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東大、病原細菌を標的としたオートファジーの新規認識機構を発見

2011-05-25

病原細菌を標的としたオートファジーにおける新規認識機構の発見


1.発表者:小川道永(東京大学医科学研究所・細菌感染分野・助教)
       笹川千尋(東京大学医科学研究所・細菌感染分野・教授)

2.発表概要:
 オートファジーは細胞内のダメージを受けた器官、変性タンパク質、病原体を異物として認識・分解する機構である。東京大学医科学研究所 小川道永助教(細菌感染分野)と笹川千尋教授(細菌感染分野、感染症国際研究センター)は宿主細胞が細胞内に侵入した赤痢菌を特異的に認識しオートファジーによって分解するために必要な新規タンパク質Tecpr1(Tectonin domain−containing protein)を発見した。さらに、Tecpr1は赤痢菌だけではなく、サルモネラ菌、A群連鎖球菌等の病原細菌(図1参照)、変性タンパク質やダメージを受けたミトコンドリアに対する広く一般的な選択的なオートファジーにも関与することを見出した(図2参照)。本研究の成果は病原細菌を標的とするオートファジーの選択的な認識機構の解明のみならず、変性タンパク質の蓄積によるハンチントン病(注1)等の神経変性疾患や異常ミトコンドリア蓄積による若年性パーキンソン病(注2)の発症機序の解明や治療薬の開発にも重要な手がかりを与えるものと考えられる。


3.発表内容:
 オートファジーは細胞が栄養飢餓状態に陥ったときやストレスに曝された場合に細胞内小器官をまとめて非選択的に分解する現象であることが知られていた。しかし近年の研究から、オートファジーは、ダメージを受けた小器官や変性タンパク質からなる凝集体を特異的に異物として認識し分解する重要な恒常性維持システムであり、オートファジーの機能異常は、不要物の蓄積により細胞の恒常性維持、細胞寿命、発生・分化、癌など多岐に影響し、さまざまな変性性疾患の一因となることが分かってきた。さらに、最新の研究から、オートファジーは(1)細胞内に侵入した病原細菌を特異的に異物として認識・分解殺菌すること、(2)宿主自然免疫システムのセンサーとして機能し炎症反応を誘導することで菌の排除を促進することが明らかになってきており、その異物認識機構の解明は感染制御の面からも極めて重要な課題となっていた。本研究の成果であるTecpr1によるオートファジー認識機構の発見は「オートファジーによる選択的な基質認識」研究に非常に大きなインパクトを与えることが予想される。

 赤痢菌は細菌性赤痢の原因菌であり、発展途上国では乳幼児を中心に年間1億人以上が細菌性赤痢に感染し、死者は年間約20万人にものぼる。2005年に、我々は(1)赤痢菌の菌体表面にあるVirGタンパク質(注3)がオートファジー関連タンパク質であるAtg5(注4)と直接結合することによってオートファジーが誘導されること、(2)それに対し赤痢菌はIcsBタンパク質(注5)を分泌し、Atg5とVirGタンパク質との結合を競合的に阻害することで菌体のオートファジーによる認識を回避していることを明らかにし、Scienceに報告している。我々はこれらの研究をさらに発展させ、Atg5結合性新規タンパク質としてTecpr1を見出した。Tecpr1は細胞質内でオートファジーに必須のAtg12−Atg5−Atg16L1(注6)と複合体を形成し、赤痢菌、サルモネラ菌、A群連鎖球菌、さらには変性タンパク質からなる凝集体やダメージを受けたミトコンドリアを標的とするオートファゴソームに選択的に局在することが明らかになった(図1、図2参照)。Tecpr1遺伝子を欠損させたノックアウトマウス(Tecpr1−/−)を作製し、そこから得られたMEF(mouse embryonic fibroblast)細胞を用いて解析を行った結果、非選択的なオートファジーはほとんど影響を受けなかったにも関わらず、オートファジー感受性赤痢菌(ΔIcsB株)に対するオートファジーが低下し、赤痢菌の細胞内での増殖性が顕著に上昇した。さらに興味深いことに、Tecpr1−/−MEF細胞では変性タンパク質からなる凝集体やダメージを受けたミトコンドリアなど選択的なオートファジーの標的となる基質の蓄積が認められた。これらの結果はTecpr1−/−MEF細胞では選択的なオートファジーの機能が低下していることを示しており、Tecpr1が選択的なオートファジーにおいて重要な役割を果たしていることを示唆している。

