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東北大、スピン凍結状態における記憶効果とエネルギー構造を解明

2016-10-06

スピン凍結状態における記憶効果とエネルギー構造
〜乱雑さに刻み込まれた「記憶」からエネルギーランドスケープを探る〜


【概要】
 東北大学多元物質科学研究所佐藤卓教授グループ、バージニア大学リー教授グループ、テネシー大学ツォウ助教グループらは共同でスピン凍結状態中の記憶効果を詳細に調べる事によりフラストレート磁性体(*1)の示すスピンの凍結状態がランダム系のスピングラス(*2)状態とは本質的に異なるエネルギー構造を持つことを明らかにしました。
 ランダム相互作用を持つ磁性体において磁気モーメント(スピン)が低温でランダムに凍結する現象(スピングラス)は古くから知られていました。一方で、磁気モーメント間の相互作用がフラストレートする磁性体においても低温でスピン凍結が見られることが近年の研究によって明らかになっていました。本研究では、両者の凍結状態における記憶効果を磁気測定および数値シミュレーションにより詳細に調べる事により、両者のエネルギーランドスケープ(*3)の複雑さに本質的な違いが存在することを明らかにしました。複雑なエネルギーランドスケープは磁性体のみならず、窓ガラスにはじまり社会現象にまで広く見られるものであり、本研究で切り拓かれた記憶効果を用いたエネルギーランドスケープ研究はこれらの対象の研究に対しても新しい手法を提供するものとして期待されます。本研究は米国科学アカデミー紀要「Proc.Natl.Acad.Sci.USA」にて10月3日の週にオンライン公開の予定です。

【詳細な説明】
1.背景
 我々の身の回りにある物質は互いに相互作用する非常に数多くの原子から構成されています。このような多体系においてはそのエネルギーランドスケープは時に非常に複雑な構造を持ちます。この複雑なエネルギーランドスケープは物質に限らず、脳の活動や、社会におけるネットワーク形成等、種々の多体系の理解にも用いられる極めて普遍的な概念です。
 さて、複雑なエネルギーランドスケープを持つ典型的な物質の一つに磁気モーメント(スピン)が結晶中にランダムに配置したランダム磁性体があります(図1 左)。ランダム磁性体においてはその相互作用のランダムさにより磁気モーメントは低温でランダムな向きを持ったまま凍結します。この状態はスピンのガラス的凍結状態ですので、スピングラス現象と呼ばれます。ランダム磁性体のエネルギーランドスケープは極めて多くの局所極小点をもつと考えられていますが、この為に温度降下に伴いランダム磁性体の状態は極小点に引っかかります。そのため温度降下時の履歴に依存する興味深い記憶効果(メモリー効果)を示す事も知られています。
 他方、近年注目されている磁性体の一つにフラストレート磁性体があります(図1 右)。このフラストレート磁性体では、磁気モーメント間の相互作用が打ち消し合うように働くため、それぞれの磁気モーメントが安定な方向を見つける事が出来ません。エネルギーランドスケープの言葉を用いると、最小エネルギー状態が連続的に存在します。このような磁性体に対しては温度をいくら下げても磁気モーメントは静止せず揺らぎ続けると考えられますが、予想に反してスピン凍結現象を見せるものが見いだされており、この現象がランダム磁性体におけるスピングラス現象と同じものか否かは大きな論争となっていました。

