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名大と東北大、神経膠腫の遺伝子変異に対する新たな診断技術を開発

2016-10-07

神経膠腫の遺伝子変異に対する新たな診断技術の開発
〜イムノウォールIDH1遺伝子変異迅速マイクロ診断デバイス〜


 名古屋大学大学院医学系研究科(研究科長・高橋雅英)脳神経外科学の夏目敦至(なつめあつし)准教授、名古屋大学大学院工学研究科(研究科長・新美智秀)化学・生物工学専攻の馬場嘉信(ばばよしのぶ)教授、及び東北大学大学院医学系研究科(研究科長・下瀬川徹)地域イノベーション分野の加藤幸成(かとうゆきなり)教授を中心とした研究グループは、神経膠腫の変異遺伝子であるIDH1変異に対する迅速診断デバイスであるイムノウォールを作成し、その有用性を確認しました。
 WHOグレードII、IIIの神経膠腫は、成人の原発性脳腫瘍の中で最も頻度の高い腫瘍です。IDH1遺伝子変異は、グレードII、IIIの神経膠腫の約80%で認められることがわかり、その遺伝子診断を迅速に行うことでよりすばやくグレードII、IIIの神経膠腫とその他の脳腫瘍を区別でき、手術中に正常の脳と腫瘍の境界を判断する際にも役立つと考えられます。
 現在の一般的なIDH1遺伝子変異解析方法は、少なくとも1−2時間以上の解析時間を要します。また、手術で摘出した腫瘍が確定診断されるまでに解析される時間は、数日掛かります。しかし、この研究グループが開発した迅速診断デバイスであるイムノウォールは、新しい遺伝子変異マイクロ診断デバイスであり、IDH1遺伝子変異に対するモノクローナル抗体(注2)HMab−2をイムノウォールに固定化し、マイクロ流路内で腫瘍細胞から抽出したタンパクを反応させ免疫学的解析を行い、変異の有無を15分足らずで診断できます。本研究成果により、イムノウォールはグレードII、IIIの神経膠腫におけるIDH1遺伝子変異の迅速診断に有用であり、術中診断への活用や他の分子診断への応用が期待されます。
 本研究成果は、国際科学誌「Science and Technology of Advanced Materials」(英国時間10月4日付の電子版)に掲載されます。
 本研究は、新学術領域「ナノメディシン分子科学」、愛知県「知の拠点」重点研究プロジェクト、AMED 革新的がん医療実用化研究事業、AMED創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業(創薬等支援技術基盤プラットフォーム事業)の支援を受けて実施されました。

<ポイント>
 ○IDH1遺伝子変異に対するモノクローナル抗体HMab−2をマイクロ流路内に固定化し、迅速にIDH1遺伝子変異の有無を検出するマイクロ診断デバイスを作成、イムノウォールと命名しました。
 ○イムノウォールは、神経膠腫細胞から抽出したタンパクを用いてIDH1遺伝子変異を検出し、解析所用時間は15分と迅速な解析が可能でした。
 ○イムノウォールは、IDH1の変異のない脳腫瘍のタンパクからは変異を検出せず、遺伝子解析の結果と一致する正確な解析結果を示しました。

1.背景
 世界保健機構(WHO)によって分類されたグレードIIとIIIにあたる神経膠腫は、成人の原発性脳腫瘍の中で最も頻度の高い腫瘍です。神経膠腫は、腫瘍と正常脳の境界線が不明瞭であり、境界部分には正常な脳細胞と腫瘍細胞が混在しているため、手術での完全摘出が困難です。そのため、再発・悪性化につながり、最終的に死に至ることも少なくありません。近年、脳腫瘍でも網羅的な遺伝子解析が進んでおり、グレードII、IIIの神経膠腫の約80%にイソクエン酸脱水素酵素(IDH1)(注1)遺伝子変異が認められることがわかりました。さらに他の脳腫瘍でその変異がみられることは稀であり、また、IDH遺伝子変異の腫瘍をもつ患者さんの正常脳細胞では変異がみられません。神経膠腫細胞のIDH1遺伝子変異の有無を確認することは、グレードII、IIIの神経膠腫とその他の脳腫瘍を区別し、診断をする際に有用です。さらに、その解析を迅速に行うことが可能となれば、手術中に正常の脳と腫瘍の境界を判断する際にも役立つと考えられます。

