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東大、ゲノム解読で単細胞が多細胞へと進化する鍵となる遺伝子群を解明

2016-05-02

ゲノム解読で初めて明らかになった多細胞生物のはじまり
−ヒトではがんを抑制する「多細胞化の原因遺伝子」−


1.発表者:
 野崎久義(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 准教授)
 豊岡博子(東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 特任研究員)
 豊田敦(国立遺伝学研究所 特任准教授)
 藤山秋佐夫(国立遺伝学研究所 教授)
 Bradley J.S.C.Olson(カンザス州立大学 助教)


2.発表のポイント:
 ◆原始的な多細胞生物であるゴニウム(図1、2)の全ゲノム配列を解読し、単細胞が多細胞へと進化する鍵となる遺伝子群を初めて明らかにしました。
 ◆ヒトではがんを抑制している遺伝子が、単細胞が多細胞へと進化する初期段階の原因となることを発見しました。
 ◆今後、群体性ボルボックス目(図1)の生物の全ゲノム情報を更に解読することで、多細胞化の研究の更なる進展が期待されます。


3.発表概要:
 私たちヒトは複数の細胞からなる多細胞生物です。そんな私たちでも太古はひとつの細胞からなる単細胞生物であり、「多細胞化」により誕生したと考えられています。単細胞生物から多細胞生物への転換は、さまざまな真核生物で起きたと推測されていますが、その初期段階の原因となる遺伝子に関しては謎に包まれていました。
 今回、東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻の野崎久義准教授らと国立遺伝学研究所アリゾナ大学、カンザス大学等の国際研究グループは、原始的な多細胞生物である緑藻の群体性ボルボックス目(注1、図1)に含まれ、細胞の役割分担がきまっていないゴニウム(学名 Gonium pectorale)の全ゲノム解読を実施しました。その結果、多細胞化の初期段階の鍵となる遺伝子群を発見しました。
 ゴニウムの全ゲノム解読データを単細胞生物のクラミドモナスと細胞の役割分担が進んだ多細胞ボルボックスのものと比較解析した結果、ヒトではがんを抑制する細胞周期を調節する遺伝子が多細胞化の原因であること発見しました。また、本国際研究グループは、多細胞化の初期においては細胞周期を調節する遺伝子群の進化が起き、その後に細胞の役割分担の遺伝子群が進化するという、単細胞から多細胞へ進化する際のシナリオを明らかにしました。今後、群体性ボルボックス目の全ゲノム情報を更に解読することで、多細胞化をより明らかにする研究の進展が期待されます。


