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産総研、細菌を水生植物の根圏環境から発見し分離培養に成功

2011-06-07

新しい「門」アルマティモナデテス
−細菌の最も上位の分類階級にあたる「門」レベルで新規の細菌を分離培養−


<ポイント>
 ・系統学的に極めてユニークな細菌を水生植物の根圏環境から発見し、分離培養に成功した
 ・この細菌が「門」レベルで新規であることを明らかにし、この細菌を代表とする新しい門の学名が正式に認定された
 ・新しい門に属する細菌の純粋分離により、新しい生物機能の発見が期待される


■概要
 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)生物プロセス研究部門【研究部門長 鎌形 洋一】生物資源情報基盤研究グループ 玉木 秀幸 研究員、鎌形 洋一 研究グループ長らは、国立大学法人 山梨大学【学長 前田 秀一郎】(以下「山梨大」という)工学部 土木環境工学科 田中 靖浩 助教、森 一博 准教授らと共同で、水生植物であるヨシの根圏環境に生息する系統学的に極めてユニークな細菌を発見し、その分離培養に成功した。系統分類学的な解析を詳細に行った結果、この細菌は、「門」レベルで新しく発見されたものであることが判明した。解析に基づき、新しい門としてアルマティモナデテス(Armatimonadetes)の学名を提案し、細菌の命名を統括する国際機関(International Committee on Systematic of Prokaryotes:ICSP)により正式に認定された。

 この新しい門は細菌ドメインの中で28番目となる門である。これらの門のうち、実に23門は新たな細菌の発見・分離培養によって認定されたものではなく、2001年までに既に複数の細菌の純粋分離株が存在しており、系統分類学的な枠組みの再整理・再編成が行われる中で、改めて正式に門として認定されたものである。今回の研究のように、未知の細菌の純粋分離を経て新しい門の提案・認定に至るケースは非常に珍しい。

 この成果の詳細は、英国の科学誌「International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology (IJSEM)」6月号に掲載される。


 ※図1は添付の関連資料を参照


■開発の社会的背景
 微生物は、酒、味噌、醤油、チーズ、ヨーグルトなどの発酵食品に代表されるように、古来よりさまざまな恩恵を人類にもたらしてきた。また、抗生物質をはじめとする各種医薬品や農薬、洗剤用酵素なども多様な微生物資源から発見されてきた。ところが、最近になって、このような有用物質を生み出す微生物は、地球環境中に存在している微生物のほんの一握りの中から見いだされてきたことが明らかになってきた。

 近年の遺伝子レベルでの解析により、地下深くや海中、大気圏に至るまでの地球環境中には膨大かつ多様な微生物が生息しており、その99 %がいまだに分離培養されたことのない未知の微生物であることがわかっている。これらの未知・未培養微生物の多くは、従来の手法では培養の困難な「難培養性微生物」であると考えられる。実際に、通常の培養方法で土壌や河川の試料を接種し培養してみても、それらの環境で数多く生息しているはずの微生物は一向に生育しない。このような未知の難培養性微生物は未利用の生物資源であり、これを開拓できれば、医薬品、食品、酵素などのバイオ製品開発のシーズとなり、バイオ産業の発展に大きく貢献するものと期待されている。

 また、地球環境中から未知の微生物を分離培養し、その新しい生物機能を解明することは博物学的、生物学的に重要なだけでなく、地球環境の保全・修復を支えている微生物の未知の機能を解明するという観点からも、グローバルに重要な共通基盤的研究課題となってきている。


■研究の経緯
 産総研では、10年以上にわたって、未知・未培養微生物資源の開拓技術の開発を進めてきた。その間、さまざまな環境中から多様な未知微生物の分離培養に成功し、これまでに所内外との共同研究を含めて、新門1門(今回の発見を含まない)、新綱3綱、新目4目、新科6科、新属23属、新種41種について学名提案を行い、正式に認定されてきた。

 一方、山梨大 工学部 土木環境工学科では、長年にわたって、ウキクサやヨシなどの水生植物の持つ環境浄化作用に着目し、その浄化メカニズムの解明とともに、実際の水圏環境において水生植物を活用した水質浄化システムの開発を進めている。特に、水生植物の根圏に生息する微生物が環境浄化に寄与することは判明しているが、実際にどのような微生物が水生植物根圏に生息しているかは不明であった。

