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東大、生きた生物の神経細胞が伸長する方向を光で誘導など研究成果を発表

2016-04-13

生きた生物の神経細胞が伸長する方向を光で誘導する


1. 発表者:
  遠藤 瑞己(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 博士課程学生)
  上口 裕之(理化学研究所脳科学総合研究センター チームリーダー)
  飯野 雄一(東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻 教授)
  小澤 岳昌(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 教授)


2. 発表のポイント:
 ◆神経細胞の軸索誘導(注1)を担うタンパク質DCC(注2)の活性を、光照射により分単位で可逆的に操作する手法を開発しました。
 ◆光応答性DCCを線虫に導入することで、世界に先駆けて生きた個体内での神経軸索伸長方向の光照射による人為的制御を可能としました。
 ◆生体内の神経回路形成の解明に貢献するだけでなく、軸索の光誘導技術を応用することで病変した神経回路の修復に寄与することが期待できます。


3. 発表概要:
 神経系を構成する神経細胞は軸索と呼ばれる突起を伸ばし、互いにつながりあうことで神経回路を形成しています。神経回路の形成過程は、複雑な組織の中でいかに軸索を正確な標的細胞へと誘導するかが重要であり、培養神経細胞等を用いてさまざまな分子メカニズムが解明されてきました。しかし生物組織内においては、その複雑な環境下で軸索がいかに伸長するかについて未だ全容が明らかとなっていません。

 東京大学大学院理学系研究科化学専攻の遠藤瑞己大学院生と小澤岳昌教授らは、理化学研究所脳科学総合研究センターの上口裕之シニア・チームリーダーと東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻の飯野雄一教授の研究グループとの共同研究により、新規に作製した光応答性分子を用いて、生きた生体内において軸索に光を照射することによって、その伸長方向を制御する手法の開発に成功しました。また開発した手法を用いて、光照射に対する成長円錐の応答を詳細に解析することで、周囲に物理的障壁がある場合に成長円錐の可動方向が制限されることを明らかにしました。

 神経回路の形成は、個体内で軸索周囲の環境が刻々と変化する中で厳密に制御されており、神経回路形成における異常はてんかんハンチントン病といった深刻な精神疾患につながります。そのため、光照射に対する応答によって特定の発生段階で部位特異的に成長円錐の可動方向を解析しうる本手法は、これらの疾患発症のメカニズム解明や、光誘導による病変した神経回路の修復などに寄与することが期待されます。また、本研究で確立した一連の方法論は、DCC以外の分子にも応用可能であり、近年注目の集まっている生命機能を光によって自在に操作する研究全般の発展に貢献することが期待されます。


4. 発表内容:
〔1〕研究の背景・先行研究における問題点
 神経回路の形成は、細胞外に存在する軸索誘導物質と、それを認識する成長円錐膜上の受容体タンパク質との分子反応によって厳密に制御されていることが明らかになっています。その一方で、生体内では軸索は周囲の物理的障壁を含む複雑な環境に晒されており、その伸長方向が大きく影響を受けていることが指摘されています。しかしながら、従来の化学物質等の小分子を用いた刺激で軸索の伸長方向を操作する手法は、生体内に局所的に投与することが難しいため、これらの影響を解析することができませんでした。すなわち、生体内において軸索の伸長方向を制御し、その挙動と周囲の環境との関連を直接解析するための新たな実験手法の開発が急務とされています。本共同研究グループは、生体内における軸索の操作手法として、光照射によって軸索の伸長方向を制御する手法を開発しました。光を用いた刺激はその照射する範囲・時間を厳密に制御することができ、生体内にも応用可能であるという特徴を持っています。光照射による軸索の誘導を試行することにより、生体内における成長円錐の挙動に与える周囲の環境要因について詳細に解析することができると期待されます。

〔2〕研究内容
 ●光応答性DCCの作製
  誘引性の軸索誘導を担う受容体タンパク質DCCが多量体形成によって活性化することに着目し、マウス由来のDCCを植物由来の光受容タンパク質CRY2(注3)と融合することにより、光応答性DCCを設計しました(図1)。作製した光応答性DCCをヒト胎児腎細胞に発現させ、細胞外から光を照射したところ、光応答性DCCが光照射の時間や強度に応じて多量体を形成し、活性化することが確認できました。また光照射を中断すると分単位で多量体が単量体へと解離し、また下流のシグナルもそれに伴い低下することが明らかとなりました。以上の結果は光照射により光応答性DCCの活性化を可逆的に制御できることを示しています。

