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徳島大など、櫛の歯状のテラヘルツ波で煙混在ガス濃度をリアルタイム分析に成功

2016-06-21

櫛(くし)の歯状のテラヘルツ波(テラヘルツコム)で
煙混在ガスの濃度をリアルタイムに分析


■ポイント
 ・工業燃焼過程の効率化による大気環境負荷の軽減や、火災現場における二次災害予防のためには、煙が充満した閉鎖空間のガスを迅速に分析することが重要
 ・極めて正確で精緻な櫛の歯状テラヘルツ波(テラヘルツコム)をガス分析に利用
 ・テラヘルツコムを正確かつ高速に読み取ることにより、高い分光性能(高確度、高分解能、広帯域)とリアルタイム性を両立したテラヘルツ分光法を実現
 ・テラヘルツ領域に密集する多数の回転吸収スペクトル群を考慮した解析モデルにより、高精度な定量分析を達成
 ・従来法では分析困難とされた煙混在ガス濃度の時々刻々した変化を分析することに成功


 JST戦略的創造研究推進事業において、徳島大学大学院理工学研究部の安井武史教授らと、リトラル・コート・ド・パール大学(フランス)のフランシス・ヒンデル博士の国際共同研究グループは、煙が混在したガスの濃度をリアルタイムで分析する技術の開発に成功しました。
 産業分野において、燃焼過程を高効率化し、環境負荷の小さい工業プロセスを確立するためには、煙やススなどエアロゾル(注1)が混在した燃焼ガスの「ありのままの状態」を直接分析することが有効です。また、火災現場において二次災害を防ぐためには、煙が充満した閉鎖空間で引火性ガスや有毒性ガス、有害性ガスを迅速に検出する必要があります。しかし、エアロゾル混在ガスの有効な分析方法はありませんでした。
 テラヘルツ波(注2)は、極性ガスの回転運動による吸収が現れる特徴的な周波数帯に位置し、テラヘルツ波長とエアロゾル粒子サイズの大小関係からエアロゾルの影響を受け難い特徴を持つことから、エアロゾル混在ガスの分析手段として期待されてきました。テラヘルツ領域に回転吸収スペクトル群が密集して存在している各種ガスを正確に識別し測定するためには、極めて高いスペクトル確度とスペクトル分解能を持ち、テラヘルツの全領域に対応できる分光法が必要です。しかし、従来法でこれらの性能を達成するには長い測定時間を要し、リアルタイム分析に応用するのが困難でした。
 今回、ルビジウム周波数標準(注3)を基準とした極めて正確な周波数間隔の櫛の歯状テラヘルツ波(テラヘルツコム(注4))を生成し、非同期光サンプリング式テラヘルツ時間領域分光法(注5)と呼ばれる手法で正確かつ高速に読み出すことにより、エアロゾル混在ガス分析において、高い分光性能(高確度、高分解能、広帯域)と、リアルタイム性(測定レート1秒毎)の両立を実現しました。加えて、広帯域テラヘルツスペクトル内に存在する数百本に及ぶ回転吸収スペクトル群を考慮した解析モデルを適用することにより、煙が充満した環境で時々刻々と変化するアセトニトリルガス濃度を検出限界200ppmで分析することができました。このようなエアロゾル混在ガスの分析手段は、燃焼過程の効率化、火災現場における二次災害予防、大気環境汚染の分析に役立つと期待されます。


 本研究は、JST戦略的創造研究推進事業(詳細は以下参照)の他、研究成果展開事業産学共創基礎基盤研究プログラム「テラヘルツ波新時代を切り拓く革新的基盤技術の創出」ならびに文部科学省 科学研究費補助金 基盤研究(A)(課題番号:26246031)により一部支援を受けて行われました。
 本研究成果は、2016年6月15日10時(英国時間)にネイチャー・パブリッシング・グループ(NPG)の電子ジャーナル「Scientific Reports」で公開されます。


 本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。
  戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)
   研究プロジェクト:「美濃島知的光シンセサイザプロジェクト」
   研究総括:美濃島 薫(電気通信大学 情報理工学研究科 教授)
   研究期間:平成25年10月〜平成31年3月
 光波の時間、空間、周波数、位相、強度、偏光など全てのパラメーターを自在に操作でき、様々な応用に使えるところまで進化した知的光源を開発し、その未踏な応用分野を開拓することを目標としています。