 さらに、Tecpr1による選択的なオートファジーのメカニズムを詳細に解析した結果、形成初期のオートファゴソーム上に局在するPI(3)P(注7)と結合することが知られているWIPI−2(注8)とTecpr1 が結合することでTecpr1がオートファゴソーム上にリクルートされ、オートファゴソームの形成に必要な因子が標的となる菌体の近くに集積されることを見出した(図1参照)。
 本研究の成果から、選択的なオートファジーにおいてWIPI−2−Tecpr1−Atg5という基質認識のための新たなカスケードが存在することが明らかになった。本研究の成果は病原細菌を標的とするオートファジーの選択的な認識機構の解明のみならず、変性タンパク質の蓄積によるハンチントン病(注1)等の神経変性疾患や異常ミトコンドリア蓄積による若年性パーキンソン病(注2)の発症機序の解明や治療薬の開発にも重要な手がかりを与えるものと考えられる(図2参照)。


4.発表雑誌:
 「Cell Host & Microbe」(Cell press)
 2011年5月19日(米国東部夏時間12:00)のオンライン版に掲載
 “A Tecpr1−Dependent Selective Autophagy Pathway Targets Bacterial Pathogens”Michinaga Ogawa,Yuko Yoshikawa,Taira Kobayashi,Hitomi Mimuro,Makoto Fukumatsu,Kotaro Kiga,Zhenzi Piao,Hiroshi Ashida,Mitsutaka Yoshida,Shigeru Kakuta,Tomohiro Koyama,Yoshiyuki Goto,Takahiro Nagatake,Shinya Nagai, Hiroshi Kiyono,Magdalena Kawalec,Jean−Marc Reichhart and Chihiro Sasakawa


5.問い合わせ先:
 笹川千尋 教授
 〒108−8639 東京都港区白金4−6−1
 東京大学医科学研究所 感染・免疫部門 細菌感染分野


6.用語解説:
(注1)ハンチントン
 舞踏運動などの不随意運動、行動異常、認知障害などの症状が現れる遺伝性の神経変性疾患。huntingtin 遺伝子に原因となる変異を持つ場合にはHuntingtin タンパク質に含まれるグルタミンの繰り返しの回数が異常に増加するために易凝集性になったHuntingtin タンパク質が細胞質や核内に異常蓄積することで起きると考えられている。

(注2)パーキンソン病
 ふるえ、動作緩慢、小刻み歩行などを主な症状とする病気で、中脳黒質緻密質のドーパミン分泌細胞の変性が主な原因である。そのほとんどについて神経変性の原因は不明だが、いくつかの病因遺伝子が同定されている。その中の一つにミトコンドリアを標的とするオートファジーに関与しているPARK2遺伝子がある。

(注3)VirG
赤痢菌の菌体表面に存在する外膜タンパク質であり、菌の増殖と共に菌体の一極
に局在する。F−アクチンの重合を司り、赤痢菌の細胞内運動性に必須の病原因子で
ある。

(注4)Atg5
 初期オートファゴソームであるphagophoreに局在しているタンパク質である。
 Atg12と共有結合することで生成されたAtg12−Atg5はオートファゴソーム膜の伸張に必要であることが報告されている。

(注5)IcsB
 赤痢菌のIII型分泌機構から分泌される病原因子である。VirGと結合することによってVirGとAtg5が結合することを競合的に阻害しており、赤痢菌のオートファジー回避に必須の病原因子である。ΔIcsB株は高頻度にオートファゴソームに貪食されることを報告している。

(注6)Atg12−Atg5−Atg16L1
 Atg12−Atg5はAtg16L1と結合し複合体を形成する。この複合体はオートファゴソームの形成に必要なLC3−IIの生成反応に関与していることが報告されている。

(注7)PI(3)P(ホスホイノシチド3−リン酸)
 クラスIII PI3キナーゼVps34により生成されるリン脂質で、オートファジーの活性化には必須である。

(注8)WIPI−2
 酵母のAtg18のホモログである。PI(3)Pに結合し、オートファゴソームに局在することが報告されている。


※添付資料は添付の関連資料を参照

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