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東大、半世紀に渡るコバルト酸化物の謎を解明

2016-06-07

半世紀に渡るコバルト酸化物の謎を解き明かす
〜世界最強クラスの磁場による「スピン状態秩序相」の発見〜


1.発表者:
 池田 暁彦(東京大学物性研究所 助教)
 野村 肇宏(研究当時:東京大学物性研究所 博士課程3年)
 松田 康弘(東京大学物性研究所 准教授)
 松尾 晶(東京大学物性研究所 技術専門職員)
 金道 浩一(東京大学物性研究所 教授)
 佐藤 桂輔(茨城工業高等専門学校 准教授)


2.発表のポイント:
 ◆100テスラ以上の世界最強クラスの磁場を用いて、コバルト酸化物の新たな電子・磁気状態を発見した。
 ◆固体中でコバルトイオンの「スピン状態(注1)」が整列した新しい状態が実現している可能性が高い。
 ◆固体物理における最大の難問の一つであるコバルト酸化物の本質が明らかになり、微小デバイスの実用化につながると期待できる


3.発表概要:
 東京大学物性研究所の池田暁彦助教、松田康弘准教授らの研究グループは、世界最強クラスの磁場を用いて、コバルト酸化物の新しい電子・磁気状態である「スピン状態秩序相」を発見しました。
 遷移金属の酸化物では、電子の自由度である電荷やスピンなどが強く相関し合うことで、多彩な秩序化が起こるため大変注目されています。コバルト酸化物中には「スピン状態」というユニークな自由度がありますが、秩序化が観測されない場合が多く、この謎は固体物理最大の難問の一つとされ、その解明に50年以上の挑戦が続けられていました。今回、本研究グループでは、100テスラ(注2)以上という世界最強クラスの磁場を用いることで、コバルト酸化物で「スピン状態」が空間的に整列した「スピン状態秩序相」が超強磁場領域に広がっていることを明らかにしました。
 本研究はコバルト酸化物の基本的な性質を明らかにするもので、今後の微小スイッチなどのデバイス開発に大きく役立つと期待されます。本研究は米国科学誌「Physical Review B(Rapid Communication)」で公開されます(6月8日(水)オンライン版掲載予定。前後する可能性あり)。また、同誌のEditors’Suggestion(注目論文)にも選ばれました。


4.発表内容:

<研究の背景>
 固体中には無数ともいえる電子が漂っており、それらの運動の様子がその固体の電気・磁気的な性質を決めています。遷移金属酸化物では、電子の自由度である電荷、スピン(電子の磁石としての性質)、軌道(電子密度の空間的な偏り)などがお互いに強い相関を持つことで、超伝導相をはじめとした多彩な電気的・磁気的秩序相が現れることが知られ、機能物質として大変注目されています。
 コバルト酸化物に特有な自由度として「スピン状態」(図1)の存在が知られており、この秩序現象が探索されていました。スピン状態は物質の電気・磁気・光学特性と強い相関があるため、電気・磁気・光学的性質をあわせ持つ新奇なスイッチング素子が実現できる可能性があります。ところが、実際には多くのコバルト酸化物で秩序化は観測されていませんでした。実際にスピン状態の自由度を持つコバルト酸化物LaCoO3(図1)の電気・磁気的性質の変化を説明することは難しく、固体物理における最大の難問の一つととらえられて、半世紀以上に及ぶ広範な研究が続いています。一方で、極限的に強い磁場を用いることでLaCoO3の磁気状態が観測可能になることが、以前から予想されていました。しかし、これまでに行われた実験では、スピン状態の秩序化の有無は依然として不明でした。この解明には100テスラ以上の磁場が必要ですが、そのような強磁場は世界でも3カ所の施設でのみ発生可能で、日本を含むこれらの強磁場施設での解決が望まれていました。

<研究の内容>
 東京大学物性研究所の池田暁彦助教らの研究グループでは、100テスラ以上という世界最強クラスの磁場を用いて、コバルト酸化物LaCoO3の磁気状態を観測することに成功しました。観測した磁化過程から得られた磁場温度相図は図2に示すとおりで、その形状が大変特徴的で予想(点線)と異なっていることがわかりました。観測された高磁場相はエントロピー(注3)の小さい相であり、何らかの秩序化が起こっていると考えられます。この「スピン状態秩序相」の起源としては、磁化・エントロピーの変化量から、スピン状態が空間的に配列した相である可能性が最も高いと考えています。さらに相図を観察すると、少なくとも二つの強磁場相があることがわかります。これは、強磁場相の形成に、スピン状態だけではなく電子の別の自由度も関与していることを示唆しています。例としては軌道の自由度が挙げられます。軌道の状態やスピン状態が異なる二つの強磁場相の可能性として、模式図を図2に示しました。

<本研究の意義、今後の展望>
 本研究で「スピン状態秩序相」が発見されたことで、コバルト酸化物中ではスピン状態間に強い相互作用があるだけでなく、スピン状態自由度と軌道などの電子の他の自由度との間にも強い相関があることが示唆されました。これらは固体物理最大の難問の解決にむけた重要な糸口です。また、本研究はコバルト酸化物の基本的な性質を明らかにするもので、今後のコバルト酸化物を用いた微小なスイッチなどのデバイス開発に大きく役立つ知見であると期待されます。
 本研究で新たに見つかった「スピン状態秩序相」には未解明な点が多くあります。本研究を契機としてすでに、国内外でいくつかのグループが理論研究に着手しています。本研究グループでも磁化測定にとどまらず、今後の展開として磁歪、X線回折、磁気抵抗率測定などの多角的な実験が計画されています。さらに、東京大学物性研究所のみで到達可能な500テスラ以上の最強磁場をもちいた、磁場温度相図の全体像の解明も計画されており、今後の研究の発展が期待されます。


5.発表雑誌:
 雑誌名:「Physical Review B(Rapid Communication)」(6月8日オンライン掲載予定)
      Editors’Suggestion(注目論文)に選出
 論文タイトル:Spin state ordering of strongly correlating LaCoO3 at ultrahigh magnetic fields
 著者:A.Ikeda*,T.Nomura,Y.H.Matsuda*,A.Matsuo,K.Kindo,K.Sato


■用語解説:

(注1)スピン状態
 固体内のイオン中にある複数の電子の配置。図1に示すとおり、LaCoO3中の3価のコバルトイオンでは、電子配置によって、高スピン、中間スピン、低スピンの3状態をとりうる。

(注2)テスラ
 磁場の単位。1テスラは10000ガウス。地磁気は0.5ガウス程度。身近な強い磁石でも0.1テスラ程度しかない。電磁石で100テスラ以上の強磁場を発生させると、自らが発する電磁気力の影響でその電磁石は自爆してしまう。今回実験に用いた「一巻きコイル法」では、直径10〜14mmの巻き数一回の電磁石に200万から300万アンペアの大電流を流して、最大200テスラ程度までの磁場発生を行う。「一巻きコイル法」の設備は世界に四つしかなく、東京大学物性研究所(千葉県柏市)に二つ、フランス国立強磁場研(ツールーズ)、アメリカ国立強磁場研(ロスアラモス)に一つずつある。500テスラ以上発生可能である「電磁濃縮法」の実験装置は、東京大学物性研究所(千葉県柏市)にのみ設置されている。

(注3)エントロピー
 乱雑さの程度に対応する熱力学的量。エントロピーが小さいとき、物事は整然として単純な状態にあると考えられる。


■添付資料:

 ※図1・図2は添付の関連資料を参照





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