 そこで、産総研と山梨大は、水生植物の根圏に生息する微生物の多様性と機能の解明を目的に、共同で研究に取り組んでおり、今回の成果はその研究過程で得られたものである。


■研究の内容

 ※添付の関連資料を参照


■今後の予定
 現在、独立行政法人 製品評価技術基盤機構、山梨大、公立大学法人 石川県立大学と共同で、細菌YO−36株のゲノム解析を行っている。今後、そこから得られるゲノム情報などを基に新しい門に属する細菌の持つ新しい生物機能を明らかにしたい。また、新しい門アルマティモナデテスは、細菌の中でも比較的古くに分岐した分類群である可能性が示唆されており、微生物の系統・進化を考える上でも非常に重要な発見が期待される。さらに、水生植物根圏におけるアルマティモナデテス門に属する細菌の生態学的役割と環境浄化機能の解明とともに、水生植物とその根圏微生物との生物学的相互作用に関する研究を進めていきたい。


■用語の説明

◆ヨシ
 正式な学名は「Phragmites australis」で、世界各地の暖帯から亜寒帯に広く分布するイネ科の多年草であり、我が国においても全国に分布している。特に、湖岸や河川の下流域、湿地帯等の水辺に生息しており、高さが3m以上に達するものもある。近年、ヨシが群生したヨシ原は多種多様な水生生物の住処であると同時に、水圏の環境保全・修復の場として注目されている。

◆根圏
 根圏とは、植物の根そのものとその周辺環境のことをいい、植物と微生物が活発に影響しあう環境である。植物は根を介して水分や養分を吸収する一方で、その根面から微生物の生育に必要な酸素、栄養分、増殖促進物質などを供給することが知られている。実際に、根の周囲では、微生物の細胞密度が高く、植物に対してもさまざまな影響を与えている。このような環境に生息する微生物のことを根圏微生物と呼ぶ。

◆系統分類学
 生物進化の視点から生物の類縁関係を明らかにし、分類する学問。系統とは進化の道筋のことをいい、生物間で異なるさまざまな性質を基に、その道筋を辿り、生物の類縁関係を明らかにするものである。近年では、系統分類指標となる遺伝子(リボソームをコードする遺伝子など)の配列情報から、生物の類似性、近縁関係を調べる手法が汎用されている。細菌の場合、16S rRNA遺伝子情報を1つの基準としつつ、それ以外のさまざまな特徴(例えば、生育温度、生育pHの範囲や、生育に利用する化合物の違いなど多岐にわたる項目の比較結果)を基に系統分類を実施している。

◆門(phylum)
 門とは生物の分類階級の1つである。細菌(バクテリアドメイン)では、門は最も上位の分類階級にあたり、ドメインのすぐ下位の分類階級である。門という分類群は、われわれ人間を含む真核生物の分類基準に照らし合わすと「(昆虫やエビ・カニを含む)節足動物門」や「(ホヤから魚、爬虫類、ほ乳類を含む)脊索動物門」に匹敵する極めて大きな分類群である。

◆細菌ドメイン
 細菌とは分類学上のドメインの1つである。ドメインとは、分類学上最も上位の分類階級であり、地球上の全生物が、細菌(バクテリア)、古細菌(アーキア)、真核生物(ユーカリア)の3つのドメインに分けられている。ヒト、動物、植物、カビ、酵母はすべて真核生物(ユーカリア)ドメインに分類される。細菌と古細菌を合わせて原核生物と呼ぶ。細菌は、地球上のありとあらゆる環境に生息しており、土壌、河川、湖沼、海洋環境はもとより、深部地下環境や熱水環境などの極限環境下でも存在が確認されており、地球環境の保全修復に重要な役割を果たしている。

◆16S rRNA遺伝子
 細胞内小器官であるリボソームに含まれるRNA鎖をコードしている遺伝子の配列であり、細菌では約1500個の塩基の配列となっている。リボソーム rRNA遺伝子(16S rRNA遺伝子または18S rRNA遺伝子)は、すべての生物に存在しており、かつ進化速度が比較的遅いことから、分子時計として全生物の類縁関係や系統進化距離(種分化した時期の古さ)を推定するのに広く用いられている。

◆化学合成従属栄養細菌
 生育・増殖する際に、炭素源として糖、アミノ酸、脂肪酸などの有機化合物を必要とする細菌のことを従属栄養細菌という。さらに、エネルギー源を化学物質とする従属栄養細菌のことを化学合成従属栄養細菌という。これに対して、エネルギー源として光を利用する従属栄養細菌のことを光合成従属栄養細菌という。また、無機化合物を炭素源とし、無機化合物あるいは光をエネルギー源として生育する細菌のことを独立栄養細菌という。

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