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東北大、脳と行動の雌雄を分かつ遺伝子のスイッチを発見

2016-06-09

脳と行動の雌雄を分かつ遺伝子のスイッチを発見
ショウジョウバエでの研究成果―


 人間の所作には男女差があり、少なくともその一部は脳の働きの性による違いに起因すると推察されますが、その仕組みは不明です。脳と行動の性差は動物界に普遍的にみられる現象であることから、ヒトでは不可能な実験を動物で行うことで、“心の性”の生まれる仕組みが解明されるものと期待されていました。
 このたび東北大学大学院生命科学研究科の山元大輔教授・伊藤弘樹研究員らは、ショウジョウバエを実験に用いて、脳と行動の雌雄による劇的な違いが、たった一つの遺伝子(“ロボ”と言う名前の遺伝子)のスイッチを入れるか、切るかによって生み出されることを立証しました。ロボ遺伝子はヒトにも有り、脳細胞が余分な突起を伸ばさないように抑制する働きをしています。ショウジョウバエの雄の脳では、脳を男性化する「雄化物質」がロボ遺伝子にくっ付き、そのスイッチを「オフ」にします。そのため、脳細胞は突起を伸ばして雄の形に成長します。雌の脳では、「雄化物質」がないのでロボ遺伝子のスイッチは「オン」となり、脳細胞は突起のない雌の形に成長します。こうして、脳に性差が生じる謎が解明されました。我々人類の脳も同じ仕組みで性差を獲得するのか、興味が持たれます。
 本研究成果は、Cell Press(USA)発行の科学誌『カレント・バイオロジー』(Current Biology) Online版で6月3日午前1時(日本時間)に発表されます。


【背景】
 ショウジョウバエには、雌雄で全く違った形をした脳細胞があります。この性差は、問題の細胞が「雄化物質」を持つ(雄)か、持たない(雌)か、これによって決まります。しかし、「雄化物質」がなぜ脳細胞の形を雄化できるのか、「雄化物質」を持たない雌ではなぜ脳細胞が雌の形になるのか、一切不明でした。「雄化物質」は、あらかじめ定められた遺伝子に結合して、その働きをオン・オフするスイッチであると予想されます。今回、山元教授のグループは、ハエが持つ一万五千個の遺伝子の中から、「雄化物質」の指令のもと、脳細胞に雌雄差を賦与する切り札となっている遺伝子を、世界で初めて突き止めました。


【研究成果】
 雄が求愛行動をするには、fruitless(*1)と呼ばれる遺伝子の機能が必要です。fruitless遺伝子はおよそ10万個ある脳の神経細胞のうち約2000個(Fruitless細胞と呼ぶ)で働いており、この遺伝子が雄の脳内のこれらの細胞でFruitlessタンパク質を合成し、一方雌の脳ではFruitlessタンパク質を作らないことで、脳に性差を生み出します。つまりFruitlessタンパク質は脳の「雄化物質」なのです。Fruitless細胞のうち、mALの名で知られる細胞グループ(mAL細胞群)は、雄では3か所に突起を伸ばしているのに対して、雌ではそのうちの2か所だけに突起を伸ばすという歴然とした性差があります。今回山元教授らは、この雄にしかない突起、雄特異的突起がなぜ雄にだけ作られるのか、という謎に挑みました。神経が突起を伸ばす際に使われる遺伝子を一つずつ人工的に阻害して神経細胞の形にどのような変化が現れるかを観察したのです。その結果、ロボという遺伝子の働きが低下すると雌の脳にも雄特異的突起が出来てくることを発見しました(*2)。つまり、ロボ遺伝子は雌の脳内で、雄特異的突起が作られるのを妨害する働きをしていることになります。雄の脳では、Fruitlessタンパク質がロボ遺伝子にくっ付き、ロボ遺伝子を働けないようにしてしまうので、邪魔するものがなくなり、雄特異的突起が作られるわけです。この研究によって、Fruitlessタンパク質がくっ付く相手を見つける時に目印にしているDNAの暗号も判明しました。その暗号は、16文字の回文構造、つまり「上から読んでも下から読んでも“同じ”」塩基配列でした(*3)。ロボ遺伝子がこの16文字の回文構造を持っているため、Fruitlessタンパク質がそこに結合し、ロボ遺伝子の働きを抑制することが出来たわけです。ロボ遺伝子から16文字の回文構造を取り除くと、雄のmAL細胞は雄特有の突起を伸ばすことが出来なくなり、求愛の動作も異常になりました。こうして、脳に性差が生み出される仕組みが、遺伝子の暗号から解明されたのです。


【今後の展開】
 16文字の回文構造をゲノム中から探し出すことによって、Fruitlessタンパク質の結合する相手の遺伝子、つまり標的遺伝子が全て特定できる可能性が出てきました。Fruitlessタンパク質の標的遺伝子は100個程度あると推察されますが、その全貌がわかれば、脳の性差を作り出す仕組みの大枠が解明され、雌雄の行動の違いが生まれる原因が明らかになると期待されます。
 ※本成果は、山元大輔教授を研究代表者とする文部科学省・基盤研究(S)、同・新学術領域研究、および伊藤弘樹研究員を研究代表者とする同・基盤研究(C)によるものです。


【図及び説明】

 ◇添付の関連資料を参照


【用語説明】
 *1 fruitless遺伝子:fruitless遺伝子は、キイロショウジョウバエの雄が同性愛化する突然変異、satoriの原因遺伝子として山元らにより同定されました。fruitless遺伝子により雄の神経細胞で産生されるFruitlessタンパク質は、幾つもの標的遺伝子の調節配列に結合してその転写を抑制又は促進する転写調節因子で、細胞の性を決める働きを持つもう一つの遺伝子、doublesexと共に、脳神経系を雌雄で違ったものに組み立てます。結果として異なる回路を持つに至った雌雄は、それぞれの性に特有の行動をとることになります。

 *2 遺伝子の働きを抑制する実験の方法:遺伝子はDNAで出来ていますが、働くときにはRNAのコピー(mRNA)が作られて、そこに写し取られた暗号からタンパク質が作られます。mRNAに貼りついてそれを分解するのがRNAiです。本研究では、ロボ遺伝子のmRNAを分解するRNAiを使ってその働きを阻害しています。

 *3 Fruitlessタンパク質が結合するDNA塩基配列:実際の配列はTTCGCTGC GCCG TGAAです。アルファベットは塩基の名前の略号で、Tはチミン、Cはシトシン、Gはグアニン、Aはアデニンです。TはAと向き合って対をつくり(対合)、CはGと向き合って対を作ります。上記の暗号は左端と右端が対をなし、そこから一つずつ内側に向かって8対の塩基が対合する配列となっています。これを回文構造と言います。


【論文題目】
 Fruitless represses robo1 transcription to shape male−specific neural morphology and behavior in Drosophila.Curr.Biol.,in press.
 「ショウジョウバエのFruitlessタンパク質はrobo1遺伝子の転写を抑制することによって雄特異的なニューロンの形態と行動とを作り出す」



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