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理研、加齢に伴うグリコーゲンの脳内分布変化を可視化することに成功

2016-07-12

加齢に伴うグリコーゲンの脳内分布変化を可視化
−脳グリコーゲンを正確に可視化する新しい手法を開発−


■要旨
 理化学研究所(理研)脳科学総合研究センター神経グリア回路チームの平瀬肇チームリーダー、大江祐樹研究員らの共同研究グループ(※)は、マウス脳内のグリコーゲン[1]を正確に可視化する新しい手法を開発し、加齢に伴う脳グリコーゲンの分布変化の可視化に成功しました。

 グリコーゲンは、肝臓や筋肉で合成され蓄えられているエネルギーのもととなる多糖[2]で、脳にも貯蔵されていることが知られています。最近では、グリコーゲンは通常時における脳活動のエネルギー源としてだけでなく、記憶の定着という重要な脳活動にも関わることが明らかになってきました。しかし、脳グリコーゲンは微量で分解されやすく、従来の方法では脳グリコーゲンを保存したまま可視化できないため、正確な脳内分布は明らかになっていませんでした。

 共同研究グループは、マイクロ波[3]照射装置を使った特殊な固定法により生体内のグリコーゲンを保存し、さらに抗グリコーゲン抗体による免疫組織染色法[4]を用いることで、ミクロレベルからマクロレベルの脳グリコーゲンの分布を可視化することに成功しました。その結果、グリコーゲンは脳の海馬、線条体、大脳皮質浅層、小脳分子層に多く存在し、主にグリア細胞[5]の一種であるアストロサイト[6]に局在することが分かりました。また、アストロサイト内では、細胞体よりもシナプスや血管と接する突起にグリコーゲンが多く蓄積されていました。さらに、若いマウスと老齢のマウスではグリコーゲンの分布が異なることが明らかになりました。

 脳グリコーゲンは、記憶の定着などに重要な役割を果たすことが示されており、本成果は、記憶などのプロセスにおける神経細胞とグリア細胞の相互作用の研究に貢献すると考えられます。また、糖疾患と認知症の関連が近年指摘されていますが、今後、加齢に伴う脳グリコーゲンの分布変化とアルツハイマー病に代表される認知症との関連を調べることにより、認知症の発症メカニズムの解明に役立つと期待できます。

 本研究は、文部科学省新学術領域研究「グリアアセンブリによる脳機能発現の制御と病態」とHFSP研究グラントの支援により行われました。

 本成果は、米国の科学雑誌『GLIA』オンライン版(6月29日付け)に掲載されました。

 ※共同研究チームグループ
  理化学研究所 脳科学総合研究センター 神経グリア回路チーム
  チームリーダー 平瀬 肇(ひらせ はじめ)
  研究員 大江 祐樹(おおえ ゆうき)

  徳島大学 医歯薬学研究部
  教授 馬場 麻人(ばば おと)

  神戸大学 農学部
  教授 芦田 均(あしだ ひとし)

  京都大学 医学部
  助教 中村 公一(なかむら こういち)


■背景
 グリコーゲンは、肝臓や筋肉で合成され蓄えられているエネルギーのもととなる多糖で、脳にも貯蔵されていることが知られています。最近では、グリコーゲンは通常時における脳活動のエネルギー源としてだけでなく、記憶の定着という重要な脳活動にも関わることが明らかになってきました。

 しかし、脳グリコーゲンの詳細な分布は細胞レベルでも組織レベルでも明らかになっていません。その理由は、肝臓や筋肉のグリコーゲンに比べて脳グリコーゲンは微量しか存在せず、標本を作製する段階でグリコーゲンが分解されてしまうからです。

 これまでグリコーゲンの可視化方法として、電子顕微鏡法とPAS染色[7]と呼ばれる化学染色法などが用いられてきました。しかし、電子顕微鏡は1マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)以下のミクロな構造の観察には適していますが、より広い領域をカバーするマクロレベルの観察には膨大な時間がかかるという問題があります。PAS染色は、光学顕微鏡を用いたマクロレベルの観察は可能ですが、グリコーゲン以外の多糖類や糖鎖なども染色してしまうという欠点がありました。また、組織固定液[8]の潅流(かんりゅう)[9]による化学固定法では標本を作製する段階で、グリコーゲンがエネルギー源として消費されてしまい、微量しか存在しない脳グリコーゲンの分布を調べるのは困難でした。

