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理研など、ポリマー末端基の新測定法を開発

2016-09-03

ポリマー末端基の新測定法
−PETに含まれる微量な構造をNMRで測定可能に−


■要旨
 理化学研究所(理研)ライフサイエンス技術基盤研究センター NMR施設の前田秀明施設長、NMR利用支援特別ユニットの林文晶ユニットリーダー、大内宗城技師と、株式会社三井化学分析センター 構造解析研究部の脇浩部長、田中紀美子主席研究員の共同研究グループは、合成高分子(ポリマー)の末端基[1]や部分構造[1]を核磁気共鳴(NMR)装置[2]を用いて効率よく測定をする方法を開発しました。

 プラスチックなどのポリマーは、さまざまな工業製品の素材として広く用いられています。ポリマーの主構造は、小さな単位分子(モノマー)が鎖状、もしくは、線(ひも)状に結合したものです。主構造とともにポリマーを構成する末端基および部分構造は、熱安定性・加水分解性・結晶性などのポリマーの性質を反映するため、その構造を知ることは産業利用にとって非常に重要です。ポリマーの構造解析においては、核磁気共鳴(NMR)が一般的な解析手法として用いられていますが、極微量しか含まれない末端基や部分構造のNMR信号は、主構造に比べ非常に小さく、さらに主構造や溶媒[3]の信号に隠れてしまうケースも多いため、観測が非常に困難でした。

 共同研究グループは、モデル化合物を使用した既存の構造解析方法とは異なるアプローチで、ペットボトルなどに使用されている「PET(ポリエチレンテレフタレート)[4]」の末端基と部分構造を含む構造解析に取組みました。まず、主構造や溶媒に由来する複数の信号を消去する方法をWET−NMR法[5]に応用し、超高磁場900MHz NMR装置の利用により、高分解能および高感度で極微量の末端基と部分構造の信号を観測しました。さらに、この手法(Multiple WET−NMR法[5])を2次元NMR[6]や3次元NMR[6]に応用し、PETの末端基と部分構造を詳細に構造解析する方法を開発しました。その結果、製造過程の熱分解により微量のビニル基[7]が生成されていることが分かりました。本手法は、ポリマーの品質不良の発見や、より高品質のポリマー開発などに役立つことが期待されます。

 本研究は、文部科学省「先端研究施設共用・プラットフォーム形成事業(平成27年度)」の課題として実施されました。成果は、米国化学会(ACS)誌『Macromolecules』(8月9日号)に掲載されました。

■背景
 プラスチックなどのポリマーは、さまざまな工業製品の素材として広く用いられています。ポリマーの主構造は、小さなモノマーが鎖状もしくは線状に結合したものです。しかしポリマーは完全に均一な構造ではなく、モノマーが露出した末端部や、部分的に異なった構造を取る箇所(部分構造)があります。末端基および部分構造は、主構造に比べると存在比率は低いものの、熱安定性・加水分解性・結晶性といったポリマー全体の性質に影響します。したがって、末端基および部分構造の解析は、品質管理やさらなる高機能化など、ポリマーの産業利用にとって非常に重要です。

 核磁気共鳴(NMR法)は、強い磁場に置かれた分子が示す特徴的な振る舞い(核磁気共鳴=NMR)を測定し、正確な分子構造を分析する手法です。タンパク質や核酸などの生体分子をはじめ、ポリマーの構造解析においても一般的な手段として用いられています。しかし、主要なNMR法の一つである13C−NMR[8]では、ポリマーの末端基および部分構造は極微量なため、多くの場合検出が困難です。モデル実験として、研究室レベルで合成できるポリマーの13Cラベル体[8]を作成し、解析することは可能ですが、このポリマーの構造は大量生産の市販品と必ずしも同一とは言えません。もし市販品のように大量生産のポリマーで13Cラベル体を作成しようとすれば合成量を大規模化せざるをえず、コストが膨大になります。また、同位体によるラベル化を必要としない1H−NMR[9]においても、末端基および部分構造のNMR信号は主構造である主鎖の数千〜数万分の1程度の極小さな信号です。主鎖の複数の信号に重なるケースも多く、目的の信号の検出は困難です。さらに、測定の際にポリマーを溶かす溶媒に由来する信号も、重大な障害となります。これらの問題点を解決し、ポリマーに含まれる極微量の末端基や部分構造を観測し構造解析する方法が望まれていました。

