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京大など、界面構造を変えるだけで金属酸化物の機能特性を制御することに成功

2016-03-12

界面構造を変えるだけで金属酸化物の機能特性を制御
〜酸素配位環境を利用した新機能探求へのアプローチ〜


<ポイント>
 ○ヘテロ構造界面における酸素配位環境を変えることで、遷移金属酸化物薄膜の磁気特性を制御。
 ○原子層単位での精密なヘテロ構造薄膜の作製とその評価により、特性を決定する酸素配位環境を解明。
 ○酸化物へテロ構造を利用した新材料開発を実証。
 ○界面エンジニアリングによる新機能発現に向けた指針を提示。


 京都大学 化学研究所の菅 大介 准教授、麻生 亮太郎 博士課程学生(現大阪大学 助教)、佐藤 理子 修士課程学生、治田 充貴 助教、倉田 博基 教授、島川 祐一 教授の研究グループは、ペロブスカイト構造遷移金属酸化物(注1)から構成されるヘテロ構造(注2)中の酸素配位環境(遷移金属―酸素間の結合角度)を変調させることで、薄膜特性を制御することに成功しました。
 遷移金属酸化物は、多彩な特性を示し、機能性材料として広く研究されています。近年、原子レベルでの酸化物作製技術が進歩し、急峻に変化する界面構造を有する薄膜や異種材料を接合したヘテロ構造の作製が可能となり、酸化物薄膜の界面やヘテロ構造が新しい物性や機能特性の発現の場として注目されています。このような遷移金属酸化物薄膜やヘテロ構造での新しい機能特性の探索や特性の制御が、基礎科学とデバイス応用展開の両面から重要な課題となっています。
 今回、研究グループでは、ペロブスカイト構造酸化物SrRuO3とGdScO3との間にわずか数原子層厚さのCa0.5Sr0.5TiO3層を挿入し、ヘテロ構造薄膜の詳細な構造と特性を調べました。その結果、SrRuO3薄膜層中の酸素配位環境が、ヘテロ界面における遷移金属と酸素の結合角度で決定されていることを見出しました。また、Ca0.5Sr0.5TiO3層の厚さを原子層単位で変化させることで、SrRuO3層全体の酸素配位環境が自在に制御でき、さらにはその磁気特性も制御できることを実証しました。
 本研究の成果は、界面構造を介して酸素配位環境を変調させる界面エンジニアリングが、遷移金属酸化物薄膜の機能特性の制御に有用であることを示すものです。このような手法は他の遷移金属酸化物にも適用可能であり、新しい化学組成を持つ物質を合成するような従来の物質探求とは全く異なる材料開発の新しいアプローチによる新しい機能の発現も期待されます。将来のエレクトロニクススピントロニクス(注3)の分野における新材料の開発にもつながると考えています。
 本研究成果は、平成28年3月7日(英国時間)に、英国科学誌「Nature Materials」で公開されます。


 本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって支援を受けました。
  戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
   研究領域 「元素戦略を基軸とする物質・材料の革新的機能の創出」
        (研究総括:玉尾 皓平 理化学研究所 研究顧問/グローバル研究クラスタ長)
   研究課題 「異常原子価および特異配位構造を有する新物質の探索と新機能の探求」
   研究代表者 島川 祐一(京都大学 化学研究所 教授)
   研究期間 平成23年4月〜平成28年3月
 JSTはこの領域で、持続可能な社会の構築のために解決すべき資源・エネルギー・環境問題に元素戦略を共通概念とする物質科学・物性科学の観点から取り組み、既存の延長線上にない物質・材料の革新的機能の創出を目指します。上記研究課題では、ユニークな物質合成手法を駆使することにより、ありふれた3d遷移金属元素を中心に、異常原子価状態と特異な配位構造を持つ新物質の「ものづくり」による革新的機能の開拓を目指した物質創製研究を推進します。


