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理研など、精子が卵子を活性化する新しい仕組みを解明

2016-04-14

精子が卵子を活性化する新しい仕組みを解明
−線虫において精子導管仮説を支持する分子実体を同定−


■要旨
 理化学研究所(理研)生命システム研究センター発生動態研究チームの大浪修一チームリーダーと高山順(*)研究員の研究チームは、線虫C.elegans[1]の受精の際に精子のカルシウム透過性チャネル[2]が卵子の中に「受精カルシウム波[3]」を引き起こすことを明らかにし、精子が卵子を活性化する新しい仕組みを解明しました。

 *研究員名の正式表記は添付の関連資料を参照

 動物の一生は、精子と卵子が受精することから始まります。卵子は物質の合成をほとんど行わない不活発な細胞ですが、精子と受精すると活発に物質を合成し、細胞分裂を始める胚へと状態が大きく転換します。これを「卵子の活性化」と呼びます。この転換のきっかけとなるのが、卵子内のカルシウム濃度変化が伝播していく現象「受精カルシウム波」です。

 研究チームは、精子が受精カルシウム波をどのように引き起こしているかを明らかにするため、体が透明かつ遺伝学的実験が容易な線虫C.elegansを用いて、その受精カルシウム波を高速イメージングと画像処理によって捉えました。さらに遺伝学的実験とシミュレーションを組み合わせて解析を行い、精子に存在する「TRP−3」というカルシウム透過性チャネルが、受精直後に精子侵入点付近で急激なカルシウム濃度の上昇を引き起こし、これがきっかけとなって卵子全体に伝播するカルシウム波が発生することを発見しました。受精カルシウム波を引き起こす仕組みは、生物種によって異なると考えられています。今回発見した仕組みは、精子のカルシウム透過性チャネルが細胞外から卵子にカルシウムイオンを流入させる「精子導管仮説」を支持するものです。

 本研究によって、受精カルシウム波を定量的かつ遺伝学的に解析できる実験系が確立されました。今後、この実験系を活用することで、受精による卵子の状態転換の仕組みの包括的解明につながると期待できます。

 本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費補助金の助成によって行われました。また、動画像データの定量化は、科学技術振興機構ライフサイエンスデータベース統合推進事業(統合化推進プログラム)の一環として実施されました。さらには、本成果に関するデータの記述手法や、今後データを掲載するデータベースSSBDは同プログラムの一環として開発されたものです。

 成果は、米国の科学雑誌『Cell Reports』(4月19日号)に掲載されるのに先立ち、オンライン版(4月7日付け:日本時間4月8日)に掲載されます。


■背景
 動物の一生は、卵子と精子が受精することから始まります。卵子は物質の合成をほとんど行わない不活発な細胞ですが、受精を機に、それまで抑制されていた物質の合成や細胞分裂の準備を開始し、活発で全能性[4]を持った細胞へと状態が大きく転換します。これを「卵子の活性化」と呼び、自然にみられる全能性獲得への一過程として注目されています。

 卵子の状態が大きく転換するきっかけとなるのが、「受精カルシウム波」です。受精カルシウム波は、卵子内のカルシウム貯蔵庫[5]である小胞体などから細胞質へ連鎖的にカルシウムイオン(Ca2+、以下イオンは省略)が放出されることで生じます。受精カルシウム波は、受精という卵子のごく一部分(精子侵入点)で生じた出来事を卵子全体に伝え、その後の卵子の活性化反応を開始するよう指令すると考えられています。精子がどのようにして受精カルシウム波を引き起こすかについては、主に3つの仕組みが提唱されており、生物種によって異なる仕組みが使われていると考えられています。複数の仕組みが使われている可能性も考えられます。

 第1の仕組みは、精子内に含まれる酵素などの可溶性因子が、受精により卵子へ受け渡され、卵子内で一連の化学反応が起こり、その結果、卵子内の小胞体からのカルシウム放出を誘導するというものです。可溶性因子として、タンパク質「PLC−zeta」が同定されています。この仕組みは、ほ乳類を中心に広く研究されています。

 第2の仕組みは、精子の細胞表面にあるリガンド(特定の受容体に特異的に結合する物質)と、卵子の細胞表面にある受容体が相互作用することで、卵子内に化学反応が起こり、卵子内の小胞体からのカルシウム放出を誘導するというものです。この仕組みは、アフリカツメガエルを中心に研究が進んでいます。

 第3の仕組みは、「精子導管仮説」です。精子の細胞膜にカルシウム透過性チャネルが存在すると仮定します。受精により精子の細胞膜と卵子の細胞膜が融合し、精子のカルシウム透過性チャネルが導管(通り道)として働くことで、卵子内に細胞外からカルシウムを流入させます。この流入したカルシウムが、卵子内のカルシウム貯蔵庫からのさらなるカルシウム放出を誘導するというものです。精子導管仮説は、受精カルシウム波の発見者の1人であるライオネル・ジャッフェ博士が1991年に提唱したものです。しかしこれまで、実験的根拠に乏しく、どの生物種においても精子の細胞膜上で導管として働くカルシウム透過性チャネルが見つかっていないことから有力な仮説とは見なされてきませんでした。


