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東大など、固体中の磁気モノポールが生み出す電磁気効果を観測

2016-05-20

固体中の磁気モノポールが生み出す電磁気効果を観測
―古典電磁気学を超えた新現象・新デバイス開拓にさらなる期待―


1.発表者:
 金澤 直也(東京大学大学院 工学系研究科 物理工学専攻 助教・理化学研究所 創発物性科学研究センター 客員研究員)
 新居 陽一(研究当時:理化学研究所 創発物性科学研究センター 特別研究員/現:東京大学大学院 総合文化研究科 広域科学専攻 助教)
 Xiao−Xiao Zhang(東京大学大学院 工学系研究科 物理工学専攻 博士課程1年)
 Andrey S.Mishchenko(理化学研究所 創発物性科学研究センター 上級研究員)
 Giulio De Filippis(SPIN−CNR and Dipartimento di Fisica,Universita di Napoli Federico II 教授)
 賀川 史敬(理化学研究所 創発物性科学研究センター ユニットリーダー)
 岩佐 義宏(理化学研究所 創発物性科学研究センター チームリーダー・東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 教授)
 永長 直人(理化学研究所 創発物性科学研究センター 副センター長・東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 教授)
 十倉 好紀(理化学研究所 創発物性科学研究センター センター長・東京大学大学院工学系研究科 物理工学専攻 教授)


2.発表のポイント:
 ◆キラル(注1)な磁性体におけるトポロジカル磁気構造体(注2)が電子にとって磁気モノポール(注3)として振舞い、磁気モノポールの対消滅に伴って大きな電磁気効果が発生することを観測した。
 ◆古典電磁気学では存在しないと仮定していた磁気モノポールを固体中の電子が住む空間に作り出すことができ、それに由来する新規トポロジカル相転移現象(注4)を発見した。
 ◆磁気モノポールに由来する未踏の電磁気現象の開拓や磁性を利用したエレクトロニクスにおける新しい磁気情報転送技術など革新的なデバイス開発への利用が期待される。


3.発表概要:
 電磁気学では、電気の力の源である粒子(陽子や電子)に対応する磁気粒子、すなわち磁気モノポール、は存在しないと仮定して体系化されており、実際に磁気モノポールは未だ観測されていません。磁気の力は電子の自転(スピン)によって生み出されているため、磁石のN極とS極を引き離して、磁気の力の湧き出し口や吸い込み口となる粒子を作り出すことはできません。しかし、電子の幾何学的位相(注5)を利用すれば物質中にのみ磁気モノポールを発現させることが理論的には可能と予測されており、その実現が期待されてきました。
 東京大学大学院工学系研究科の金澤直也助教、理化学研究所創発物性科学研究センターの十倉好紀センター長、永長直人副センター長、岩佐義宏チームリーダーらの研究グループは、キラルな磁性体におけるトポロジカルスピン構造(注2)が物質中に磁気モノポールを生み出し、磁気モノポールが対消滅するトポロジカル相転移の際に大きな電磁気効果が現れることを観測しました。
 磁気モノポールを創り出すことによって、電磁気学の基本方程式の変更に伴う新現象の開拓に道筋が立ち、応用面でも新しい磁気情報転送技術など革新的な磁気デバイスを開発できる可能性が生まれました。


4.発表内容:
(1)研究の背景
 物質を極限まで細分化したとき、その基本的な構成要素を素粒子といいます。電子は電気の力(電場)の発生源となる素粒子の一つであり、その電荷量は失われることのない保存量であるため伝送することが可能で、現代のエレクトロニクス技術を支えています。一方で電子と対をなす磁気の素粒子である磁気モノポールは、ディラックによってその存在可能性が示されているものの、未だ発見されていません。磁石から発生する磁気の力(磁場)は電子の自転(スピン)によって生み出されており、スピンの方向にN極(磁場の湧き出し、モノポール)とS極(磁場の吸い込み、反モノポール)が常に対になっている状態と等価で、それぞれを分離した素粒子を作ることはできません。スピンはその向きで決まる磁場を発生させますが、その向きは伝送中に容易に変化してしまうため、磁気の力は通常保存されず、スピンを基盤としたテクノロジー「スピントロニクス」の分野ではその弱点を克服しようとさまざまな試みがなされています。磁気モノポールが発見されれば、古典電磁気学の基本方程式が改訂され、新しい物理現象が期待されるだけでなく、新しい磁気情報転送技術など革新的な磁気デバイス開発も大きく前進すると予期されています。
 これまで物性物理学の分野では、擬似的な磁気モノポールを作り出すことでその電磁場に対する挙動を観測し、ディラックが予言している磁気モノポールとの物理的な関連を調べる基礎研究や、電流によるエネルギー損失を伴わない磁気情報の転送技術の開発といった応用研究まで、広く研究が行われてきました。特に、電子の幾何学的位相を利用すれば物質中にのみ本質的な磁気モノポールを発現させることが可能であるという理論的予測があり、その実現が期待されていました。
 東京大学大学院工学系研究科の金澤直也助教、理化学研究所創発物性科学研究センターの十倉好紀センター長、永長直人副センター長、岩佐義宏チームリーダーらの研究グループは、キラルな磁性体MnGe(Mn:マンガン、Ge:ゲルマニウム)に現れるヘッジホッグ・反ヘッジホッグ(注2)と呼ばれるトポロジカルなスピン構造が、電子に特別な幾何学的位相を与え、磁気モノポール・反モノポールとして振る舞うことに着目しました(図1)。そして、その磁気モノポールから発生される創発磁場(注6)が電気抵抗(注7)や弾性特性(注8)に与える影響ついて実験・理論の両面から調べました。その結果、磁化過程における磁気モノポール・反モノポールの位置変化が電子の感じる創発磁場の変化として現れること(図2)をホール抵抗率(注7)の磁場依存性の測定によって観測し、実際に理論的に予測される振舞いと良く一致していることが分かりました(図3a)。さらに、強磁場によってスピンが揃えられる過程で磁気モノポールと反モノポールが対消滅を起こす際に、電気抵抗率(注5)の正の増大(図3b)や弾性軟化(図3c)といった大きな異常が観測されました。これは対消滅過程において磁気モノポールが大きくゆらぐことによって起きるものであると明らかにしました。磁気モノポールの対消滅は相転移の観点からも興味深く、通常の秩序変数の変化で記述される相転移ではなく実空間のトポロジカル数の変化を伴った数少ないトポロジカル相転移の一つとして位置づけることができます。
 今回の成果によって、トポロジカルなスピン構造を物質中に実現することによって、古典電磁気学では存在しないと仮定されている磁気モノポール・反モノポールを作り出すことができ、それらから発生する創発磁場によって電子の運動に影響が現れることが明らかになりました。本研究においては磁気モノポールによる電磁気効果としてホール抵抗、電気抵抗、弾性定数といった物理量に大きな変化が現れることを発見しましたが、今後もさらなる未踏の電磁気現象開拓や磁気モノポールの運動制御によるデバイス応用などが期待できます。


