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理研と阪大、走化性細胞が応答範囲を拡張するメカニズムを解明

2016-04-13

走化性細胞が応答範囲を拡張するメカニズム
−生物が環境適応する仕組みの一端を解明−


<要旨>
 理化学研究所(理研)生命システム研究センター細胞シグナル動態研究グループの上田昌宏グループディレクター(大阪大学大学院生命機能研究科 教授(研究当時:理学研究科))らの研究チーム(※)は、「走化性」における応答範囲を調節する因子「Gip1」を発見しました。この因子は、三量体Gタンパク質[1]の細胞内局在制御というこれまで知られていなかったメカニズムで、走化性の応答範囲を拡張していることが分かりました。

 細胞は化学物質の濃度勾配に沿って移動することができます。このような現象は「走化性」と呼ばれ、胚発生、免疫、神経回路形成、傷口の治癒などに重要な役割を果たしています。走化性細胞は10万倍にも及ぶ広い化学物質の濃度範囲にわたって、数%程度の微小な濃度差を認識できます。このような性質は生物の持つ柔軟な環境適応の仕組みとして、古くから注目を集めてきました。

 今回、研究グループは、走化性応答の濃度範囲を広げるタンパク質Gip1を同定しました。この因子は細胞膜上での三量体Gタンパク質の量を調節し、受容体からのシグナルを適正に伝達していました。Gip1は三量体Gタンパク質との結合を介してその一部を細胞質画分として保持し、外界の化学物質の増加に応じて細胞質内の三量体Gタンパク質を細胞膜へ送り出していました。このような三量体Gタンパク質の局在調節という新たなメカニズムにより、走化性細胞は適切に濃度勾配を認識し、応答範囲を拡張していました。

 走化性細胞を含め多くの感覚細胞は、広範な刺激に対して応答できます。このような応答範囲の拡張メカニズムとして、受容体の化学修飾による制御がこれまで広く知られていました。今回の研究では三量体Gタンパク質の局在制御という新しいメカニズムも、その調節に関わっていることを突き止めました。このような制御は真核生物で広く保存されている可能性があり、三量体Gタンパク質がGip1との結合により細胞質にとどめられる仕組みなど、その分子基盤に関する知見が今後、他のシステムでの理解に貢献すると期待できます。

 本研究は、米国の科学雑誌『Proceedings of National Academy of Science of the United States of America(PNAS)』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(4月5日付け)に掲載されました。


※研究チーム
 理化学研究所 生命システム研究センター 細胞シグナル動態研究グループ
 グループディレクター 上田 昌宏(うえだ まさひろ)(大阪大学大学院 生命機能研究科 教授(研究当時:理学研究科))
 上級研究員 上村 陽一郎(かみむら よういちろう)

 大阪大学大学院 理学研究科
 助教 宮永 之寛(みやなが ゆきひろ)(大阪大学大学院 生命機能研究科 助教)


<背景>
 細胞は、化学物質の濃度勾配に沿って移動することができます。このような現象は「走化性」と呼ばれ、胚発生、免疫、神経回路形成、傷口の治癒などに重要な機能を果たします。走化性の研究には土壌微生物である細胞性粘菌[2](キイロタマホコリカビ、Dictyostelium discoideum)が用いられてきました。粘菌細胞は通常バクテリアを餌として生育していますが、栄養飢餓になると自らが産生、分泌する環状アデノシン一リン酸(cAMP)[3]という化学物質に対して走化性を示すようになります。走化性物質cAMPは細胞膜上のGタンパク質共役型受容体(GPCR)[4]に結合し、三量体Gタンパク質によって下流にシグナルを伝達します。そして運動装置のアクチン骨格系の制御を通して、最終的に細胞は方向性のある運動に至ります。このような分子基盤は、多くの走化性細胞においても保存されています。

 分子基盤の共通性に加え、走化性細胞は一般的に、10万倍にも及ぶ広い濃度範囲にわたって数%程度の微小な濃度差を認識できます。このような広範囲にわたる応答は他の感覚細胞でもみられるもので、例えば、バクテリアの走化性や動物の視覚系では、受容体の化学修飾を介した制御を軸に、その理解が進んできました。粘菌細胞でも受容体のリン酸化が起こらないと、走化性における濃度範囲は狭くなるものの、その影響は限定的でした。このような事実は、まだ知られていない制御機構の存在を示唆するものでした。


<研究手法と成果>
 研究チームは粘菌細胞を用いて、三量体Gタンパク質と相互作用し、走化性を制御する因子を探しました。その結果、既知の結合タンパク質とは構造的に相同性のない因子を同定し、Gip1(trimeric G protein interacting protein 1)と名付けました。Gip1はPHドメイン[5]と、ヒトTNFAIP8[6]と弱い類似性を持つ領域から構成されており、後者の領域で三量体Gタンパク質と結合していることが生化学的解析から明らかになりました。この複合体は、三量体Gタンパク質のβγサブユニットを介して形成されていました。

 次に、Gip1と走化性との関係を調べるため、粘菌細胞のgip1遺伝子破壊株[7]を作製しました。gip1破壊株は、高濃度の走化性物質に対する走化性能が極端に低下するという表現型を示しました(図1A、B)。一方、細胞内のGip1量を増やすと、低濃度での走化性があまり起こりませんでした(図1B)。つまり、Gip1は走化性における濃度範囲の調節に関わっていることが分かりました。

 それでは、Gip1はどのように走化性の濃度範囲を調節しているのでしょうか。Gip1は三量体Gタンパク質と結合することから、粘菌細胞の三量体Gタンパク質の活性化あるいは不活性化の反応を調べてみましたが、野生株と比べて大きな違いはなく、正常に機能していました。このことは、Gip1による制御がこれまでに知られていないメカニズムによることを示唆するものでした。