4.発表内容:
 私たちヒトをはじめとする地球上の多くの生物は複雑な体制をした多細胞生物でありますが、もともとは単細胞生物であり、「多細胞化」によって誕生したと考えられています。しかし、ヒトをはじめとする多細胞動物や陸上植物の起源は今から数億年以上の大昔あり、これらの生物に近縁な単細胞段階と多細胞段階を結びつけるような生物はもはや存在しません。一方、原始的な多細胞生物である緑藻の群体性ボルボックス目(注1)と近縁な単細胞生物のクラミドモナスでは、単細胞から500以上の細胞が小さな非生殖細胞と大きな生殖細胞に役割分担して複雑な多細胞体となっているボルボックスにいたるまで、多細胞化の中間段階にあたる4,8,16,32細胞からなる生物が現存します(図1)。そのため、群体性ボルボックス目では現存する生物を用いて多細胞化の進化過程の比較生物学的研究ができるモデル生物群として重要です。東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻の野崎久義准教授らは、群体性ボルボックス目を対象にした研究によって、多細胞動物や陸上植物がもつ卵と精子による有性生殖の起源や多細胞化の鍵となる過程を探ってきました。これまでにメスとオスの進化を遺伝子・ゲノムレベル明らかにするとともに(文献1、2)、世界最小の多細胞生物シアワセモを発見しています(文献3)。今回は単細胞生物から多細胞生物への転換の原因をゲノム情報から解明する目的で、群体性ボルボックス目の8−16細胞性で細胞の役割分担が決まっていないゴニウム(学名 Gonium pectorale)に注目しました(図1)。ゴニウムは世界各地に分布する淡水産の緑藻類で、8または16個の同じ大きさの細胞が平板状にきれいに並んでいます(図2)。最近の研究によればゴニウムは群体性ボルボックスの中で球状群体をもつパンドリナやヤマギシエラよりも早く、今から約2億年前に出現したと考えられています(図1、文献3、4、5)。
 群体性ボルボックス目では単細胞の祖先種に相当するクラミドモナスと最も進化したと考えられるボルボックスの全ゲノム情報が2010年に比較解析され、多細胞化に関連する遺伝子群が推測されていました(文献6)。しかし、両者の中間的な進化段階の生物でゲノム解析がなされておらず、どのような遺伝子レベルの進化が多細胞化の初期段階で起きたかは不明でした。
 今回ゲノム解読したゴニウムのゲノム組成の全般はクラミドモナスやボルボックスのものと基本的に同じであり、群体性ボルボッックス目を含む緑色植物のゲノム情報と比較した結果、ゴニウムとボルボックスの多細胞化には、多数の新規遺伝子群の出現・進化が関係していないと結論されました。一方、ゴニウムの細胞周期を調節する遺伝子群には、クラミドモナスとは異なるが多細胞のボルボックスに共通する特徴が2つ見いだされました。そのひとつが細胞分裂に関係するヒトの網膜芽細胞腫のがん抑制遺伝子(RB遺伝子、注2)と相同の細胞周期を調節する遺伝子です。今回のゲノム比較の結果、ゴニウムとボルボックスに共通し、クラミドモナスのRBタンパク質には見られない分子構造が明らかとなりました(図3A)。さらに、ゴニウムのRB遺伝子をクラミドモナスのRB遺伝子欠損変異体に導入すると、単細胞生物のクラミドモナスが多細胞体に類似した形態になりました。一方、RBタンパク質の制御を受けている転写因子の遺伝子(DP1遺伝子、注3)が欠損すると、この多細胞化は起こりません(図4)。このことはゴニウムのRBタンパク質が細胞周期に影響し,多細胞体の形成に関与していることを示唆しています。もうひとつはRBを制御しているサイクインD1の遺伝子(CycD1遺伝子、注4)に関するものです。クラミドモナスのゲノム中には1個だけ存在しますが、ゴニウムとボルボックスでは4個に増加していました(図3B)。
 すなわち、多細胞化の初期には複数の細胞周期を調節する遺伝子が協調的に作用して多細胞体を形成していると推測されました。一方、ボルボックスのゲノムに見られる多細胞体の増大や細胞の役割分担をもたらす遺伝子(注5)の増加(文献6)はゴニウムでは認められませんでした。したがって、「多細胞化」においては、細胞周期を調節する遺伝子群がまず進化し、その後に多細胞体の増大や細胞の役割分担に関連する遺伝子が増加・進化すると推測されました(図1)。今後、最も初期に出現した最小多細胞生物シアワセモやより進化段階が高くボルボックスに近い群体性ボルボックス目の生物の全ゲノム情報が明らかになり、単細胞生物から複雑な多細胞生物への進化の過程を遺伝子レベルで解明する研究の更なる進展が期待されます。

 本研究は、東京大学大学院理学系研究科、国立遺伝学研究所カンザス州立大学、アリゾナ大学等との国際共同研究で行われました。また、科学研究費補助金(新学術領域研究「ゲノム支援」、課題番号221S0002;基盤研究(A)、課題番号24247042、代表者 野崎久義)の支援を受けました。


 ※以下の資料は添付の関連資料「参考資料」を参照
  ・参照文献
  ・発表雑誌
  ・用語解説
  ・添付資料(図1〜4)



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