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東大、細胞外情報を集積・統合し適切な転写応答へと変換する細胞内「ロジックボード」分子を発見

2016-09-27

細胞外情報を集積・統合し、適切な転写応答へと変換する
細胞内「ロジックボード」分子の発見


1. 発表者:
 畠山 昌則(東京大学大学院医学系研究科 病因・病理学専攻 微生物学分野 教授)

2. 発表のポイント:
 ◆多細胞生物の個体発生および維持に必須の役割を担う多彩な形態形成シグナルを細胞内で集積・統合する分子としてparafibrominを同定しました。
 ◆parafibrominはシグナルの組み合わせに応じて、各シグナル特異的な転写共役因子と選択的に複合体を形成し、適切な遺伝子セット発現を誘導することを見出しました。
 ◆本研究の成果は、形態形成シグナル異常を背景に発症するがんや先天性の形態異常に対する新たな治療法および予防法の開発につながることが期待されます。

3. 発表概要:
 多細胞生物の形成ならびに個体維持には、「形態形成シグナル経路」という細胞内シグナル伝達経路群が重要な役割を担っています。しかしながら、2種類以上の異なる形態形成シグナルが細胞の中でどのような仕組みにより統合・処理され、適切な遺伝子発現ならびに細胞機能の調節がなされるのかはこれまで不明でした。
 東京大学大学院医学系研究科の畠山昌則教授らの研究グループは、核内に局在するタンパク質「parafibromin」が主要な形態形成シグナル経路群の転写共役因子(注1)と協調的あるいは拮抗的に複合体を形成することで、適切な遺伝子セットの選択的な転写応答を制御していることを世界で初めて明らかにしました(図1)。parafibrominは細胞が受け取った複数のシグナルの入力を細胞内で統合し、適切な出力へと変換するコンピューターの「ロジックボード」のような機能を持つ重要な分子であると考えられます(図2)。形態形成シグナル経路の異常は消化器がんをはじめとするヒトのがん発症に深く結びついていることから、本研究の成果はそれらのがんに対する新たな治療法ならびに予防法の開発につながるものと期待されます。

4. 発表内容:
 【研究の背景】
 細胞は外部から受けるさまざまな刺激に応答して適切な細胞内シグナル伝達経路を活
性化し、細胞の増殖・分化・運動・細胞死などの多な細胞応答を調節しています。細胞間の情報交換が個体の形成ならびに恒常性(「ホメオスタシス」ともよばれます、注2)維持のために必要な多細胞生物においては、ショウジョウバエからヒトにいたるまで進化的に高度に保存された比較的少数の細胞内シグナル伝達経路が存在します。中でも、Wntシグナル経路(注3)、Hedgehogシグナル経路(注4)、Notchシグナル経路(注5)といったシグナル伝達経路は主たる「形態形成シグナル経路」として働き、受精卵からはじまる多細胞生物の複雑な発生過程ならびに組織あるいは器官の形態形成・維持に必須の役割を担っています。形態形成シグナル経路では、その濃度勾配に応じて細胞に位置情報を与える細胞外シグナル分子「モルフォゲン(形態形成因子)」がシグナル受容細胞の細胞膜表面に存在する特異的受容体に結合することで下流の細胞内シグナル伝達経路が活性化され、最終的に細胞の核内において各々の経路に特異的な転写因子(注1)が標的遺伝子群の発現を誘導する結果、多彩な細胞応答が惹起されます。しかしながら、1個の細胞が2種類以上のモルフォゲンに同時に曝された場合、各々の「形態形成シグナル経路」がどのような分子機構によって細胞内で統合処理され、周囲の状況に応じた適切な遺伝子セットの発現がいかにして可能となるのか、という重要な生物学的課題は謎のまま残されていました。

 【研究の内容】
 Wnt、Hedgehog、Notchといったモルフォゲン刺激により活性化された特異的な「形態形成シグナル経路」は最終的にそれぞれの経路の標的となる転写共役因子(β−catenin、Gli1、ならびにNotch細胞内領域(NICD))の核内移行を誘導します(図1)。本研究では、細胞の核内に主に局在するタンパク質「parafibromin」がこれら転写共役因子と直接結合し、この複合体形成を介して各形態形成シグナルの標的遺伝子セットを転写活性化する機能を有することを発見しました(図1)。さらに、parafibrominとこれら転写共役因子との結合にはparafibromin上のチロシン残基の脱リン酸化が必要であり、そのリン酸化調節にはチロシン脱リン酸化酵素(チロシンホスファターゼ)であるSHP2とチロシンリン酸化酵素(チロシンキナーゼ)であるPTK6という2つの酵素が関わっていることを明らかにしました。次に、parafibrominが複数の「形態形成シグナル経路」の制御に果たす役割の解析を進めました。その結果、parafibrominは同じ分子内領域を用いてβ−cateninとGli1の両者と結合するため、parafibromin−β−catenin複合体あるいはparafibromin−Gli1複合体のどちらか一方しか形成できず、その結果Wnt標的遺伝子群あるいはHedgehog標的遺伝子群のどちらか一方のみを選択的に誘導することが明らかとなりました(図1)。これに対し、NICDはparafibromin上の異
なる領域に結合することからWnt経路あるいはHedgehog経路とは競合せず、
β−catenin・parafibrominと安定的な三量体複合体を形成することでWnt・Notch両標的遺伝子群の協調的な活性化を誘導することがわかりました(図1)。さらに、parafibromin遺伝子(HRPT2遺伝子ともよばれます)の特異的な誘導除去が可能なマウスを用いた解析を行ったところ、Wnt、Hedgehog、Notchを介する形態形成シグナル経路により構築・維持される腸管上皮組織がparafibromin遺伝子の急性欠損で完全に破壊されることが明らかになりました。以上の事実から、parafibrominは細胞が受け取った複数の形態形成シグナルの入力を細胞内で適切な出力(遺伝子発現調節あるいは細胞応答)に変換するコンピューターの「ロジックボード」に相当する機能を持つ重要な分子であると結論されました(図2)。