 そこで共同研究グループは、従来の固定法とは全く異なる手法で脳グリコーゲンを保存する技術を開発することにしました。


■研究手法と成果
 共同研究グループは、マウスの脳にマイクロ波を照射することにより、グリコーゲン分解酵素(グリコーゲンの末端を切断しグルコースを生み出す酵素)を含む脳の酵素活性を瞬時に不活化させ、生体脳のグリコーゲンを保存するという特殊な固定法を用いました。さらに、この固定法と抗グリコーゲン抗体による免疫組織染色法を組み合わせることで、細胞内の微小な構造(ミクロレベル)から脳全体の大きな構造(マクロレベル)までの観察が可能になりました。この方法を用いると、グリコーゲンのみを可視化できるという大きなメリットがあります。

 共同研究グループはまず、マウス脳全体のグリコーゲンを観察し、各脳領域単位でグリコーゲン量を相対比較しました。その結果、記憶やシナプス可塑性[10]と強い関連がある海馬、大脳皮質第一層、線条体、小脳分子層にグリコーゲンが多く存在することが分かりました(図1)。

 次に、マウスの脳を用いて、グリコーゲンを蓄積している細胞の種類を特定しました。脳には神経細胞の他にグリア細胞と呼ばれる支持細胞が存在しますが、このグリア細胞の一種であるアストロサイトがグリコーゲンを貯蔵していました。この結果は、従来の電子顕微鏡観察による報告と合致しました。アストロサイトは細胞体の他に極めて細い突起構造を持ちますが、グリコーゲンのほとんどはこの突起構造に局在していました(図2)。アストロサイトの突起構造は神経細胞のシナプスを密に取り囲んでいるため、グリコーゲンとシナプス機能との関連が考えられます。

 海馬と線条体を観察したところ、グリコーゲンを多く貯蔵しているアストロサイトと、貯蔵していないアストロサイトが存在することが分かりました。アストロサイトは、お互いが重ならないように配置していることが知られていますが、グリコーゲンは、免疫組織染色法により濃く染色される細胞と、ほとんど染色されない細胞が隣り合い、モザイク状に分布していることが明らかになりました。

 最後に、マウスを用いて脳グリコーゲンと年齢の関係を調べました。年齢とともに代謝機能が低下することは知られていますが、脳グリコーゲンと加齢との関係は明らかになっていませんでした。マウスの寿命は約2年ですが、1年齢、1.5年齢、2年齢の老齢マウスと若齢マウス(2〜3月齢)を比較したところ、脳のグリコーゲン分布は加齢によって大きく変化することが分かりました。まず、グリコーゲンの中でも特に分子量が大きいグリコーゲンを選択的に可視化しました。その結果、若齢マウスではモザイク状の分布を示していたグリコーゲンが、1年齢ではそのモザイク状の分布がかなり薄くなり、1.5、2年齢ではほぼ完全に消失したことが分かりました(図3)。

 また、分子量に関係なくすべてのグリコーゲン量を測定したところ、若齢マウスと老齢マウスではほとんど差がなかったことから、分子量が大きいグリコーゲンが加齢によって消失することが分かりました。さらに、老齢マウスでは分解されずに蓄積している異常なグリコーゲンが多数観察されました。


■今後の期待
 本研究では、新しい手法によって正確な脳グリコーゲンの分布を明らかにし、グリコーゲンが特にシナプス可塑性、記憶の定着に関係している脳領域や細胞内構造に局在していることを示しました。これは今後、神経とグリア細胞の相互作用を研究する上で重要な基礎的な知見だと考えられます。

 また本研究では、加齢によるグリコーゲンの貯蔵の変化を可視化することに成功しましたが、加齢は認知機能とも深く関わっています。特にアルツハイマー病は近年第三の糖尿病とも呼ばれており、脳の糖疾患という考え方が脚光を浴びています。多糖であるグリコーゲンは糖疾患(糖尿病に代表される糖代謝の異常によって生じる疾患)との関連も深く、今後は、アルツハイマー病をはじめとする脳疾患との関連についても研究を進めていく予定です。


■原論文情報
 ・Yuki Oe,Otto Baba,Hitoshi Ashida,Kouichi C.Nakamura,Hajime Hirase,“Glycogen distribution in the microwave−fixed mouse brain reveals heterogeneous astrocytic patterns”,GLIA,doi:10.1002glia.23020(http://dx.doi.org/10.1002glia.23020


■発表者
 理化学研究所
 脳科学総合研究センター(http://www.riken.jp/research/labs/bsi/
 神経グリア回路チーム(http://www.riken.jp/research/labs/bsi/neur_glia_circ/
 チームリーダー 平瀬 肇(ひらせ はじめ)
 研究員 大江 祐樹(おおえ ゆうき)


 *補足説明・図1〜3は添付の関連資料を参照



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