イマコト

最新の記事から注目のキーワードをピックアップ!

Article Detail

東北大学など、新材料トポロジカル絶縁体の電子スピンの直接観測に成功

2011-05-20

新材料トポロジカル絶縁体の電子スピンの直接観測に成功
−次世代の省エネルギーデバイス開発に向けて大きな進展−


<概 要>
 東北大学原子分子材料科学高等研究機構の相馬清吾助教と高橋 隆教授、大阪大学産業科学研究所の安藤陽一教授らの研究グループは、次世代のスピントロニクスデバイス(注1)を担う画期的な新材料として注目されている「トポロジカル絶縁体」(注2)の電子スピン(注3)(最小の磁石)の状態を、世界最高の分解能を持つ超高分解能スピン分解光電子分光装置により直接観測することで、デバイス応用に重要となる電子スピンの動作機構の解明に成功しました。今回の成果により、次世代の省エネ素子として注目されるスピントロニクスデバイスの開発や、電子スピンを使った量子コンピューター(注4)の研究が大きく進展するものと期待されます。
 本研究成果は、米国物理学会誌Physical Review Lettersに受理され、オンライン版で近日中に公開されます。


<背 景>
 現代のエレクトロニクス産業はトランジスタに代表される半導体素子により支えられていますが、近年の地球環境問題の深刻化に伴い、より少ないエネルギーで動作する省エネ素子の開発の重要性が増しています。素子の消費エネルギーを抑えるには、電子が物質の中を運動するときに発生するジュール熱を減らす必要がありますが、そのためのアイデアとして、電気信号の代わりに、電子がもつ磁石としての性質(スピン)を使う「スピントロニクス」という新しい技術に大きな注目が集まっています。磁石にN極S極があるように、電子のスピンには上向きと下向きの状態があって、これがデジタル信号の「0」と「1」に対応しています。スピントロニクスデバイスの実現のためには、構成要素となる材料の開発が非常に重要です。シリコンのような半導体は磁石としての性質を持っていないので、電気信号によりスピンの向きを揃えたりする事ができませんが、最近の研究によって、これまで普通の半導体と考えられてきた物質の中に、「トポロジカル絶縁体」という新しい性質を持った物質があることが分かってきました。トポロジカル絶縁体は、物質の表面に特殊な電子の通り道を持っていて、電子のスピンが上向きか下向きかで、その通り道が前か後ろかの一方通行路になるという性質があります(図1)。この一方通行路をうまく利用して、スピンの流れを生成したり、電気信号をスピンの信号に変換することができます。さらに、一方通行路では前に進む電子は前にしか進みようがなく、不純物による散乱に非常に強くなります。この性質により信号処理のエラーがおこりにくくなることから、トポロジカル絶縁体量子コンピューターに応用することも考えられています。このように新材料として大きな可能性を持つトポロジカル絶縁体ですが、その物性機能を決めている電子スピンは観測する事自体が非常に難しく、表面の電子状態とスピンの関係についての理解が進んでいないことが、これまでのトポロジカル絶縁体の研究開発の障害となっていました。


<研究の内容>
 今回、東北大と大阪大の共同研究グループは、スピン分解光電子分光法(注5)という手法(図2)を用いて、トポロジカル絶縁体の電子状態の決定を試みました。研究グループは、大阪大で育成した、Bi2Te3(Bi:ビスマス、Te:テルル)と、TlBiSe2(Tl:タリウム、Se:セレン)という2種類の大型高品質単結晶試料について、東北大で開発した「超高分解能スピン分解光電子分光装置」(図3)を用いて実験を行い、これまで難しかった電子のスピン状態を精密に観測することに成功しました。その結果、TlBiSe2の表面では電子スピンの向きは表面に沿ってほぼ完全に寝ているのに対し、Bi2Te3ではスピンの向きが表面から起き上がっていることが分かりました(図4,5)。さらに、物質の電子を1個ずつ測定できるスピン分解光電子分光法の特徴を活かして、表面の電子の運動状態を詳しく調べたところ、Bi2Te3電子の運動状態には星形の歪みがあることも分かりました(図5)。理論解析の結果、このような電子スピンの振る舞いは、「ワーピング効果」(注6)という相対論効果の一種で説明できることも分かりました。


<今後の展望>
 今回の研究成果は、トポロジカル絶縁体の電子スピンの状態が、電子の運動状態とどのように関わっているのかを、初めて実験的に明らかにしたものです。電子スピンが表面に対して起き上がるための条件が分かったことで、今後、トポロジカル絶縁体の電子スピンを3次元的に自由自在に制御できる可能性が示された事になります。また、今回の研究成果を新物質の設計や電子スピン状態の制御のための指針とすることで、新しいトポロジカル絶縁体物質の開発が進み、次世代の省エネ技術であるスピントロニクスデバイスや、超高速処理を行う量子コンピューターの実現の可能性がさらに一歩進むと期待されます。