<研究の背景と経緯>
 遷移金属酸化物は、通常の半導体では実現できないような多彩な特性を示し、機能性材料として、広く研究、開発されています。特にペロブスカイト構造酸化物(図1)はさまざまな特性を示すことから、次世代のエレクトロニクススピントロニクス材料として盛んに研究されています。一方、近年、原子レベルでの酸化物作製技術が進歩し、急峻な界面を有する薄膜や異種材料を接合したヘテロ構造を作製することが可能になったことにより、酸化物薄膜の界面やヘテロ構造が新しい物性や機能特性の発現の場として注目されています。このようなペロブスカイト構造遷移金属酸化物薄膜の界面やヘテロ構造が示す機能特性の探求は、将来の高度情報化社会を支える基盤となる重要な研究課題となっています。


<研究の内容>
 研究グループはこれまで、原子レベルで制御した遷移金属酸化物薄膜を作製し、その機能特性を探求するにあたり、特にヘテロ構造中の酸素配位環境に着目して研究を展開してきました。ペロブスカイト構造遷移金属酸化物中の酸素は、結合距離や結合角度の変化を通して、遷移金属のd電子に対する結晶場や磁気相互作用に影響を与えます。そのため酸素の位置などの配位環境は、酸化物の電気特性や磁気特性などの機能特性を決定する要因となります。研究グループは2013年には、球面収差補正された走査型透過電子顕微鏡(STEM)(注4)における環状明視野(ABF)法(注5)を用いてヘテロ構造中の酸素原子の位置を高精度で決定し、酸化物薄膜中の酸素配位環境の微小な変化を検出することに成功しています(R.Aso et al.,Scientific Reports 3,2214(2013).)。今回の研究は、ヘテロ構造薄膜の界面に原子層単位の厚さの酸化物を挿入することで、ヘテロ構造全体にわたる酸素配位環境(遷移金属―酸素間の結合角度)を変調させ、薄膜特性を制御できることを実証したものです。
 酸化物へテロ構造薄膜試料は、パルスレーザー蒸着法(注6)でGdScO3基板の上にCa0.5Sr0.5TiO3とSrRuO3をエピタキシャル成長(注7)させることで作製しました。Ca0.5Sr0.5TiO3層は、薄膜成長時に反射高速電子線回折の回折強度をその場観察することで1−4原子層の厚さに制御しました。作製したヘテロ構造試料をSTEM−ABF法を用いてその断面を観察すると、図2のように、SrRuO3層およびCa0.5Sr0.5TiO3層ともに基板に対して格子整合した状態で成長していることがわかります。さらに、ヘテロ構造に含まれる全原子の正確な位置を決定し、遷移金属と酸素との間の結合角度を評価した結果、GdScO3からSrRuO3へと結晶格子が変化する際に、わずか数原子層厚さのCa0.5Sr0.5TiO3層の界面領域でのみ結合角度が大きく変化することがわかりました。また上部SrRuO3薄膜層中のRu−O−Ru結合角度は、ヘテロ界面での酸素原子の変位に伴うRu−O−Ti結合角度と強く相関していることもみいだしました。例えば、図2に示すように、Ca0.5Sr0.5TiO3を1原子層挟んだ場合には、SrRuO3薄膜のRu−O−Ru結合角度は168度程度とほぼバルク材料と同じ角度ですが、4原子層を挟んだ場合には180度となります。このことは、SrRuO3薄膜層の酸素配位環境が、ヘテロ構造界面に挿入したCa0.5Sr0.5TiO3層で自在に変調できることを意味します(図3)。また、このような酸素配位環境の違いにより、SrRuO3薄膜はほぼ同じ膜厚であるにもかかわらず、異なる磁気異方性を示すことも明らかになりました(図4)。わずか数原子層厚の界面層を挿入して酸素配位環境を変調させる「界面エンジニアリング」により、上部の遷移金属酸化物薄膜の磁気特性を制御することができるわけです。
 今回の研究成果は、遷移金属酸化物ヘテロ構造薄膜の機能特性には、遷移金属に配位する酸素が重要な役割を果たしていることを意味し、界面構造を介して酸素配位環境を変調させる界面エンジニアリングが薄膜の機能特性の制御に有効であることを示しています。これまでにも、ヘテロ構造薄膜の特性が界面構造に依存することは報告されてはいましたが、そのような現象に酸素配位環境が密接に関連していることを明らかにしたのは初めてです。


