではヘテロクロマチン構造が弛緩すると、white遺伝子の転写が誘導され赤眼になるので、眼の赤い色素量を調べることによって、簡単にヘテロクロマチンの状態を調べることができます。

 研究グループは、転写因子dATF−2の遺伝子の変異を、この白眼の系統に導入すると、眼が赤くなること、ヘテロクロマチン構造が弛緩すること、ヒストンのメチル化が低下することを見いだしました(図1)。これらの結果は、dATF−2がヒストンをメチル化する酵素と結合し、ヒストンをメチル化してヘテロクロマチン構造を形成し、転写を抑制することを示しています。

 そこで、dATF−2をリン酸化し転写因子としての働きを活性化する熱ショックストレスや浸透圧ストレスが、野生型のショウジョウバエのヘテロクロマチン構造にどのような影響を及ぼすかを調べました。興味深いことに、これらのストレスが発生の初期段階で与えられると、dATF−2がヘテロクロマチンから外れ、ヘテロクロマチン構造が弛緩し、抑制されていた転写が誘導されること、またその状態は子供に遺伝することが分かりました(図2)。親の世代だけが熱ショックストレスを受けると、その影響は子供にだけ遺伝し、孫には遺伝しませんでしたが、二世代にわたって熱ショックストレスを受けると、その影響は子供だけでなく孫にも伝わることが分かりました(図3)。これは、何世代にもわたってストレスを受けると、その影響はストレスが無くなっても、その後何世代にも遺伝する可能性を示しています。


3.今後の期待
 今後は、ストレスによるATF−2の活性化で転写抑制が解除される標的遺伝子を探索し、どのようなストレスで誘導された発現変化が遺伝するかを解明する必要があります。鍵となる転写因子ATF−2が分かったことで、研究が大きく進展すると期待できます。これまでの研究により、ATF−2とその類似転写因子は、代謝系、免疫系、脳神経系に加え、発がんなどに関与する遺伝子群を制御することが分かっています。研究グループはこれまでに、マウスのATF−2類似転写因子ATF−7が、脳内でセロトニン受容体の5b遺伝子をヘテロクロマチン様の構造にして発現を抑制することや、マウスを1匹だけ飼育して社会的分離ストレスを与えると、ATF−7がリン酸化されて、5−Htr5b遺伝子の発現が上昇し、うつ病のような行動異常を示すことを報告しています(図4)。今後は、代謝ストレス、感染ストレス、精神ストレスなどによるこれらの遺伝子の発現変化が次世代に遺伝し、生活習慣病、免疫、精神疾患、がんなどの病気の発症に影響するかどうかを解析していきます。さらに、この現象は、ラマルクによって提唱された「獲得形質の遺伝(※8)」に似た面を持つことから、この現象が生物の環境適応や進化にどのように影響するのかについても新たな知見を得られると期待できます。



*以下の資料は添付の関連資料「補足説明/図1〜4」を参照
 ・補足説明
 ・図1 dATF−2はヘテロクロマチン形成に必須
 ・図2 環境ストレスにより誘導された遺伝子発現上昇の子供への遺伝
 ・図3 ストレスによる遺伝子発現変化は世代を超えて遺伝
 ・図4 マウスATF−7は精神ストレスによる遺伝子の発現誘導に関与


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