<研究の背景と経緯>
 ガス分析は、環境計測やプロセス計測・制御において、極めて重要です。近年、多くの産業分野において、燃焼過程を高効率化し、環境負荷の小さい工業プロセスを確立するため、煙やススなどが混在した燃焼ガスを「ありのままの状態」で直接分析する技術の必要性が高まっています。また、火災現場において二次災害を防ぐためには、煙が充満した閉鎖空間で引火性ガスや有毒性ガス、有害性ガスを迅速に検出する必要があります。しかし、サンプルガス中に混在する煙やススといったエアロゾルが、これらのガス分析を困難なものとしています。例えば、代表的なガス分析手段であるガス・クロマトグラフィーは、極めて高感度ですが、測定時間が長く、エアロゾルや不要なガスを除去するためのサンプル前処理が必要です。また、赤外吸収分光法を用いると迅速な分析が可能になりますが、エアロゾルによる光散乱の影響のため分析能力が低下します。したがって、サンプルの前処理を必要とせず、エアロゾル中でも各種ガスを迅速かつ高精度に分析する技術が強く望まれています。
 テラヘルツ領域(周波数0.1〜10テラヘルツ、波長30〜3000マイクロメートル、図1)は、極性ガスの回転運動による吸収スペクトルが現れる特徴的な周波数帯です。赤外領域で観測される分子内振動吸収スペクトルの代わりに、テラヘルツ領域で観測される分子回転吸収スペクトルを利用することで、より高い分子選択性と検出感度が期待できます。さらに、テラヘルツ波の波長と微粒子サイズの大小関係から、エアロゾルによる光散乱の影響を受け難いという特徴もあるため、燃焼過程や火災現場のようにエアロゾルが混在する状況でも、各種ガスを簡便かつ迅速に同時分析する手段として期待できます。
 しかし、テラヘルツ領域に密集して存在している各種ガスの回転吸収スペクトルから、対象ガスを正確に識別し測定するためには、極めて高いスペクトル確度とスペクトル分解能を持ち、テラヘルツの全領域を観測できる分光法が必要ですが、従来のテラヘルツ分光法ではこれらの性能をリアルタイム計測で実現するのが困難でした。


<研究の内容>
 本研究では、まず、広帯域なテラヘルツスペクトルに極めて正確で精緻な周波数スケール(目盛り)を付けることに取り組みました。具体的には、近赤外フェムト秒ファイバーレーザー光のパルス繰返し周波数を、ルビジウム周波数標準を基準としたレーザー制御技術により安定化した後、光伝導アンテナに入射することにより、テラヘルツコムと呼ばれるテラヘルツ波を発生させます(図2上段)。テラヘルツコムは、数千本以上にも及ぶ狭線幅テラヘルツ波が等間隔で整然と立ち並んだ櫛(comb:コム)の歯状スペクトル構造を持っており、ルビジウム周波数標準によって精度が保証されたテラヘルツ周波数の物差しとして利用できます。このテラヘルツコムのスペクトル構造は、通常のテラヘルツ分光計では微細すぎて読み取れませんが、非同期光サンプリング式テラヘルツ時間領域分光法(図2下段)と呼ばれる手法を用いることで、正確かつ高速に読み出すことが可能となりました。その結果、高い分光性能(高確度、高分解能、広帯域)とリアルタイム性を両立可能なテラヘルツ分光装置(図3)が開発できました。
 次に、煙が与える影響を確認するため、テラヘルツコムと可視光(波長635ナノメートル)を同一光路で伝搬させながら、伝搬光路を線香の煙で充満させていきました。この時の時間変化を図4に示します。20秒経過後のタイミングで線香煙の充填を開始すると、可視光の強度は大きく減衰していきましたが、テラヘルツ波の強度は減衰しませんでした(図4上段)。さらに、各時間におけるテラヘルツコムのスペクトル形状も変化しませんでした(図4下段)。これらの結果から、テラヘルツコムは、煙の影響を全く受けないことが分かりました。
 最後に、ナイロン繊維の不完全燃焼などによって発生し、有毒な火災燃焼ガスであるアセトニトリルガスを計測しました。線香煙を充満させた密閉容器にアセトニトリルの液滴を滴下し、その揮発に伴って発生したアセトニトリルガスが拡散していく様子をリアルタイムでスペクトル計測しました。図5は、観測されたテラヘルツスペクトルの時間変化を示しています。最初の10秒間は、アセトニトリルガスの濃度が希薄なため、大気水蒸気による吸収スペクトル(0.557テラヘルツおよび0.752テラヘルツ)のみが観測されています。しかし、アセトニトリルガスの拡散が進んだ15秒あたりから、アセトニトリルガス特有の周期的な吸収スペクトル群がテラヘルツスペクトルに出現し、その吸収強度が時間経過と共に大きくなっていく様子が確認できます。
 従来のテラヘルツガス分光における定量分析では、孤立した単独の吸収スペクトルを用いて濃度を推定してきました。一方、図5で観測されているスペクトルは、400本にも及ぶ吸収スペクトルが重なって分布している状態を反映しています。ここで、これらの吸収スペクトル群における圧力拡がりを考慮した解析モデルで濃度推定を行うことにより、アセトニトリルガスと水蒸気の濃度(モル分率)変化を、高精度かつリアルタイムに分析することに成功しました(図6)。今回の装置では、エアロゾルが混在していても、アセトニトリルガスの検出限界を200ppm(1ppmは、0.0001%に相当)まで下げることができました。この検出性能は、工業燃焼過程と関連の深い一酸化硫黄で600ppm、二酸化硫黄で700ppm、また有毒火災燃焼ガスであるシアン化水素で200ppmの検出限界に相当しており、工業燃焼ガスや火災燃焼ガスの分析に適用できると期待されます。


