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東北大、習慣的多量飲酒が大腸微生物フローラに及ぼす生態生理学的影響を解明

2016-06-17

長年にわたって大酒飲みの人の腸内フローラはどうなっているのか?


【概要】
 東北大学大学院工学研究科の中山 亨教授(バイオ工学専攻応用生命化学講座)は,久里浜医療センター,東京大学,国立がん研究センター岡山大学武庫川女子大学(*)との共同研究により,アルコール依存症患者(アルコール使用障害患者,以下、ア症患者)(※1)と健常者の糞便の微生物フローラ(菌叢(きんそう)構造)(※2)を比較し,習慣的多量飲酒の大腸微生物フローラに及ぼす生態生理学的影響を明らかにすることで,飲酒関連大腸発がんの仕組みの解明に向けて示唆に富んだ結果を得ました。
 この共同研究の成果は6月13日付の英国科学誌サイエンティフィック・リポーツ(電子版)に掲載されます。

 *http://ph.mukogawa-u.ac.jp/~genome/


【背景】
 疫学的研究(※3)によって,習慣的な多量飲酒が大腸(直腸結腸)の発がんリスクを増大させることがわかっています。そのことが端的に表れている症例群がア症患者です。久里浜医療センターの研究グループによる調査では,ア症患者の大腸における腺腫(※4)やがん(おもに上皮内がん(※5))の大腸鏡検査による発見率はそれぞれ54%および6%であり,これらの値は非患者における発見率より格段に高い値となっています。
 習慣的な多量飲酒は大腸がん以外にも,他の臓器(食道などの上部消化管や女性の乳房など)の発がんリスクを増大させることがわかっています。それらの仕組みは一様ではないと考えられますが,2010年にはWHOの国際がん研究機関IARCが,飲酒に関連するアセトアルデヒドはヒトに対して発がん性があると結論しました。
 アセトアルデヒドはアルコールの分解の過程で生成する物質で,二日酔いの原因物質でもあります。しかしながら,なぜ習慣的な多量飲酒によって大腸がんの発症リスクが高まるのかについては,アセトアルデヒドとの関連も含めて十分に明らかにされていませんでした。以前から,腸内細菌(※6)や大腸粘膜の作用でアルコールから生成したアセトアルデヒドを悪玉とする説が提唱されていましたが,そもそも,長年にわたる多量飲酒習慣により大腸内の菌叢構造はどのように変化していくのか不明のままでした。


【今回の論文で明らかにしたこと】
 本研究グループは,研究対象としてア症患者を取り上げ,16名の患者の糞便の菌叢構造を48名の健常者のものと比較しました。その結果,ア症患者の糞便の菌叢構造は健常者のものと大きく異なっていることがわかりました。健常者の便と比較すると,ア症患者の便では,便の主要な部分を占める酸素耐性のない腸内細菌群(偏性嫌気性菌(※7))がやや減少し,酸素耐性のある腸内細菌群(通性嫌気性菌(※8))が増加していました。この傾向は,飲酒習慣に喫煙習慣が加わることによってさらに増強されるように見えました。飲酒や喫煙によって,体内には活性酸素と呼ばれる有害物質が生成することから,研究グループは,上に述べた菌叢構造の変化はアルコール代謝で生成する活性酸素(※9)と関係があるかもしれないと推定しています。またア症患者の便は健常者の便とは異なり,アルコールからアセトアルデヒドを生成する能力がほとんどないことがわかりました。
 研究グループは別の論文で,アセトアルデヒドを生成する腸内細菌の多くが偏性嫌気性菌であることを突き止めており,ア症患者の便のこうした特徴は,今回明らかにされた菌叢構造よって合理的に説明できたことになります。
 今回の報告によって,習慣的大酒家の腸内フローラの特徴が明らかになりましたが,習慣的多量飲酒によってなぜ大腸がんの発症リスクが高まるのかについては,不明の点が多く残されています。飲酒関連大腸発がんにおけるアセトアルデヒドの役割は依然として不明のままであり,また今回の報告は大腸がん患者の便の菌叢構造を明らかにしたわけではありませんので,習慣的多量飲酒による上述の菌叢構造変化が大腸発がんにどのように関わるのか(あるいは関わらないのか)についても不明のままです。今回の解析結果は,それらの解明に向けて重要な一歩を踏み出したものといえます。


【用語解説】
 ※1 アルコール依存症(アルコール使用障害):薬物依存症の一種。飲酒によって得られるアルコールの精神的・肉体的作用に依存的になり,飲酒行動を自らコントロールできなくなる疾患で,患者は習慣的多量飲酒家となります。家族,仕事,趣味などよりも飲酒を優先させる,飲酒が健康をはじめさまざまな問題の原因となっているとわかっていながら断酒ができない,離脱症状がみられる,などの症状があります。本論文の一部の著者が所属する久里浜医療センターは各種の依存症の専門病院で,わが国で最も歴史のあるアルコール医療機関の一つです。
 詳しくはこちら→http://www.kurihama-med.jp

 ※2 微生物フローラ(菌叢(きんそう)):ある環境に生息するさまざまな種類の微生物の集まりを微生物フローラまたは菌叢と呼びます。菌叢構造とは,どのような微生物がどれくらいの割合いることにより菌叢が成り立っているかを示す用語です。

 ※3 疫学的研究:個人ではなく,規模の大きい人間集団を対象として行う,人の健康に関わる様々な要因(疾病の原因や予防法など)の研究。

 ※4 腺腫:腺上皮細胞から発生する良性の腫瘍のことです。

 ※5 上皮内がん:腸管組織に浸潤せず,上皮にとどまっている悪性腫瘍のことです。

 ※6 腸内細菌:ヒトや動物の腸内に生息している細菌のことで,近年,ヒトの健康や疾患に大きな役割を果たしていることが明らかになってきました。ヒトの大腸(直腸と結腸)には1000種類を超える細菌が生息し,その細胞数は数百兆個と見積もられています。最近の見積もりでは,成人のヒトの体を構成する細胞数が約37兆個ですから,大腸内の細菌の細胞数は,ヒトの体細胞数よりもずっと多いことになります。大腸に生息する腸内細菌の総重量(約1〜1.5kg)が肝臓の重さに匹敵すること,またその働きがヒトの健康と密接な関わりを持つことなどから,腸内細菌は人間の「第3の臓器」と呼ばれることがあります。

 ※7 偏性嫌気性菌:酸素のない環境でのみ生育できる微生物のことで,酸素により死滅します。

 ※8 通性嫌気性菌:酸素のある環境下でも,ない環境下でも生育できる微生物のことで,一般に偏性嫌気性菌よりも酸素耐性が高いことが知られています。

 ※9 活性酸素:酸素分子が反応性の高いかたちに変化したもので,老化や発がんの原因物質と考えられています。


■論文
 Atsuki Tsuruya,Akika Kuwahara,Yuta Saito,Haruhiko Yamaguchi,Takahisa Tsubo,Shogo Suga,Makoto Inai,Yuichi Aoki,Seiji Takahashi,Eri Tsutsumi,Yoshihide Suwa,Hidetoshi Morita,Kenji Kinoshita,Yukari Totsuka,Wataru Suda,Kenshiro Oshima,Masahira Hattori,Takeshi Mizukami,Akira Yokoyama,Takefumi Shimoyama&Toru Nakayama:Ecophysiological consequences of alcoholism on human gut microbiota:implications for ethanol−related pathogenesis of colon cancer.
 Sci.Rep.6,27923;doi:10.1038/srep27923(2016)



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