■研究手法と成果
 共同研究グループは、NMR法での測定時に特殊なパルスを使用することで、ポリマーを13Cラベルすることなく、主鎖や溶媒に由来する複数のNMR信号を消去し、末端基や部分構造のNMR信号を高感度で検出できるMultiple WET−NMR法を開発しました。モデル化合物を使用した既存の方法ではなく、このMultiple WET−NMR法を、1次元NMR法、2次元NMR法、3次元NMR法に応用し、得られた水素原子(1H)の情報、隣接した水素原子間(1H/1H)および水素と炭素原子間(13C/1H)の情報、水素原子間と炭素原子間(13C/1H/1H)の情報から、ポリマーの詳細な構造を解析する手法の確立を目指しました。

 具体的には、汎用性プラスチックであり、ペットボトルなどに使用されている市販品のPET(ポリエチレンテレフタレート)を試料とし、測定条件について種々の検討を行いました。まず、Multiple WET NMR法によってポリマーの主鎖や溶媒などに由来する7〜11種のNMR信号を消去し、超高磁場900MHz NMR装置を使用することにより、高分解能および高感度で末端基および部分構造の水素原子(1H)の情報を観測しました。続いて、ポリマー主鎖のシグナルの影響を受けずに末端基および部分構造の相関[10]を得るため、Multiple WET−NMR法を2次元NMR法、3次元NMR法と組み合わせ数種類の測定を実施し、末端基と部分構造を含むPETの構造解析を詳細に行いました。

 その結果、2次元NMRの相関信号[10]より、極微量の末端ビニル基が断定できました(図1右 緑枠内)。このことより、市販のPET製造過程でPET分子の一部が熱分解して微量のビニル基が生成されていることがわかりました。今回測定した市販のPETに含まれるビニル基は、通常の末端基(図2のend−EG)の約25分の1と極微量でした。つまり、極少数のPET分子の末端がビニル基となっていることが分かりました。また、メチルエステル基(図2)など、ビニル基以外の末端基や部分構造も観測されました。

■今後の期待
 本研究で開発したMultiple WET−NMR法を用いることで、モデル化合物やオリゴマーなどを利用せずに、PETそのものの末端基や部分構造の観測が可能になり構造解析が行えます。これにより、PETを大量生産する際の合成条件の検討が可能となり、品質不良の発見や、より高品質のPET製造法の開発につながると期待されます。さらに、本手法はポリエステル類、ポリアミド類やポリウレタンなどのPET以外の種々のポリマーにも応用が可能と考えられ、ポリマー産業全体への波及効果も期待されます。

■原論文情報
 ・Kimiko Tanaka,Muneki Oouchi,Fumiaki Hayashi,Hideaki Maeda,Hiroshi Waki,“Structural Analysis of the End−groups and Substructures of Commercial Poly(ethylene terephthalate)by Multiple−WET 1H/13C NMR”,Macromolecules,doi:10.1021/acs.macromol.6b01105(http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/acs.macromol.6b01105

■発表者
 理化学研究所
 ライフサイエンス技術基盤研究センター(http://www.riken.jp/research/labs/clst/)構造・合成生物学部門(http://www.riken.jp/research/labs/clst/struct_synth_biol/)NMR施設(http://www.riken.jp/research/labs/clst/struct_synth_biol/nmr/
 施設長 前田 秀明(まえだ ひであき)

 ライフサイエンス技術基盤研究センター(http://www.riken.jp/research/labs/clst/)構造・合成生物学部門 NMR施設(http://www.riken.jp/research/labs/clst/struct_synth_biol/nmr/)NMR利用支援特別ユニット(http://www.riken.jp/research/labs/clst/struct_synth_biol/nmr/support/
 特別ユニットリーダー 林 文晶(はやし ふみあき)
 技師 大内 宗城(おおうち むねき)

 株式会社三井化学分析センター 構造解析研究部
 部長 脇 浩(わき ひろし)
 主席研究員 田中 紀美子(たなか きみこ)

 ※補足説明・図1・2は添付の関連資料を参照



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