 ●光応答性DCCによる軸索の伸長方向の制御
  次に作製した光応答性DCCを、ニワトリの胎児から摘出した神経細胞に導入しました。光応答性DCCを発現している神経細胞の成長円錐の片側に光を断続的に照射したところ、光照射側へと軸索が誘引される様子が観察されました(図2)。次に、作製した光応答性DCCが生きた個体内において作動するかどうかを検証するため、線虫(注4)を用いて軸索誘導実験を行いました。まず、軸索誘導能を失った線虫のトランスジェニック株を作成しました。この株に線虫用光応答性DCCを発現させ、軸索誘導実験を行いました。発生途中の線虫を麻酔処理し、顕微鏡下で成長円錐の片側に断続的に光を照射したところ、光照射側へと成長円錐が誘引される様子が観察されました(図3)。すなわち、生きた線虫で軸索を光照射によって誘導可能であることを世界に先駆けて実証しました。

 ●光誘導による生きた個体内での成長円錐の挙動解析
  本研究において光操作の対象とした線虫の成長円錐は、神経索と呼ばれる他の軸索の束に衝突した時、丸い形から神経索に沿って変形し、一時的に伸長が中断することが知られています。これは成長円錐の可動方向が神経索に沿った方向に制限されることが原因だと推測できますが、実際に直接的に証明した報告はありませんでした。そこで線虫用光応答性DCCを発現し、かつ神経索に衝突して変形した成長円錐の縁に場所を変えながら光を照射したところ、神経索に沿った方向に光を照射した場合のみ成長円錐が誘引される様子が観察されました(図4)。本結果は成長円錐の可動方向が周囲の物理的障壁によって制限されることを示した世界で初めての結果であり、軸索誘導が細胞外の誘導物質だけでなく、周囲の環境によっても制御されていることを示しています。

〔3〕社会的意義・今後の予定など
 発生段階における神経回路の形成は、軸索誘導物質や軸索周囲の環境によって時空間的に厳密に制御されており、神経回路形成における異常はてんかんハンチントン病といった深刻な精神疾患につながります。そのため、光照射に対する応答によって特定の発生段階で部位特異的に成長円錐の挙動を解析しうる本手法は、これらの疾患発症のメカニズム解明や、光誘導の効率を改善させることで病変した神経回路の修復などにも寄与することが期待されます。また、本研究で確立した光応答性分子の設計は、DCC以外の受容体タンパク質にも応用可能であり、近年大きな注目を集めている生命機能を光によって自在に操作する「オプトジェネティクス」研究の発展に貢献することが期待されます。

 本研究は、日本学術振興会 基盤研究(S)(研究課題番号:26220805,研究代表者:小澤岳昌)、旭硝子財団(研究代表者:小澤岳昌)の支援を受けて行われました。


5. 発表雑誌:
 雑誌名:「Scientific Reports」
 論文タイトル:Optogenetic activation of axon guidance receptors controls direction of neurite outgrowth
 著者:Mizuki Endo,Mitsuru Hattori,Hiroshi Toriyabe,Hayao Ohno,Hiroyuki Kamiguchi,Yuichi Iino,Takeaki Ozawa(*)
 DOI番号:doi:10.1038/srep23976


■用語解説:
(注1)軸索誘導
 軸索を誘導する細胞外物質が、軸索先端部にある成長円錐と呼ばれる構造体により認識され、正確な方向へと軸索を誘導する現象。
(注2)DCC
 成長円錐膜上にある一回膜貫通型タンパク質。細胞外の軸索誘引物質を認識し、成長円錐の誘引反応を引き起こす。線虫においてはUNC−40と呼ばれるタンパク質がこれに相当する。
(注3)CRY2
 植物由来の光受容タンパク質。光吸収により立体構造が変化し、多量体を形成する性質がある。
(注4)線虫
 学名はC.elegans.体長約1mmで透明な体を持ち、神経回路の形成研究においてよく用いられるモデル生物。


■添付資料:

 ※図1〜4は添付の関連資料を参照



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