 そこで、研究チームは三量体Gタンパク質の細胞内局在に着目しました。通常、三量体Gタンパク質は細胞膜上に局在して機能しますが、その一部は細胞質にもあることが知られていました。しかし、この細胞質中の三量体Gタンパク質が重要であるかは不明でした。研究チームはgip1破壊株で、細胞質中の三量体Gタンパク質の量が著しく低下していること、逆に細胞内でのGip1量を増やすと、細胞膜上の三量体Gタンパク質が減り、そのほとんどが細胞質に移行することを見出しました(図2)。Gip1の細胞質局在を考慮すると、Gip1は三量体Gタンパク質と細胞質で結合し、Gタンパク質の一部を細胞質にとどめる機能を持つことを示していました。つまり、三量体Gタンパク質はGip1を介して細胞膜と細胞質を行き来(シャトリング)していることが明らかになりました。

 さらに、一連の実験から三量体Gタンパク質のシャトリングが走化性において重要な役割を果たすことが明らかになりました。三量体Gタンパク質は走化性物質の刺激により、細胞質から細胞膜へと局在を変えてその量が調整され(図3A)、濃度勾配に応じて細胞膜上に空間的な偏りを形成していました(図3B)。このような制御により、細胞は走化性物質の濃度が高くなっても細胞膜上で受容体からのシグナルを適切に伝達し、濃度勾配の方向を識別していました(図3C)。また、三量体Gタンパク質の局在制御には、Gip1のPHドメインに作用する未知のシグナルが関与することが示唆されました。

 このような理解は、Gip1に関連する走化性の表現型を矛盾なく説明できます。例えば、野生型では走化性物質の濃度が高くなるにつれ、細胞質の三量体Gタンパク質が細胞膜へと供給され、十分な勾配シグナルを送ることができます。一方、gip1破壊株では三量体Gタンパク質のシャトリング機構がないため、高濃度において細胞質から細胞膜への再配分が起こらず、濃度勾配を認識できません。また、Gip1を大量に発現すると、細胞膜上の三量体Gタンパク質が枯渇し、特に走化性物質の低濃度領域では十分なシグナルを生み出せませんが、濃度が上がるにつれ三量体Gタンパク質の膜移行が起こり、濃度勾配を正常に感知できるようになります。

 本研究から、研究チームは図4のようなモデルを提案しています。

 (1)Gip1は三量体Gタンパク質と結合し、細胞質プールを作る。
 (2)この細胞質プールは走化性物質依存的に細胞膜へ移行する。
 (3)外界の走化性物質の濃度勾配に応じて、細胞膜上の三量体Gタンパク質の局在の勾配を作る。

 このように三量体Gタンパク質が、細胞膜上へ適切に供給されることで、走化性細胞は濃度勾配を認識することができるようになります。今回明らかになった三量体Gタンパク質の局在調節による応答範囲の拡張は、広く知られている受容体の化学修飾による制御とは異なる新しい調節メカニズムです。


<今後の期待>
 今回の研究から、粘菌細胞におけるタンパク質Gip1を介した三量体Gタンパク質のダイナミックな局在制御が明らかになりました。このような制御は真核生物で広く保存されている可能性があり、三量体Gタンパク質がGip1との結合により細胞質にとどめられる仕組みなど、その分子基盤に関する知見が他のシステムでの理解に貢献すると期待できます。また、三量体Gタンパク質の細胞膜移行には未知のシグナルが関わっていました。今後、走化性シグナル伝達の理解には、この経路を明らかにすることが不可欠になります。さらに、この応答にはGip1のPHドメインが関与しますが、その機能は分かっていません。一般的に、PHドメインは細胞膜で働くタンパク質に重要であると考えられていますが、Gip1は細胞質で機能します。このことから、今後の解析によって、これまでに考えられていなかったPHドメインの新しい機能の理解に結びつく可能性があります。

 三量体Gタンパク質の局在制御は、走化性における勾配認識に関与していました。今回の研究から走化性物質の濃度が低い場合、細胞膜上にある三量体Gタンパク質により勾配シグナルが伝達されますが、高濃度になると三量体Gタンパク質の局在変化による細胞膜上での空間的な偏りが必要になることが分かりました。今後は、三量体Gタンパク質の活性化と局在制御を組み込んだ数理モデルの構築により、広い濃度範囲において濃度勾配情報が受容・処理・伝達される仕組みの理論的な理解が可能になると期待されます。

 GPCR−三量体Gタンパク質は、真核生物において最も広く使われているシグナル分子であり、ヒトにおいてはGPCRの多くが疾病治療薬のターゲットになっています。今回の成果は、三量体Gタンパク質の局在制御という新しい視点でGPCRのシグナル伝達を操作・変調しうる可能性を示しています。


<原論文情報>
 ・Yoichiro Kamimura,Yukihiro Miyanaga,Masahiro Ueda,"Heterotrimeric G protein shuttling via Gip1 extends the dynamic range of eukaryotic chemotaxis",Proceedings of National Academy of Science of the United States of America,doi:10.1073/pnas.1516767113


<発表者>
 理化学研究所
 生命システム研究センター 細胞動態計測コア 細胞シグナル動態研究グループ
 グループディレクター 上田 昌宏(うえだ まさひろ)
 (大阪大学大学院 生命機能研究科 教授(研究当時:理学研究科))


 *補足説明・図1〜図4は添付の関連資料を参照




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