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東京農工大など、光誘導による微生物回収技術の開発に成功

2016-02-18

光誘導による微生物回収技術の開発に成功
〜光制御型バイオプロセスの構築をめざして〜


<ポイント>
 ○大腸菌などの遺伝子組換え生物により有用物質を生産するバイオプロセスにおいて、菌体を効率的に回収する方法が切望されている。
 ○合成生物学的アプローチにより、大腸菌に特定の波長の光を認識できる光センシング機能を付与することで、光により細胞を凝集させ、菌体を回収する技術の開発に成功した。
 ○本技術は、シアノバクテリアを含めた他の微生物への応用も可能で、光制御型の新しいバイオプロセスの研究開発がさらに加速することが期待される。


 国立大学法人東京農工大学 大学院工学研究院 生命機能科学部門・グローバルイノベーション研究機構の早出 広司(ソウデ コウジ)教授は、大腸菌に対して、特定の波長の光を照射することにより細胞を凝集させ、沈殿回収する技術の開発に成功しました。
 大腸菌などの遺伝子組換え生物による有用物質の生産は、バイオ医薬品をはじめ、その重要性がますます高まっています。とりわけ、バイオエネルギー関連化合物の生産では、遺伝子組換え菌体を効率的に回収する技術の開発が、それらのバイオプロセス(注1)を実用化する上での鍵とされています。
 本研究グループは、藻類であるシアノバクテリア(注2)が有する、緑色光に反応して遺伝子の発現を制御する緑色光センシング機能(注3)を大腸菌に組み込みました。この緑色光センシング機能を用いて、緑色光を照射して細胞凝集タンパク質の一種を大腸菌の表層に発現させることで、大腸菌を自己凝集させ、容易に菌体を回収することに成功しました。
 この技術は、有用物質を生産させた菌体の回収を容易にするものであり、大腸菌をはじめとしたさまざまな微生物を用いた新しいバイオプロセスの研究開発がさらに加速すると期待されます。
 本研究は、JSTの戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)の一環として行われたものです。
 本研究成果は、英国時間2016年2月15日2時(日本時間2016年2月15日11時)にMicrobial Cell Factories(BioMed Central)のオンライン版で公開される予定です。


 本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
  戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)
   研究領域:「藻類・水圏微生物の機能解明と制御によるバイオエネルギー創成のための基盤技術の創出」
        (研究総括:松永 是 東京農工大学 学長)
   研究課題名:「シアノファクトリの開発(注4)」
   研究代表者:早出 広司(東京農工大学 大学院工学研究院生命機能科学部門・グローバルイノベーション研究機構 教授)
   研究期間:平成23年4月〜平成28年3月

 JSTはこの研究領域で、高い脂質・糖類蓄積能力や多様な炭化水素の産生能力、高い増殖能力を持つものがある藻類・水圏微生物に着目し、これらのポテンシャルを活かした、バイオエネルギー創成のための革新的な基盤技術の創出を目指しています。

 上記研究課題では、海洋シアノバクテリアが持つ優れたバイオ燃料関連化合物生産能力に注目し、その生合成を合成生物学(注5)的アプローチにより設計・制御し、さらに、藻体からの当該化合物の回収プロセスまで一貫して設計した「シアノファクトリ」を開発することを目的としています。


<研究の背景と経緯>
 大腸菌などの遺伝子組換え生物による有用物質の生産は、バイオ医薬品をはじめ、その重要性がますます高まっており、新たな物質を合成するバイオプロセスの確立や、生産性の向上、菌体の回収方法の改善やコストの低減などの技術が望まれていました。
 シアノバクテリアは光合成により多様な物質を生産する能力を有する原核生物です。このような優れた能力に注目し、近年、シアノバクテリアを応用することで、バイオエネルギー関連化合物を生産するバイオプロセスの期待が寄せられています。特に組換えDNA技術を駆使することで、全く新しい機能を有する生物を設計、構築する「合成生物学」のアプローチに基づき、新しい機能を有するシアノバクテリアの開発に世界中がしのぎを削っています。当研究グループではこれまでに、緑色光を照射することにより、シアノバクテリアの遺伝子発現制御を行う新しいシステムの開発、緑色光により自己溶菌を誘導する技術、さらには細胞表面にタンパク質を発現させるシステムを構築しています。これらの技術、システムによって、微生物に、ある物質を別の物質に変換する能力や新たな物質を生産する能力、あるいは自己凝集能力を付与することができれば、全く新しいバイオプロセスが開発できると期待され、シアノバクテリアのみならず、他の原核生物においても有用であると考えられていました。