■研究手法と成果
 これまで受精カルシウム波の研究の多くは生化学的に解析され、遺伝学的な解析はあまり行われてきませんでした。そこで、研究チームはモデル生物として、遺伝学的操作が容易で雌雄同体の線虫C.elegansを用いました(図1A)。C.elegansは、体が透明で生きたまま細胞内を顕微鏡観察することができますが、受精は非常に素早い過程であるため、詳細な観察がほとんど行われていませんでした。

 研究チームは、蛍光カルシウム指示薬[6]と高速イメージングが可能なスピニングディスク共焦点顕微鏡[7]を用いて、C.elegansの受精直後の卵子のカルシウム濃度変化を動画撮影しました。C.elegansの受精は体内で排卵直後に起こり、視野内を卵子が移動するため、卵子内のカルシウム濃度変化の空間的な特徴がうまく捉えられません。そのため、画像処理技術を用いて卵子領域のみを切り分け、一定の形に整形しました(図1B)。その結果、受精直後に精子侵入点付近で急激にカルシウム濃度が上昇し、その後卵子全体に伝播するという二相性の波形を示すことが分かりました。研究チームは2つの波形を「局所波」および「大域波」と名付けました。

 精子侵入点付近で急激にカルシウム濃度が上昇することから、研究チームは精子のカルシウム透過性チャネルが関係しているのではないかと考えました。C.elegansの精子には「TRP−3」というカルシウム透過性チャネルが存在することが知られています。そこで、精子のTRP−3チャネルを欠損させた変異体(trp−3変異体)を用いて受精を観察しました。その結果、trp−3変異体では局所波は生じないことが分かりました(図2)。一方で、大域波は遅れて生じることも分かりました。したがって、TRP−3チャネルは局所波の発生のみならず、大域波が発生するタイミングも決めていることが明らかになりました。

 これらの結果は、精子のTRP−3チャネルが受精カルシウム波、特に局所波の発生に関わることを示しています。しかし、本当にTRP−3チャネルが細胞外からカルシウムを流入させているのか、この実験結果だけでは分かりません。

 精子のカルシウム透過性チャネルを利用する別の仕組みとしては、受精前に精子内にカルシウムを溜め込み、融合とともに卵子内に放出するという「カルシウム爆弾仮説」も考えられます(図3A)。そこで研究チームは、受精直後の精子内のカルシウム濃度変化を観測し、カルシウム爆弾仮説に基づくカルシウム濃度変化のシミュレーション結果と比較しました(図3B)。観測の結果、受精直後の精子内のカルシウム濃度は卵子と同程度であり、受精後に上昇していました。カルシウム爆弾仮説では高濃度からの急激な低下が予測されるため、観測結果とは一致しません。このことからカルシウム爆弾仮説よりも、精子導管仮説の方が有力であることが示されました。

 もし精子導管仮説が正しいとすると、C.elegansの受精は精子と卵子の直接の膜融合という方式で行われ、細胞外からカルシウムを取り込むためにTRP−3チャネルを含む精子の細胞膜が、細胞外領域と面した状態が生じなければなりません。そこで研究チームは、精子のTRP−3チャネルに赤色の蛍光タンパク質「TagRFP−T」を融合させ蛍光標識しました(図4A)。同時に卵子の細胞膜を「GFP::PH」という蛍光タンパク質で緑色に蛍光標識した株を用いて、これらの受精をスピニングディスク共焦点顕微鏡で観察しました(図4B)。その結果、C.elegansの受精は確かに精子と卵子の直接の膜融合で行われること、またその際に精子のTRP−3チャネルは細胞外領域に面した状態でいることが分かりました。

 以上の結果は、どれも精子導管仮説が予測することと一致します。したがって、C.elegansの受精時に見られる局所波は精子のTRP−3チャネルが導管として働くことで引き起こされていると考えられます。


■今後の期待
 本研究により、受精カルシウム波を引き起こす新しい仕組みが発見されました。これは受精のみならず、細胞同士が融合する際に、その中身ではなく細胞膜成分を受け渡すことで、情報を伝えるという方式があることを示唆しています。細胞自体の融合や分泌小胞の融合における新たな細胞間情報伝達の仕組みが、今後明らかになるかもしれません。

 また本研究を通じて、C.elegansにおける受精および受精カルシウム波の高速イメージング手法と受精カルシウム波の定量的な解析手法が確立されました。C.elegansはさまざまな遺伝学的実験が容易に適用できるため、これらを組み合わせることで受精および卵子の活性化の仕組みがより深く理解されると期待できます。


■原論文情報
 ・Jun Takayama and Shuichi Onami,“The Sperm TRP−3 Channel Mediates the Onset of a Ca2+ Wave in the Fertilized C.elegans Oocyte”,Cell Reports,doi:http://dx.doi.org/10.1016/j.celrep.2016.03.040


■発表者
 理化学研究所
 生命システム研究センター(http://www.riken.jp/research/labs/qbic/
 細胞動態計測コア(http://www.riken.jp/research/labs/qbic/cell_dyn/
 発生動態研究チーム(http://www.riken.jp/research/labs/qbic/cell_dyn/dev_dyn/
 チームリーダー 大浪 修一(おおなみ しゅういち)
 研究員 高山 順(たかやま じゅん)


 ※補足説明・図1〜4は添付の関連資料を参照



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