5.発表雑誌:
 雑誌名:英国雑誌「Nature Communications」(オンライン版の場合:5月16日)
 論文タイトル:Critical phenomena of emergent magnetic monopoles in a chiral magnet
 著者:N.Kanazawa(*),Y.Nii,X.−X.Zhang,A.S.Mishchenko,G.De Filippis,F.Kagawa,Y.Iwasa,N.Nagaosa,and Y.Tokura(*).
 DOI番号:10.1038/NCOMMS11622
 アブストラクトURL:http://www.nature.com/naturecommunications


■用語解説:
 (注1)キラル
  掌性という言葉に由来しており、左手と右手のように、互いの鏡像と重ね合わせることが出来ないような状態のこと。本研究の対象物質MnGeでは、マンガン原子(Mn)とゲルマニウム原子(Ge)が螺旋階段状に配列した結晶構造を持ち、左回りらせん構造と右回りらせん構造をもつ結晶状態が可能であり、それぞれ重ね合わせることができない別の構造である。

 (注2)トポロジカルスピン構造およびヘッジホッグ、反ヘッジホッグ
  多数の電子スピンが作る集団構造において、それらのスピンをある一点に集めると全方位にスピンの向きが向いているとき、そのような集団構造をトポロジカルなスピン構造という。厳密にはトポロジーという幾何学によって磁気構造は分類され、巻き数と呼ばれるトポロジカル数が非ゼロの整数であるスピン構造のことを指す。特に、隣り合うスピンのねじれる方向に対応して巻き数の正負の符号が定まる。本研究で注目しているヘッジホッグ、反ヘッジホッグ構造は、球面上に並んだスピン構造で、それらのスピンを一点に集めると丁度一回全方位を向いている。それぞれの巻き数は+1、−1に対応している。

 (注3)磁気モノポール
  磁場の湧き出しまたは吸い込みとなる素粒子。未だ実験的な発見はされていないが、1931年にディラックによって理論的に磁気モノポールが存在可能であることと、磁気モノポールの磁気の強さを表す量はある最少単位の整数倍となる(量子化される)ことが示された。

 (注4)トポロジカル相転移
  一般に物質の状態は対称性の自発的な破れによって分類され、秩序変数と呼ばれる量で記述される。しかし、量子力学の登場によって対称性の破れでは分類できない物質相が存在することが分かり、そのような相は秩序変数ではなくトポロジカル数によって状態が記述される。特に、トポロジカル数の変化を伴うような状態変化をトポロジカル相転移という。

 (注5)幾何学的位相
  電子の波としての状態を記述する量を位相と呼び、電子の住む空間の幾何学的性質を反映して付加的に現れる位相を幾何学的位相やベリー位相という。特に本研究では、トポロジカルなスピン構造が電子に有限の幾何学的位相を与えている。


 (注6)創発磁場
  電子の幾何学的位相を通して働く仮想的な磁場。一般に電子が磁場中を運動するとき位相を獲得するが、電子の住む空間が特別な幾何学的構造を有するときも、電子がその空間で運動すると有限の位相を獲得する。そのため電子にとっては付加的な磁場が掛かっている状況と物理的に等価な状態になる。

 (注7)電気抵抗率とホール抵抗率
  物質において電流の流れにくさを表す量。電流の向きに対して平行方向を記述する量が電気抵抗率、垂直方向を記述する量がホール抵抗率である。磁場中を電子が運動すると、電子は電流に垂直な方向にローレンツ力を受けるため垂直方向にも起電力が生じ、有限のホール抵抗率が現れる。

 (注8)弾性特性
  物体に力を加えたときのひずみの特性、または物体にひずみが生じている時の復元力の特性をいう。特に固体が溶けて液体になるといった相転移現象があると、柔らかくなったり剛性が消失したりといった特徴的な振る舞い(弾性軟化)が現れる。


■添付資料:

 ※図1〜3は添付の関連資料を参照



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