<研究の内容>
 当研究グループはこれまでにJST CRESTのプロジェクトにおいて、緑色光の照射によって遺伝子の発現を制御するシステムの開発に成功しています。このシステムは、シアノバクテリアが特定の色の光を認識し、それに基づいて遺伝子の発現を制御する緑色光センシング機能を用いたもので、緑色光を感知するセンサータンパク質、センサータンパク質からのシグナルを受け取って活性化する転写因子、活性化した転写因子によって活性化されるプロモーターからなります(図1)。このシステムを用いて、細胞凝集タンパク質の一種である大腸菌由来Antigen43を大腸菌内で組換え発現させました。
 培養液に緑色光を照射すると、上記の緑色光センシング機能によって、遺伝子組換えで導入したAntigen43遺伝子が発現したことが確認されました。これにより生産されたAntigen43タンパク質は、大腸菌細胞の表面に輸送され、お互いを認識して結合します。このため大腸菌が自己凝集をおこして沈殿し、培養液を放置するだけで簡単に菌体を回収できるようになりました。一方、培養液に赤色光を照射した場合は、このような菌体の凝集、沈殿は起こりませんでした(図2)。
 このように合成生物学的アプローチを駆使することにより、特定の色の光を照射するだけで微生物を回収する技術の開発に世界ではじめて成功しました。


<今後の展開>
 本研究成果は、組換えDNA技術によって全く新しい機能を有する生物を設計、構築する「合成生物学」の考え方に基づくものです。大腸菌は原核生物のモデル生物として用いられる生物でもあることから、今回実現に成功した、特定の色の光を当てるだけで菌体が自己凝集するというこの機能、考え方を、シアノバクテリアをはじめとする有用物質を生産する微生物に応用することで、簡単かつ省エネルギーな細胞回収機能を備えた新しいバイオプロセスの開発が急速に進展すると期待されます。


<参考図>

 ※図1・図2は添付の関連資料を参照


<用語解説>

注1)バイオプロセス
 生物の持つ物質生産能力を利用して、目的の物質を製造する一連の工程。化学反応に基づいた一般的な物質生産プロセスに比べると、反応条件が穏やかで環境的負荷が小さく、複雑な化合物でも合成できるという特長がある。

注2)シアノバクテリア
 藍藻(ランソウ)とも呼ばれ、原核生物の微細藻類であり、光合成により生育する。海水や淡水中に多く生息する。光合成により太陽光をエネルギー源として炭酸固定によりさまざまな物質を生産できることから、バイオ燃料関連化合物をはじめとした物質生産の宿主として注目されている。

注3)緑色光センシング機能
 シアノバクテリアが特定の光の波長を認識し、その結果として遺伝子の発現を制御する機能の1つ。一般には二成分制御系と呼ばれる遺伝子発現制御の一種である。緑色光が当たると転写因子を活性化(リン酸化)するセンサータンパク質、そのセンサータンパク質からのシグナルを受けとり活性化される転写因子、活性化された転写因子によって活性化されるプロモーターから成る。

注4)シアノファクトリ
 本研究課題において構築を目指している、シアノバクテリアによるバイオ燃料関連化合物生産システム。1)合成生物学のコンセプトに基づき、増殖・生産・凝集・溶解が光刺激によって制御できる合成情報伝達系が組み込まれた海洋合成シアノバクテリアホスト、2)バイオ燃料関連化合物を海洋合成シアノバクテリアホスト内にて生産するためのバイオ燃料生産合成オペロン、3)バイオ燃料関連化合物生産用の合成オペロンが導入された海洋合成シアノバクテリアホスト藻体から目的バイオ燃料関連化合物を効率的に抽出ためにデザインされたイオン液体、およびイオン液体を用いる抽出プロセスから構成される。

注5)合成生物学
 生物の機能は遺伝子やタンパク質、またそれらが組み合わさってできるネットワークなどによって維持されているが、これら生物機能を構成する要素を「部品」とみなし、これを人工的に組み合わせることで望みの機能を持つ生物をデザインしようとする学問およびその技術。物質生産などへの応用が期待されている。


<参考文献>
 1.“Engineering of a Green−light Inducible Gene Expression System in Synechocystis sp.PCC6803”,Koichi Abe,Kotone Miyake,Mayumi Nakamura,Katsuhiro Kojima,Stefano Ferri,Kazunori Ikebukuro,and Koji Sode,Microb.Biotechnol,2014,7(2),177−183.doi:10.1111/1751−7915.12098.Epub 2013 Dec 12.

 2.“A Green−light Inducible Lytic System for Cyanobacterial Cells”Kotone Miyake,Koichi Abe,Stefano Ferri,Mitsuharu Nakajima,Mayumi Nakamura,Wataru Yoshida,Katsuhiro Kojima,Kazunori Ikebukuro,and Koji Sode,Biotechnol.Biofuels.2014,7(1),56.doi:10.1186/1754−6834−7−56.

 3.“Efficient Surface−display of Autotransporter Proteins in Cyanobacteria”,Stefano Ferri,Mayumi Nakamura,Akiko Ito,Mitsuharu Nakajima,Koichi Abe,Katsuhiro Kojima and Koji Sode,Algal Research,2015,12,337−340.doi:10.1016/j.algal.2015.09.013.


<論文タイトル>
 “Development of a light−regulated cell−recovery system for non−photosynthetic bacteria”
 doi:10.1186/s12934−016−0426−6




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