<今後の展開>
 本研究の成果は、酸化物ヘテロ構造中の酸素配位環境を変調させる界面エンジニアリングにより、酸化物薄膜の特性を制御でき、新たな機能特性の探求につながることを示すものです。本研究でみいだした酸素配位環境の界面エンジニアリングは、SrRuO3に限らず、多くの遷移金属酸化物に適用できる手法です。特に界面での酸素配位環境を変調させることで、これまで見られなかった構造を持つ酸化物を安定化したりすることが可能になると考えられます。このような物質開発手法は、新しい化学組成を持つ物質を合成するような従来の物質探求とは全く異なる新しいアプローチであり、これにより新しい機能の発現も期待されます。将来のエレクトロニクススピントロニクスの分野における新材料の開発にもつながると考えています。


<参考図>

 ※図1〜図4は添付の関連資料を参照


<用語解説>

注1)ぺロブスカイト構造遷移金属酸化物
 化学式ABO3で表され、Bの遷移金属イオンが酸素に囲まれて作る八面体が頂点を共有してつながった結晶構造を持つ酸化物(図1参照)。

注2)ヘテロ構造
 異なる種類や構造の材料を接合させ形成した超構造。

注3)スピントロニクス
 電子を制御して電子機器を制御するエレクトロニクスに加えて、電子の持つスピンにより磁気特性も制御する新しい電子磁気制御技術。

注4)走査型透過電子顕微鏡(Scanning Transmission Electron Microscope:STEM)
 細く集束された電子線を試料上で走査しながら、様々な角度に散乱した透過電子の強度を検出することで、試料の拡大像を観察する電子顕微鏡。像の倍率は、電子を走査する範囲によって決まり、本研究の実験の典型的な倍率は2000万倍程度である。分解能(識別できる最小の間隔)は電子線の直径で決まり、本研究では直径0.1ナノメートル以下の電子線を用いている。また、高速走査STEM像を50枚積算することによって試料ドリフトによる影響を最小化して高いシグナル/ノイズ(S/N)比を実現し、酸素原子を含んだ全ての構成原子の位置を数ピコメートル(1ピコメートルは千分の1ナノメートル)の精度で決定している。

注5)環状明視野(Annular Bright Field:ABF)法
 走査型透過電子顕微鏡を用いて試料を観察する方法の一種で、透過電子近傍に散乱された電子を円環状の検出器で測定する。検出される電子の散乱角度は約0.63から1.32度。この方法の特徴は、直径0.1ナノメートル以下に集束された電子線を用いれば、酸素のように軽い原子も観察できる点にある。

注6)パルスレーザー蒸着法
 ターゲットと呼ばれる酸化物材料にパルス状の高強度のレーザーを照射することで、材料を昇華させ、基板上に堆積させることで薄膜を作製する手法。高品質の酸化物薄膜を作成する際に頻繁に使われる手法である。

注7)エピタキシャル成長
 薄膜成長様式の1つであり、基板の表面の結晶方位に応じて薄膜層が方位をそろえて成長する様式を指す。


<論文タイトル>
 “Tuning magnetic anisotropy by interfacially engineering the oxygen coordination environment in a transition metal oxide”
 (遷移金属酸化物における酸素配位環境の界面エンジニアリングによる磁気異方性の制御)
 Daisuke Kan,Ryotaro Aso,Riko Sato,Mitsutaka Haruta,Hiroki Kurata,and Yuichi Shimakawa
 doi:10.1038/NMAT4580




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