2.研究成果
 現在の一般的なIDH1遺伝子変異解析方法は、少なくとも1−2時間以上の解析時間を要し、大きな労力を必要とするため、手術後に摘出した腫瘍を解析し、数日後に確定診断されることがほとんどです。イムノウォールは、目的分子に対する抗体を固定化できるよう加工した紫外線効果樹脂を、マイクロ流路内に組み込んだ遺伝子変異診断デバイスです。目的分子としてIDH1遺伝子変異に対するモノクローナル抗体(注2)HMab−2をイムノウォールに固定化し、その流路内で腫瘍細胞から抽出したタンパクを反応させ、さらにIDH1野生型(注3)の抗体と蛍光標識抗体を用いて免疫学的解析を行います(図1)。変異がある場合はイムノウォール上に蛍光が観察され、15分で変異診断が可能でした。IDH1を変異させた細胞株と変異を持っていない細胞株をイムノウォールで解析したところ、変異細胞株では強い蛍光が観察される一方、野生型細胞株からは蛍光は観察されず、変異の有無を診断できました(図2)。さらに10症例の患者さんの脳腫瘍細胞からタンパクを抽出し、イムノウォールで解析したところ、全症例について、他の遺伝子解析法で証明された変異の有無の結果と一致しました。1例の患者さんでは、腫瘍の中心部の細胞からはイムノウォールで蛍光を検出し、IDH1変異腫瘍であること(図3)に併せて、腫瘍の辺縁部の細胞からは蛍光を検出せず、IDH1の変異がないため正常細胞であることが判断でき、腫瘍の境界部であることを示す結果となりました(図4)。イムノウォールはIDH1遺伝子変異の術中診断、さらに腫瘍の境界部分や摘出範囲を判断する一助となり得ると考えられます。

 ※図1〜図4は添付の関連資料を参照

3.今後の展開
 イムノウォールによるIDH1遺伝子変異迅速診断は、より早期に神経膠腫診断を可能とし、治療方針の判断材料として有望ですが、神経膠腫で変異がみられる遺伝子は他にも多数存在します。ATRX,TP53といったいくつかの遺伝子変異は、IDH1遺伝子変異と組み合わせて診断することで、より詳細に予後や治療方法などを決定づける重要な因子となります。それらの分子に対する抗体をイムノウォールに組み込むことで、複数の遺伝子解析を同時に短時間で解析でき、より正確な診断につながる可能性があり、他の分子診断も可能なイムノウォールの開発を目指しています。

4.用語説明

(注1)イソクエン酸脱水素酵素1(IDH1)遺伝子
 イソクエン酸脱水素酵素をコードしている2番染色体上に存在する遺伝子。正常なイソクエン酸脱水素酵素は細胞内のクエン酸回路での代謝においてクエン酸をαケトグルタル酸(αKG)に変換する。IDH1遺伝子に変異が生じた場合はαKGではなく、2−ヒドロキシグルタル酸(2HG)を産生させる。2HGは発がん代謝物として神経膠腫の発生において重要な役割を担っていると考えられている。

(注2)モノクローナル抗体
 単一の抗体産生細胞に由来する抗体で、抗原の特定の部位に反応する。

(注3)IDH1野生型
 IDH1遺伝子に変異がない状態、正常なIDH1酵素を合成することができる。

5.著者、掲載誌:
 Akane Yamamichi, Toshihiro Kasama, Fumiharu Ohka, Hiromichi Suzuki, Akira Kato,Kazuya Motomura, Masaki Hirano, Melissa Ranjit, Lushun Chalise, Michihiro Kurimoto,Goro Kondo, Kosuke Aoki, Noritada Kaji, Manabu Tokeshi, Toshio Matsubara, TakeshiSenga, Mika K. Kaneko, Hidenori Suzuki, Toshihiko Wakabayashi, Yoshinobu Baba,Yukinari Kato, Atsuhi Natsume. An immuno−wall microdevice exhibits rapid and sensitivedetection of IDH1−R132H mutation specific to grade II and III gliomas. Science andTechnology of Advanced Materials,(10月4日付の電子版).
 URL:http://e-materials.net/stam/
 DOI:10.1080/14686996.2016.1227222_




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