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JSTと京大など、さまざまな組織切片の染色体テロメアの長さを3時間で検出できる方法を開発

2016-07-12

さまざまな組織切片の染色体テロメアの長さを3時間で検出できる方法を開発


■ポイント
 ○染色体テロメア配列を認識するピロール・イミダゾール(PI)ポリアミドを用いて、ヒトのがん病理標本におけるテロメア短縮を簡便かつ迅速に検出することに成功した。
 ○PIポリアミドを用いると1細胞レベルでテロメア長を定量的に測定でき、免疫染色との併用も可能。
 ○従来のテロメア標識法に代わる新たな標識法として、基礎研究のみならず老化やがん化などの臨床研究への応用も期待される。

 国立遺伝学研究所の前島 一博 教授、佐々木 飛鳥 大学院生らのグループは、細胞老化・がん化に重要な役割を担うテロメア配列を組織切片の細胞において簡便かつ迅速に標識する方法を開発しました。
 染色体の末端はテロメアと呼ばれる繰り返し配列により短縮から保護されています。ある種のがん細胞では、テロメアの長さが短くなっていることから、テロメア長はがん診断の1つの指標になると考えられています。これまでテロメア長の測定にはFISH法 注1)が利用されてきましたが、解析に1日以上を要する上に、細胞内の構造を壊す恐れのある熱処理も必要とすることが課題でした。研究グループは、これらの問題点を克服する新化合物「ピロール・イミダゾール(PI)ポリアミド化合物 注2)」(図1)を用いた標識法を開発してきました。
 本研究では、マウスやヒト凍結組織切片にこの標識法を応用することに成功しました。PIポリアミドは免疫染色 注3)と併用できるため、組織切片において細胞増殖マーカー 注4)でがん細胞を特定しながらテロメア長を測定することに成功しました(図3)。
 本研究の成果により、PIポリアミド化合物は、簡便かつ高精度な1細胞レベルでのテロメア長の測定法として、基礎研究のみならず臨床分野において広く用いられることが期待されます。また本技術は、細胞内の空間情報を保持したままテロメアを標識できるので、超解像顕微鏡技術 注5)と組み合わせることにより、細胞が持つテロメア構造の本来の姿を捉えることで、老化やがん化の研究に寄与することが期待されます。

 本研究の遂行にあたり、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業(CREST)「統合1細胞解析のための革新的技術基盤」(研究総括:東京大学 大学院 菅野 純夫 教授)(研究課題名「超解像3次元ライブイメージングによるゲノムDNAの構造、エピゲノム状態、転写因子動態の経時的計測と操作」、研究代表者:岡田 康志)および遺伝研共同利用研究費(2015−B)の支援を受けました。

<背景>
 染色体の末端はテロメアと呼ばれる繰り返し配列により保護されています。たった1つの受精卵から約60兆個からなる私達の体ができるまでの過程で、テロメア配列は細胞分裂ごとに少しずつ短くなっていきます。ある種のがん細胞では、テロメアの長さが極端に短くなっており、テロメア長はがん診断のバイオマーカー(指標)になると考えられています。これまでFISH法を用いたテロメア長の測定が広く行われており、いくつかの症例でテロメア長の短縮が報告されています。しかしFISH法では、熱や変性剤を用いて二本鎖DNAを解離させる操作が必要です。この操作は細胞内の構造を壊す危険性があり、組織切片において特定の細胞(がん細胞など)をラベルするための免疫染色との併用を困難にしていました。また、FISH法を用いたテロメア標識は、1日以上の時間がかかるため、臨床試験などサンプルが多い場合、多くの時間と労力が必要となっていました。

