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東大、世界最高速の分子判別法を開発

2016-02-18

世界最高速の分子判別法を開発
〜再生医療、がん診断、バイオ医薬品、バイオ燃料の研究を加速〜


1.発表者:
 井手口拓郎(東京大学大学院理学系研究科附属スペクトル化学研究センター 助教)
 合田圭介(東京大学大学院理学系研究科化学専攻 教授)


2.発表のポイント:
 ◆分子の種類を光で判別する手法(ラマン分光法)は、計測に時間がかかるという問題があった。
 ◆これまでの最速手法に対して20倍以上高速に計測する手法を開発した。
 ◆膨大な細胞集団から単一の細胞を迅速・正確に探し出す計測手法として用いることにより、再生医療、がん診断、バイオ医薬品、バイオ燃料などの研究を加速させることが期待される。


3.発表概要:
 内閣府 総合科学技術・イノベーション会議が主導する革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の合田圭介プログラム・マネージャーの研究開発プログラムの一環として、東京大学大学院理学系研究科の井手口拓郎助教(ImPACTチームリーダー)、合田圭介教授らは、世界最高速の振動分光法(ラマン分光法、注1)を開発しました。
 振動分光法は、観測対象の物質(細胞、薬剤、半導体など)を構成する分子の種類を光により非破壊的に判別する手法として、物理学、化学、生物学、薬学、医学など、分子を対象として扱う分野で広く利用されています。しかしながら、従来の技術では計測にかかる時間が長いことから、計測速度が重要な場面においてその活用は限定的でした。
 本研究グループは、レーザーを用いた光学技術を巧みに操ることにより、これまでの最速手法に対して20倍以上の高速性能を持つ振動分光法を開発しました。
 この技術を膨大な数の細胞集団から単一の細胞を迅速・正確に発見するための計測手法として利用することにより、再生医療の実用化に向けた幹細胞の低侵襲スクリーニング、血液中の希少がん細胞の検出、バイオ医薬品の高効率生産、ユーグレナなどの藻類細胞による高効率バイオ燃料の研究などを加速させることに役立つことが期待されます。
 本研究成果は、2016年2月15日10時(英国時間)にネイチャー・パブリッシング・グループ(NPG)の電子ジャーナル「Scientific Reports」で公開されます。


4.発表内容:

<研究の背景と経緯>
 私たち人間を含む動物や植物などの生き物は、細胞を構成単位として形作られています。それぞれの細胞は異なる個性を持ち、中には病気の原因となるものもあります。膨大な数の細胞集団から病気の原因となるような希少な細胞を発見するためには、細胞を一つずつ、正確かつ高速に計測する必要があります(図1)。
 光を用いた計測技術は正確性と高速性の両特性を兼ね備えるため、上記のような研究に有力な手法です。光を用いて分子の振動状態を観測する手法(振動分光法)は、計測する行為自体が観測対象に悪影響を及ぼさないという特徴を持つため、細胞を殺さずに計測できる手法として注目されています。細胞は多くの分子の集合体であるため、細胞から得られる分子振動の情報を読み解けば、どのような物質が細胞内に存在するのかを知ることができるわけです。しかしながら、振動分光法は計測に要する時間が長いため、高速計測の用途には不向きでした。

<研究の内容>
 東京大学大学院理学系研究科の井手口拓郎助教、合田圭介教授らの研究グループは、最先端レーザー技術を含む光学技術を巧みに利用し、振動分光法の一種であるラマン分光法の世界最高速となる手法を開発しました。極めて短い時間幅を持つレーザー光(フェムト秒パルスレーザー、注2)を用いると、分子の集団的な振動を起こすことができます。分子が振動しているところに別のレーザー光を当てると、その振動の様子を読み取ることができます(コヒーレントラマン分光法、注3、図2)。本研究では、上記二つのレーザー光に時間差を与えて、その時間差を変化させることでたくさんの分子振動情報を読み取る手法(フーリエ変換コヒーレントラマン分光法)の高速化を実現しました(図3)。これにより、1秒間に2万4千回以上の振動分光計測が可能となりました(図4)。この値は、これまでのラマン分光法の最高速手法に対して20倍以上も速いものです。本技術の原理検証実験として、比較的シンプルな分子であるトルエンとベンゼンの混合の時間変化を計測しました(図5)。
 この高速性能の実現のポイントは、従来の高速振動分光法が分光器(注4)を用いていたのに対し、本手法では分光器を用いず、高速に動作する単一の光検出器のみを用いるフーリエ変換分光法注(注5)の技術を用いたことにあります。従来法では分光器の動作速度が計測時間を制限していました。本研究では、フーリエ変換分光法の動作速度を劇的に向上させる光学技術の開発に成功しました。

<今後の展開>
 振動分光法の用途は多岐に渡りますが、本ImPACTプログラムでは、開発した手法を細胞評価のための計測手法として利用します。1回の計測で1個の細胞を評価するサイクルを繰り返し行うことで、1秒間に2万4千個の細胞を評価できます。つまり、1時間強の短時間で1億個の細胞をひとつずつ評価することができます。
 特殊な性質を持つ細胞は膨大な数の細胞集団の中に埋もれています。本研究で開発した高速計測手法を用いて正確かつ高速に一つずつの細胞を評価して希少な目的細胞を探す取り組みを実施します。希少細胞を生きた状態のまま探し当てることは重要です。生きた細胞を取り出すことができれば、別の手法を用いてその細胞の状態をより詳しく調べることができるだけではなく、細胞培養により、数を増やすことも可能です。希少細胞の分身を大量に作製することで、再生医療やバイオ燃料の研究の加速が期待されます(図6)。

 本発表の研究チームメンバーは、東京大学大学院理学系研究科の橋本和樹(修士課程学生)、高橋めぐみ(在籍時修士課程学生)、井手口拓郎(助教)、合田圭介(教授)で構成されています。


5.発表雑誌:
 雑誌名:Scientific Reports(2月15日)
 論文タイトル:Broadband coherent Raman spectroscopy running at 24,000 spectra persecond
 著者:Kazuki Hashimoto,Megumi Takahashi,Takuro Ideguchi*,Keisuke Goda*
 アブストラクトURL:http://www.nature.com/articles/srep21036


■用語解説:

注1)ラマン分光法
 振動分光法の一種。分子に光を当てると、分子の振動の周波数分だけ光の周波数が変化した光が散乱されます。散乱された光を分光することで、分子振動の種類の情報が得られます。

注2)フェムト秒パルスレーザー
 フェムト秒(10-15秒)のスケールの時間幅を持つ光を繰り返し出力するレーザー。

注3)コヒーレントラマン分光
 ラマン分光法の一種。レーザー光を用いて分子の集団的振動状態を作り出すことで、通常のラマン散乱よりも強い散乱を強制的に起こして行う分光法。

注4)分光器
 計測対象の光がどのような周波数(波長)の成分をどの程度の大きさで含んでいるのか(スペクトル)を調べる機器。

注5)フーリエ変換分光法
 単一の光検出器と干渉計を用いて計測した光の干渉波形をフーリエ変換することでスペクトルを得る手法。


■添付資料:

 ※図1〜図6は添付の関連資料を参照




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