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東大、大規模なチャネル流を用いた実験で乱流発生の法則を発見

2016-02-18

乱流発生の法則を発見:130年以上の未解決問題にブレークスルー


1. 発表者:佐野 雅己(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 教授)
 玉井 敬一(東京大学大学院理学系研究科物理学専攻 大学院生(博士課程1年))


2. 発表のポイント:
 ◆整った流れ(層流)が乱れた流れ(乱流)に遷移するときに従う普遍法則を実験で見いだした。
 ◆最大級のチャネル実験装置を製作すると同時に、普遍的な法則の検証に必要な新たな測定解析手法を考案したことが発見のポイントだった。
 ◆乱流への遷移の理解は省エネルギーなどに不可欠であるだけでなく、自然界に普遍的に存在する不規則現象の理解に繋がる。


3. 発表概要:
 我々の回りは空気や水などの流体で満ちています。整った流れは層流と呼ばれ、乱れた状態は乱流と呼ばれます。しかし、層流がいつどのようにして乱流に遷移するのか、そこにどんな法則があるのかは、130年以上にわたる未解決問題でした(注1)。流体の方程式が非線形性(注2)のため数学的に解けないことや、実験的にも乱れの与え方にさまざまな可能性があることが理解を阻んできました。今回、東京大学理学系研究科の佐野雅己教授と玉井敬一大学院生は、大規模なチャネル流(注3)を用いた実験を行い、乱流への遷移に普遍的な法則があることを初めて実証しました。実験では、チャネルの入り口から乱れを注入し、流れの速度を変えることで、ある速度(レイノルズ数)を境に、乱れが減衰して層流に戻るか、乱れが全体に広がるかが明確な遷移現象として捉えられ、臨界点では減衰が遅くなるなど複数の特徴的な性質が観測されました。数理モデルの計算との比較から、この遷移現象が疫病の感染や雪崩などの伝播現象を表す普遍的な相転移(注4)と同じ法則に従うことを見いだしました。これにより、関連する周辺分野間の知見が繋がることで、乱流と不規則現象一般に関する理解が進むことが期待されます。


4. 発表内容:
 空気の流れ、水の流れ、血管の中の流れ、惑星表面の大気の流れなど、我々の回りは流体で満ちています。流体の速度が十分遅い場合は一般に、流れは規則的となり、層流と呼ばれます。一方、速度が速くなると流れは乱れ、乱流になります。我々の身の回りに起こる予測できない不規則な現象の多くは、その元をたどれば広い意味での乱流現象が原因といっても過言ではありません(注5)。また、乱流は層流に比べて流れの抵抗が増えるため、エネルギー効率では負の側面を持つ一方、熱や物質を攪拌し混合するという正の側面も持っており、いつどんな条件で乱流が開始するかを予測することは応用面からも重要です。しかし、層流がいつどのようにして乱流に遷移するのか、そこにどんな法則があるのかは、1883年にイギリスの物理学者レイノルズがパイプ流で初めて乱流を研究してから130年以上にわたり未解決の問題でした。
 例えば、チャネルの中の流れについては、線形理論では(注2)、かなり大きな速度(レイノルズ数(注6)でおよそ5770)までは、層流が安定であると予測されているのにもかかわらず、実験ではそれよりもはるかに小さな速度(レイノルズ数で1000以下)で乱流になることが以前から知られていました。パイプの中の流れではさらに顕著で、線形理論では、パイプ流は無限大の速度(レイノルズ数無限大)まで層流が安定であることが予測されていますが、実際にはレイノルズ数2000程度で乱流が発生します。このことは他の形状の流れでも同様で、層流が乱流になるためには、一定以上の大きな振幅の外乱を加える必要があります。大きな振幅に対しては、流体方程式の持つ非線形性が顕わになるため数学的に解くことは現在のところ不可能であり、この難問に過去に多くの著名な物理学者が挑戦して破れてきた歴史があります(注1)。また、現代のスーパーコンピューターをもってしても、乱流への遷移を調べるためには、大規模な計算を長時間行う必要があり、乱流遷移はシミュレーションが実験を凌駕できない現象の一つとなっています。
 今回、東京大学理学系研究科の佐野雅己教授と玉井敬一大学院生は、これまでで最大級のチャネル実験装置を製作し、上流で外乱を一様に与えて観測を行うとともに、統計的な法則を明らかにするための新たな解析方法を考案しました。その結果、乱流への遷移が明確に定義できること、その遷移は普遍的な法則に従うことを発見しました。
実験では、チャネルの入り口から乱流状態の流れを注入し、その乱れが下流に流れるに従って減衰するのか、あるいはチャネル内に広がるのかを調べる手法が考案されました。流速(レイノルズ数)が小さい場合には、注入された乱れは直ちに減衰し、流れは単純な層流になります。速度を上げていくと、一様な乱れの中に局在した乱流スポット(注7)が現れ、この乱流スポットが流れとともに分裂したり消滅したりを繰り返す現象が見られます。さらに速度を上げると、乱流スポットは分裂や伸張を始め、やがてチャネル全体に乱流が広がった状態になります。この時、十分下流の地点で観測すると、最終的に層流状態が観測されるのか、あるいは乱流状態が観測されるのかは、あるレイノルズ数で明確に分かれることがこの実験で明らかになりました。その臨界のレイノルズ数の近くでは、空間的にも時間的にも不規則で、まだらに乱れた状態(時空間欠性)を経て乱流に至ります。このまだらに乱れた状態をどう測るかがポイントでした。
 本発表者等は、流れの可視化の技術(注8)を用い、流体の膨大な時空間データの解析から乱流遷移の法則を表す物理量を測定する手法を開発しました。図1は、チャネル流の一部を可視化した図を示しており、一様な層流中に乱流スポットが見えます。乱流スポットが空間を占める割合(乱流割合)を測定し、その空間依存性を調べること、さらには、測定場所を固定して乱流スポットが通過する時間間隔などを測定することで、相転移と類似した複数の現象を見いだしました。その現象とは、臨界点に近づくに従い、乱流割合の空間的な減衰が遅くなり、ついには減衰せずに乱流割合が一定値だけ残る現象や、定点観測ではレイノルズ数を下げてゆくと、乱流スポットが到達する時間間隔が臨界点に近づくにつれ発散する現象です。これらは、いずれも相転移で見られる相関長の発散という現象に対応し、その発散の仕方から臨界指数と呼ばれる量を得ることができます。実験で得られた独立な3つの臨界指数は、いずれも有向浸透現象(有向パーコレーション)(注9)と呼ばれる相転移現象で理論的に予測されている臨界指数と良く一致することが分かりました。加えて、発表者等は、「乱流への遷移が有向浸透現象である」との仮説に基づき、単純化した数理モデルをチャネル流に見立て、入り口で境界条件を活性化し、流れを加えるシミュレーションを行いました。その結果、チャネル流の実験で採用した測定と解析の手法が正しく臨界指数を与えることを確認しました。以上の証拠から、乱流への遷移が、普遍的な相転移と同じ法則に従うことを示しました。
 乱流遷移が普遍的な相転移現象であるという実験結果は、今後、従来の枠を超えた新しい理論の発展を促すとともに、周辺のさまざまの分野で見られる不規則現象一般に対する理解を進展させることが期待されます。


5. 発表雑誌
 雑誌名:「Nature Physics」(オンライン版の場合:2月15日)
 論文タイトル:A universal transition to turbulence in channel flow
 著者:Masaki Sano(*),Keiichi Tamai
 DOI番号:10.1038/NPHYS3659


 ※用語解説・図1〜4は添付の関連資料を参照



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