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慶応大学、「病気の起きはじめ」を再現する遺伝子改変マウスの作成に成功

2011-05-20

病気の「起きはじめ」を再現する動物実験ツールの開発に成功
〜「早期発見・早期治療」のための新たな治療法発見につながる成果〜



 難病や変性疾患(注1)の多くは、特定の種類の細胞が少しずつ死んでいくことで起きることがよく知られていますが、これらの病気の「起きはじめ」を簡便に詳しく調べるツールはこれまでほぼ皆無でした。慶應義塾大学医学部耳鼻咽喉科学教室(小川 郁教授)の藤岡正人助教と生理学教室(岡野栄之教授)は、米国ハーバード大学医学部(アルバート エッジ准教授)との国際共同研究で、実験者が選んだ細胞に特異的に、しかし一部分のみを観察者の好きなタイミングで細胞死に導くことのできる遺伝子改変マウスの作成に成功しました。この発明により「病気の起きはじめ」にかぎって起きる生命現象を詳細に調べることが可能となり、「早期発見・早期治療」のための治療薬の探索に応用されることが期待されます。
 本研究成果は2011年5月16日正午(米国東海岸時間)「The Journal of Clinical Investigation」誌オンライン版(http://www.jci.org/)に掲載されます(本誌(紙媒体)は、2011年6月1日発行予定です)。


1.背景
 難病や変性疾患の多くで、原因の如何に関わらず特定の細胞が徐々に減っていくことで病気が進行していくことが知られています。これらの疾患では一般に症状が出る前から徐々に病勢が進行していますが、各臓器が元来持っている予備能(余剰能力)のおかげで細胞数が減っても最初のうちは臓器全体としての機能が保たれるため、結果的に症状が出るのは病気がある程度進行してからです。(図1)たとえば糖尿病であれば80%の膵臓β細胞が脱落するまで血糖値は上がらず、パーキンソン病では黒質・線条体ニューロンの70〜80%が脱落するまで運動神経の症状は出ないと言われています。(注2)(注3)

 定期検診の発達した日本では「早期発見・早期治療」の重要性が比較的早くから唱えられており、そのための研究には疾患早期の状態を詳細に検討する安定した動物実験モデルの樹立は急務でした。他方、ばらつきを小さく安定して少ない量の細胞死を誘導することは技術的に難しく、標的細胞がモザイク様に細胞脱落「しはじめた」状態を再現する動物モデルはこれまでほとんど皆無でした。実際、疾患モデル(注4)の多くはダメージの非常に進行した状態の再現であるか、時間と労力をかけて精緻に作り上げられた部分的障害モデルかです。後者はそれ自体は素晴らしいことなのですが、実験の準備期間が長くなってしまうことに加えて、精緻故に施設間での微妙な差異が再現性(注5)に影響を与える場合もあり、結果としてダメージの小さな疾病早期を簡便に研究する上での障壁でした。


2.研究の方法
 今回我々はベッドサイドでの「症状の起きはじめ(onset)」を簡便に再現し、疾患初期の病態生理を簡便に解析するツールとして、実験者が観察したい細胞や組織に限定して一定の割合で薬剤依存的にアポトーシス(細胞死)を起こす遺伝子改変動物を樹立しました(図2)。細胞種特異的な遺伝子発現コントロールには一般にCre/lox系(注6)が汎用されており、世界で数百種存在する細胞種特異的Cre 発現マウスのライブラリ(注7)から観察したい細胞にCreを持つマウスを選ぶことで標的細胞を決定させます。さらに今回はこの変法で異なるlox配列にstop配列を挟んだモザイク様発現を誘導する遺伝子発現調節カセット(図3:Moeller MJら,(注8))とFK506 アナログ剤(AP20187:ARIAD社)投与で活性化される改変型自殺遺伝子カスパーゼ3を組合わせて時空間調節性のモザイク様細胞死誘導遺伝子(Mos−iCsp3)を作成し、次いでこの遺伝子を全身に発現させるトランスジェニックマウス(注9)を作成する方法を採りました。この方法には、(1)数百あるCre マウスの中から交配相手を選ぶだけで、観察したい疾患を選べる、(2)選んだ細胞種のうちどの細胞で実際に自殺遺伝子が発現されるかはCre/loxによるリコンビネーションで確率論的に決まる(図3)、(3)細胞死は生物の体内で実際に起こる「アポトーシス」による、といった利点があります。特に(3)は、従来の遺伝子を用いた細胞死誘導の多くは実際の疾患とは無関係な毒素(ジフテリア毒素など)の発現による細胞死だったことと比較して、より生理的であるという大きな利点を持っています。(この革新的な技術は、現在米国特許申請中です。)