<結果>
 本グループは、テロメア配列特異的に結合する蛍光標識PIポリアミドを2001年に開発しました。2013年には大量合成法の開発に成功し、2014年にはテロメア配列への特異性を上げた改良型のPIポリアミドの開発にも成功しました。PIポリアミドの特徴は、二本鎖DNAの副溝における塩基配列を認識して特異的に結合することです。そのため、PIポリアミドは熱や変性剤処理を必要とせずに、培養細胞の標本と混ぜるだけでテロメアを標識でき、また抗体とPIポリアミドを混ぜるだけで、簡単に免疫染色を同時に行うことができます(図1、図2)。
 本研究では、マウスおよびヒト凍結組織切片での改良型のPIポリアミドによるテロメア標識に成功しました。また、子孫に伝わる細胞である生殖細胞の染色体のテロメア長を調べるために、PIポリアミドと始原生殖細胞マーカー 注6)を同時に用いてマウス精巣を染色しました。その結果、始原生殖細胞テロメアと体細胞のテロメアを区別して観察することに成功しました。さらに、腫瘍マーカーと併用して、ヒト食道がん・非がん組織切片のテロメアを染色し、PIポリアミドの蛍光強度を定量した結果、腫瘍マーカー陽性細胞におけるテロメア長の短縮を確認することができました(図3)。

<今後の期待>
 PIポリアミドは、熱や変性剤によるダメージを伴わずに、簡便かつ感度良くテロメアを標識することができるため、FISH法に代わる新たなテロメア標識法として臨床研究に広く用いられることが期待されます。
 また近年、超解像顕微鏡技術を用いたクロマチン 注7)構造の研究が盛んに行われています。超解像顕微鏡技術と本テロメア標識法を組み合わせることによって、核内でテロメアクロマチンがどのような形態をとっているのか、本来の細胞内空間情報を保持した状態で観察できると考えられます。今後は、テロメア付近のクロマチン構造の変化を詳細に捉えることで、老化やがん化におけるテロメアの役割が明らかになると期待されます。

<研究体制>
 本研究は、京都大学 杉山 弘 教授、板東 俊和 准教授、河本 佑介 大学院生のグループ、国立国際医療研究センター研究所 志村 まり 室長、村田 行則 主任、山田 和彦 医長のグループ、株式会社ハイペップ研究所 軒原 清史 代表、平田 晃義 主任研究員、国立遺伝学研究所 平田 たつみ 教授との共同研究です。

<参考図>

 ※図1〜3は添付の関連資料を参照

<用語解説>
 注1)FISH法
  蛍光in situハイブリダイゼーション法。蛍光色素などで標識した核酸プローブを用いて、標的塩基配列を可視化する方法。
 注2)ピロール・イミダゾール(PI)ポリアミド化合物
  N−メチルピロールとN−メチルイミダゾールがアミド結合により連なる化合物。ピロールとイミダゾールの組み合わせにより、結合するDNAの配列を任意に変えることができる。本ポリアミド化合物は(株)ハイペップ研究所が製造・販売。
 注3)免疫染色
  抗体を用いて、その抗体に結合する抗原が発現している細胞・組織を染める手法。
 注4)細胞増殖マーカー
  増殖している細胞を見分ける1つの指標。代表的なものとして、Ki−67やトポイソメラーゼが知られている。
 注5)超解像顕微鏡技術
  従来の光学顕微鏡では不可能であった、回折限界(200nm)以下の解像度で構造を捉えることができる顕微鏡。超解像顕微鏡には、STORM、PALM、STEDなどの種類が存在する。
 注6)始原生殖細胞マーカー
  精子や卵子のもととなる細胞だけに存在するタンパク質。免疫染色により、そのタンパク質を検出することで、組織内の生殖細胞を特定できる。
 注7)クロマチン
  核内に存在するDNA、ヒストン、および非ヒストンタンパク質からなる複合体。
 注8)染色体スプレッド
  それぞれの染色体が識別できるようにガラス平面に展開させた染色体標品。

<論文情報>
 タイトル:
  “Telomere Visualization in Tissue Sections using Pyrrole−Imidazole Polyamide Probes”
  (ピロール・イミダゾールポリアミド化合物を用いた組織切片におけるテロメア配列の可視化)
 著者名:Asuka Sasaki,Satoru Ide,Yusuke Kawamoto,Toshikazu Bando,Yukinori Murata,Mari Shimura,Kazuhiko Yamada,Akiyoshi Hirata,Kiyoshi Nokihara,Tatsumi Hirata,Hiroshi Sugiyama,Kazuhiro Maeshima(佐々木 飛鳥、井手 聖、河本 佑介、板東 俊和、村田 行則、志村 まり、山田 和彦、平田 晃義、軒原 清史、平田 たつみ、杉山 弘、前島 一博)
 掲載誌:英国オンラインジャーナル「Scientific Reports」(平成28年7月6日英国時間10時付)



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