<今後の展開>
 今後の展開として、装置のさらなる性能向上に加えて、2つの方向性が考えられます。1つ目は、さらに測定時間を短縮することにより、時々刻々と変化する燃焼関連ガスの生成消滅に関わる多様な化学反応や中間状態を「ありのまま」に追跡し、そのメカニズムを解明することです。また、今回のテラヘルツ分光装置は、レーザー光源も含めて光ファイバー技術を駆使して構築されているため、可搬性、安定性、適応性、調整不要といった特徴があります(図3(b))。したがって、2つ目の方向性として、工場や屋外といったオープンフィールドで実用化し、テラヘルツガス分析を幅広く普及させることを考えています。


<参考図>

 ※図1〜6は添付の関連資料を参照


<用語解説>
 注1)エアロゾル
  気体中に、固体または液体の微粒子(直径10ナノメートル〜1ミリメートル程度)がコロイド状になって浮遊している状態。生成過程の違いから、煙、スス、粉塵、フューム、ミストなどに分類されます。また、気象学的には視程の違いなどから、霧、もや、煙霧、スモッグなどと呼ばれることもあります。煙は、燃焼に際して生じ、一般に有機物の不完全燃焼物、灰分、水分などを含む有色性のエアロゾルです。

 注2)テラヘルツ波
  テラヘルツ波は、光波と電波の境界に位置し、その両者の性質(低散乱性、直進性、分光測定やイメージング測定が可能など)を持っています(図1)。また、極性ガスや結晶構造物質などがテラヘルツ領域において固有の吸収スペクトルを示すため、テラヘルツ分光法が新しい物質分析手段として注目されています。

 注3)ルビジウム周波数標準
  ルビジウム(Rb)原子の極めて安定な吸収スペクトル線に、水晶発振器の発振周波数を同期させることにより、極めて安定な周波数信号を供給することができる装置。ルビジウム原子時計とも呼ばれ、その精度は10の−11乗程度になります。

 注4)テラヘルツコム
  テラヘルツコムは、数千本にも及ぶ狭線幅なテラヘルツ波が等間隔で整然と並んだスペクトル構造を持っています(図2上段)。このスペクトル形状は、櫛(comb:コム)に似ていることから、周波数コムと呼ばれ、光領域の周波数コムである光コムは、2005年ノーベル物理学賞を受賞した技術です。テラヘルツコムの周波数間隔は、ルビジウム周波数標準と同精度で一定に保たれていることから、これをテラヘルツスペクトルの周波数目盛りとして吸収スペクトルの位置を観測することにより、極めて高精度なテラヘルツ分光が可能になります。

 注5)非同期光サンプリング式テラヘルツ時間領域分光法
  テラヘルツコムは、周波数が高い上に、目盛り間隔が極めて細かいため、従来のテラヘルツ分光計では読み取ることができませんでした。しかし、非同期光サンプリング式テラヘルツ時間領域分光法を用いると、テラヘルツコムの周波数スケールをテラヘルツ(10の12乗ヘルツ)からメガヘルツ(10の6乗ヘルツ)まで1,000,000分の1にできるので(テラヘルツコムのレプリカ)、一般の計測機器で正確かつ高速に分析することが可能になります(図2下段)。


<論文タイトル>
 “Dynamic terahertz spectroscopy of gas molecules mixed with unwanted aerosol under atmospheric pressure using fiber−based asynchronous−optical−sampling terahertz time−domain spectroscopy”
 (ファイバーベース非同期光サンプリング式テラヘルツ時間領域分光法を用いた大気圧下エアロゾル混在ガス分子の動的テラヘルツ分光)
 doi:10.1038/srep28114



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