 【研究内容の新規性および社会的意義】
 複数の形態形成シグナル経路の最終的な標的となる転写共役因子が細胞内で1つの分子(=parafibromin)に集積することによって、下流の遺伝子発現ならびに細胞応答が統合的に制御される分子機構は本研究が世界に先駆けて明らかにしたものです。本研究で対象とした形態形成シグナル経路の異常は、大腸がんや胃がんをはじめとするヒトのがんの発症や先天性の形態異常といった病態と深く結びついていることから、本研究の成果はこうした難治性の疾患に対する新たな治療法ならびに予防法の開発につながることが期待されます。

5. 発表雑誌:
 雑誌名:「Nature Communications」
 論文タイトル:Dephosphorylated parafibromin is a transcriptional coactivator of the Wnt/Hedgehog/Notch pathways.
 著者:Ippei Kikuchi, Atsushi Takahashi−Kanemitsu, Natsuki Sakiyama, Chao Tang, Pei−Jung Tang, Saori Noda, Kazuki Nakao, Hidetoshi Kassai, Toshiro Sato, Atsu Aiba, and Masanori Hatakeyama*
 DOI:10.1038/NCOMMS12887
 アブストラクトURL:http://www.nature.com/ncomms/index.html

●用語解説:
 注1. 転写因子と転写共役因子
 遺伝物質であるDNAに直接結合することによってDNAの遺伝情報をRNAに転写する過程を調節するタンパク質のことを総称して「転写因子」とよびます。また、DNAに結合した転写因子に対してさらに結合することで転写因子と共同して転写調節を行う分子のことを「転写共役因子(転写コアクチベーターともよばれます)」とよびます。
 注2. 恒常性(ホメオスタシス
 生物のもつ重要な性質のひとつで、外部の環境が変わっても生体の内部環境を一定の状態に保ち続けようとするしくみのことをいいます。たとえば私たちの身体では、脳神経系や内分泌系(ホルモン分泌)のはたらきによりに体温や血圧は常に一定の範囲内に保たれています。また、ウイルスや細菌などの異物への感染から身体を守る免疫系なども私たちの身体の恒常性維持のためにはたらいていると言えます。
 注3. Wntシグナル経路
 ショウジョウバエにおいて、翅(はね)の発生異常を示す変異体の解析から発見されたWntをリガンド(細胞外刺激因子)とする形態形成シグナル伝達経路であり、発生・発達における形態形成や細胞の幹細胞性の維持などの多様な生命現象に重要な役割を果たしています。また、遺伝子変異等によるWntシグナル経路の異常は大腸がんや胃がんなどの消化器がんはじめとするさまざまなヒトのがん発症の原因となることが知られています。
 注4. Hedgehogシグナル経路
 ショウジョウバエの体節形成にはたらく遺伝子の研究から発見されたHedgehogをリガンドとする形態形成シグナル伝達経路であり、初期発生における体軸の形成や組織に
おける細胞の分化などの生命現象に重要な役割を持ちます。Hedgehogシグナル経路の異常は「基底細胞がん」という皮膚の表皮にできるがんや一部の脳腫瘍などのヒトの疾患発症の原因となることが知られています。
 注5. Notchシグナル経路
 ショウジョウバエにおいて、翅の一部が欠ける異常を示す変異体の解析から発見されたDeltaやJaggedをリガンドとする形態形成シグナル伝達経路です。Notchシグナルは隣り合った細胞同士を別々の種類の細胞へと分化させる「側方抑制」とよばれる生命現象に重要なはたらきを持ちます。Notchシグナル経路に関わる遺伝子の異常は「T細胞性急性リンパ芽球性白血病」とよばれる血液のがんなどのヒト疾患の発症につながることが知られています。

●添付資料:

 ※図1・図2は添付の関連資料を参照




この記事に関連するキーワード

ショウジョウバエ ホメオスタシス 微生物学 チロシン

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