 本成果は、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)の「物質現象の解明と応用に資する新しい計測・分析基盤技術」研究領域(研究総括:田中 通義 東北大学 名誉教授)の研究課題「バルク敏感スピン分解超高分解能光電子分光装置の開発」(研究代表者:高橋 隆)、日本学術振興会 科学研究補助金 若手研究(S)「モット絶縁体とスピンホール絶縁体:普通でない絶縁体の物理の究明」(研究代表者;安藤陽一)、最先端・次世代研究開発支援プログラム「トポロジカル絶縁体による革新的デバイスの創出」(研究者:安藤陽一)および、文部科学省 科学研究補助金 新学術領域研究「対称性の破れた凝縮系におけるトポロジカル量子現象」(研究総括:前野悦輝 京都大学 教授)によって得られました。


<用語解説>
1.スピントロニクス
 電子の磁気的性質であるスピンを利用して動作する全く新しい電子素子(トランジスタダイオードなど)を研究開発する分野のことです。電子スピンの上向き/下向き状態を、電気信号の「0」と「1」に置き換えて信号処理を行います。電子スピンは応答が早く、熱エネルギーの発生も非常に少ないので、これを利用したスピントロニクス素子は、超高速、超低消費電力の次世代電子素子の最有力候補とされています。

2.トポロジカル絶縁体
 固体は物質内の電子状態によって、金属、絶縁体(半導体)、超伝導体と分ける事ができますが、位相幾何(トポロジー)の概念を物質の電子状態の解析に取り入れる事で、これまでの絶縁体とは一線を画す新しい絶縁体物質として2005年に提唱されました。3次元物質では表面に、2次元物質ではエッジ(端)に、不純物の散乱に対して非常に強い電子の伝導路が形成されます(図1)。この伝導路は電子のスピンが上向きか下向きかで分かれており、これまでの物質にはないスピンの応答や制御ができることで、新しい量子現象やスピントロニクス素子開発のアプローチができる分野として、国内外で精力的な研究が行われています。

3.スピン
 電子が持つ、自転に由来した磁石の性質のことです。自転軸の方向に対して、上向きと下向きの2種類の状態があります。この自転軸は物質中の電磁気相互作用によって、様々な方向を向きます。通常の金属や半導体では、同じ数の上向きスピンと下向きスピンの電子が存在し互いにキャンセルしていますが、強磁性体(磁石)では片方の向きのスピンの電子の数が多くなるため、強い磁化が発生します。

4.量子コンピューター
 異なる2つ以上の状態を量子力学的に重ね合わせて一度に信号処理することで、計算能力を飛躍的に高める事を目的として開発されているコンピューターです。計算の途中で、量子力学的な重ね合わせ状態が壊れないように保つ事が大変難しいのですが、トポロジカル絶縁体の表面が持つ独特のスピン構造が、擾乱に強い量子コンピューターの実現に役立つと考えられています。

5.スピン分解光電子分光
 結晶の表面に高輝度紫外線を照射して、外部光電効果により結晶外に放出される電子について、そのエネルギー、運動量、スピンを同時に測定する実験手法です。(図2)この方法により、固体中の電子のスピンの向きや大きさが、電子の運動状態をあらわすエネルギーや運動量とどのような関係にあるかを、直接的に決定することができます。これまで電子のスピン検出の効率が著しく低かったため、物質の物性に関わるような微細な電子状態を高い精度で決定する事が難しいとされてきました。

6.ワーピング効果
 原子番号の大きい元素で電子が重い原子核の周りを通過する際に、電子の速度が光速に近づくと現れる相対論効果の一種です。電場と磁場が不可分となる事に由来して、表面内をうねりながら動く電子のスピンに対して、表面に垂直方向に向くような磁気的相互作用がはたらきます。


※参考図は添付の関連資料を参照

Related Contents

関連書籍

  • 死ぬまでに行きたい! 世界の絶景

    死ぬまでに行きたい! 世界の絶景

    詩歩2013-07-31

    Amazon Kindle版
  • 星空風景 (SKYSCAPE PHOTOBOOK)

    星空風景 (SKYSCAPE PHOTOBOOK)

    前田 徳彦2014-09-02

    Amazon Kindle版
  • ロンドン写真集 (撮影数100):ヨーロッパシリーズ1

    ロンドン写真集 (撮影数100):ヨーロッパシリーズ1

    大久保 明2014-08-12

    Amazon Kindle版
  • BLUE MOMENT

    BLUE MOMENT

    吉村 和敏2007-12-13

    Amazon Kindle版