3.研究の成果
 さて、我々はこのMos−iCsp3 マウスを3つの異なるCre マウスと交配し、3つの疾患の初期の再現を試みました。すると興味深いことに、病気の起きはじめの段階では、細胞死の量だけではなく、各組織の再生能も特に重要な因子となること如実に観察されました。

 1)膵臓β細胞の部分的脱落による耐糖能異常(糖尿病の前状態)
   膵臓β細胞にはインスリンというホルモンを分泌して血糖値を調節する役割があります。市販のIns2−Cre マウスとMos−iCsp3を交配することで、β細胞の約6割をモザイク様に自殺させるモデルを得ました。このマウスでは空腹時の血糖値は正常ですが、糖質を摂取した後の血糖上昇が亢進しており、これは実際の患者さんにおける糖尿病の症状の起こり始めと酷似したものでした。このマウスで膵臓を顕微鏡的に観察してみたところ、生き残ったβ細胞のサイズも膵臓のランゲルハンス島も大きくなっており、数が減った分を生き残った細胞が代償していることが示唆されました。(図4)

 2)皮膚(表皮,毛包,バルジ)のモザイク様脱落による一過性点状皮膚病変と恒久的脱毛
   市販のKrt14−CreER マウスと交配して得られたマウスの背中にtamoxifenという薬剤を塗布することで、背中の皮膚の一部分にモザイク様細胞死を誘導しました。興味深いことに皮膚病変は速やかに治癒しましたが、毛根由来の毛は治癒しきらずに円形脱毛症様の症状が残り、両者の治癒力(=再生能力)の違いが示唆されました。(図5)

 3)内耳有毛細胞の部分的脱落による、軽度の恒久的難聴
   音を感じて神経系へ伝えるセンサーである蝸牛有毛細胞は、耳の一番奥の内耳というところに位置しており、哺乳類では一度傷害されて失われたら二度と再生されないことが知られています。今回Pou4f3−Cre マウスとMos−iCsp3 マウスを交配したマウスを用いたところ約45%の有毛細胞がモザイク様に細胞死を来たし、これらのマウスでは軽度の難聴になっていました。しかしながらこの難聴は軽いにも関わらず恒久的で全く治癒することがなく、有毛細胞に再生能がないことが原因と思われました。(図6)


4.今後の展開
 以上のように、このMos−iCsp3 マウスを用いれば、Cre マウスを選んで交配させるだけで、研究対象となる細胞の約半分を、簡便に、安定してモザイク様に脱落させる動物実験モデルを構築し得ることが示されました。また今回の異なる臓器間の細胞死の比較を通して、少ない量の細胞が脱落した「病気の起きはじめ」においては、細胞死に加え各々の組織、細胞の治癒力=再生能力が病気の予後に大きく影響を与えることが明快に示唆され、「早期発見・早期治療」において内因性の再生能力を高めることの重要性が改めて示唆されました。
 今後このモデルを用いて「病気の起きはじめ」にかぎって起きる生命現象を詳細に調べることにより、「早期発見・早期治療」に向けた全く新しいコンセプトの治療法や治療薬を探索する研究への展開が期待されます。



※本リリースは文部科学省記者会、科学記者会、厚生労働記者クラブ等に送信させていただいております。



*以下、リリースの詳細は添付の関連資料を参照


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