 ※図1は添付の関連資料を参照

2.研究手法と成果
 今回我々はランダム系に特有な記憶(メモリー)効果に着目しました(図2)。典型的スピングラス現象を示すランダム磁性体においては温度降下に伴いスピン凍結温度(Tf)において磁気モーメントがランダムな向きを持ったまま凍結します。この凍結状態を保ったままさらに温度を下げ最低温度から温度を上げながら磁化を測定すると、Tfにおいて磁化はピークを示しこの温度でスピンの凍結が解消された事が実験的に確認できます。さて、凍結状態中で温度降下を行う際に、途中の温度(Tw)で一定時間(tw)待つと何が起きるでしょう? 通常の磁性体では待ち時間は以後の測定に影響しません。典型的スピングラス現象を示すランダム磁性体においてもTw以下の温度での磁化は待ち時間の有無に依存しません。即ちTw以下の低温状態では一見全く同じ乱雑状態にあるように見えます。しかしながら温度をTwまで上昇させると磁化が急激に減少します。しかもその減少の度合いはtwに依存します。すなわち、一見同じスピンの乱雑な凍結状態にあるように見えながらも、その中には待ち温度や待ち時間の情報が刻み込まれているのです。このメモリー効果はスピングラスのエネルギーランドスケープが温度降下とともに階層的に複雑化する事に起因すると考えられています。
 実験では典型的スピングラス現象を示すCuMn(Mn 2 at.%)ランダム磁性体とフラストレート磁性体であるSrCr9pGa12−9pO19(◇1)(SCGO)(p=0.97)およびBaCr9pGa12−9pO19(◇2)(BCGO)(p=0.96)のメモリー効果を詳細に測定し両者を比較しました。その結果、フラストレート磁性体のメモリー効果はCuMnに比較して極めて小さい事が明らかになりました。また、CuMnのメモリー効果はTfの70%程度の温度において最大化する一方で、フラストレート物質ではメモリー効果の温度依存性はそれほど大きくない事も判明しました。数値計算を併用する事により、このような弱いメモリー効果はフラストレート物質のエネルギーランドスケープの底がおおよそ平坦であり、量子効果による僅かな凸凹が存在するというモデルで説明出来る事が示されました(図3)。

 ◇1「SrCr9pGa12−9pO19」の正式表記は添付の関連資料を参照

 ◇2「BaCr9pGa12−9pO19」の正式表記は添付の関連資料を参照

3.今後の展望
 今回の研究はランダム磁性体とフラストレート磁性体に見られるスピン凍結現象の本質的な差異をエネルギーランドスケープの観点から示したものであり、スピン凍結現象の今後の研究に有為な知見を与えるものです。さらに、複雑なエネルギーランドスケープは物性物理学の範囲を超え多くの複雑接続性の研究に普遍的に見られるものであるため、メモリー効果からエネルギーランドスケープを探る今回の方法論はそれらの研究対象に対しても新しい手法を提供するものと期待されます。

 ※図2・3は添付の関連資料を参照

【用語解説】
 *1 フラストレート磁性体
  磁性体の中でも相互作用が拮抗し最低エネルギー状態が一つに定まらない磁性体をフラストレート磁性体と呼ぶ。典型的な例は三角格子上のイジング反強磁性体である。簡単のため一つの三角形のみを取り出して考えても、すべてのスピンが反平行を向く要請を完全に満たす状態は存在せず、図4に示す6種類の最低エネルギー状態が競合する。

 ※図4は添付の関連資料を参照

 *2 スピングラス
  磁性体中の磁気モーメント間の相互作用の乱雑さに起因して磁気モーメントが低温でランダムな配向を持ちながら凍結する現象。液体中の原子がランダムな配置を持ちながら凍結するガラス化現象との類似からスピングラスと呼ばれる。

 *3 エネルギーランドスケープ
  相互作用する多体系のエネルギーを内部自由度(もしくはその適当な組み合わせ)の関数としてあらわした場合の様相。単純な磁性体(例えば強磁性体)に対してはその磁気秩序状態を中心とする単純な谷が一つ存在するが、フラストレート磁性体では複数の谷、もしくはそれらがつながった連続的最低エネルギー構造を持つことがある。

【論文情報】
 A.M.Samarakoon,T.J.Sato,T.Chen,G−W.Chern,J.Yang,I.Klich,R.Sinclair,H.D.Zhou,S.−H.Lee,Aging,memory,and nonhierarchical energy landscape of spin jam.Proceedings of the National Academy of Sciences of U.S.A.



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