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理研と千葉大など、レアアース系高温超伝導ワイヤを使用したNMR装置を開発

2016-01-14

コンパクト超高磁場NMRの実現へ
レアアース系高温超伝導ワイヤを使用したNMR装置を開発−


■要旨
 理化学研究所(理研)ライフサイエンス技術基盤研究センターNMR施設の柳澤吉紀基礎科学特別研究員、前田秀明施設長と、ジャパンスーパーコンダクタテクノロジー株式会社、物質・材料研究機構、株式会社JEOL RESONANCE(日本電子株式会社の連結子会社)、千葉大学の共同研究グループ(※)は、レアアース[1]系高温超伝導ワイヤ[2]を用いた核磁気共鳴(NMR)[3]装置を開発し、タンパク質試料のNMR測定に成功しました。これにより、極めてコンパクトな超高磁場NMR装置の実現が期待できます。

 NMRは、磁場を利用して物質の構造を調べる分析装置で、タンパク質などの生体高分子の立体構造解析や材料研究など幅広い分野で使用されています。NMRは磁場が高くなるほど感度と分解能が向上するため、高磁場を発生させるために超伝導ワイヤをコイルに巻いて電磁石を作製し、低温で超伝導電流を流します。高温超伝導ワイヤは、液体ヘリウム(−269℃)よりも高温の液体窒素(−196℃)で超伝導状態になり、さらに液体ヘリウム温度まで冷却すると、従来の超伝導ワイヤよりも高い磁場で大きな超伝導電流を流すことができます。なかでも、レアアース系高温超伝導ワイヤは強靭な機械的強度を持つため、コンパクトな磁石[4]で超高磁場を発生できます。共同研究グループはこれまで、レアアース系高温超伝導ワイヤをNMRに応用するために、軟らかいパラフィンワックス[5]をコイル全体に浸透させて冷却による劣化を防ぐ製作法を確立するなど、新技術の開発を進めてきました。しかし、レアアース系高温超伝導ワイヤには、ワイヤの持つ大きな磁性により磁場が乱れ、NMRに必要なレベルの均一な磁場[6](不均一成分が中心磁場の1億分の1以下)が得られないという根本的な問題が残されていました。

 共同研究グループは、小さな鉄片を試料の周りに置くことで、均一な磁場空間を作る超精密磁場発生手法を開発しました。これを用いてレアアース系高温超伝導ワイヤのコイルを用いた400メガヘルツ(MHz、メガ=100万、ヘルツは周波数)のNMR装置を製作し、タンパク質試料の高分解能NMR測定に成功しました。

 今回確立した超精密磁場発生手法は、今後のコンパクト超高磁場NMR開発に不可欠な要素技術となるものです。レアアース系高温超伝導コイルを中心にした磁石の実証が成功したことで、現在の世界最高記録である1,020MHzを上回る超高磁場でありながら極めてコンパクトなNMR装置の実現が期待できます。このような超高磁場NMRが実現すれば、主要な創薬ターゲットである膜タンパク質[7]の理解が進み創薬に大きく貢献するとともに、二次電池[8]の素材や量子ドット[9]などの先端材料開発の加速が期待できます。

 この研究は科学技術振興機構(JST)の研究成果展開事業戦略的イノベーション創出推進プログラム(S−イノベ)における研究課題「高温超伝導材料を利用した次世代NMR技術の開発」により行われたものです。本研究成果は米国の科学雑誌『Journal of Magnetic Resonance』に掲載されるのに先立ち、オンライン版(1月7日付け、日本時間1月8日)に掲載されます。


※共同研究グループ

 理化学研究所 ライフサイエンス技術基盤研究センター
 構造・合成生物学部門 NMR施設
 施設長 前田 秀明(まえだ ひであき)
 基礎科学特別研究員 柳澤 吉紀(やなぎさわ よしのり)

 ジャパンスーパーコンダクタテクノロジー株式会社
 CTO 濱田 衞(はまだ まもる)

 物質・材料研究機構 環境・エネルギー材料部門
 超伝導線材ユニット マグネット開発グループ
 主幹研究員 松本 真治(まつもと しんじ)

 株式会社 JEOL RESONANCE
 取締役 末松 浩人(すえまつ ひろと)

 千葉大学大学院工学研究科
 教授 中込 秀樹(なかごめ ひでき)


■背景
 核磁気共鳴(NMR)装置は、磁場を利用して物質の構造を調べる分析装置で、タンパク質などの生体高分子の立体構造解析や材料研究など幅広い分野で使用されています。NMRは磁場が高くなるほど感度と分解能が向上するため、高磁場を発生させるために超伝導ワイヤをコイルに巻いて電磁石を作製し、低温で超伝導電流を流します。現在、広く実用化されている超伝導ワイヤは、液体ヘリウム温度(−269℃)で超伝導状態になる低温超伝導材料を応用したものです。この低温超伝導ワイヤは、1,000メガヘルツ(MHz、メガ=100万、ヘルツは周波数)を超える磁場の中では超伝導の性質が失われてしまうため、発生する磁場は1,000MHzが上限です。一方、液体窒素温度(−196℃)で超伝導状態になる高温超伝導材料を液体ヘリウム温度まで冷却すると、原理的には2,000MHz級の超高磁場中でも使用できるため、1,000MHzという従来の上限を突破できます。また、レアアース系高温超伝導材料のワイヤは強度が非常に高いという特性があります。これらの特性を持つレアアース系の高温超伝導ワイヤを利用すれば、現在の世界最高記録である1,020MHz(注1)を大きく上回る超高磁場で、極めてコンパクトなNMR装置が実現できると期待されています(図1)。

 注1)平成27年7月1日プレスリリース「世界最高磁場のNMR装置(1020MHz)の開発に成功」

 共同研究グループが試験コイルと実際のNMRで検証を行った結果、レアアース系高温超伝導ワイヤを用いた磁石には、〔1〕冷却により歪みが生じるため超伝導特性が劣化する(注2)(2010年)、〔2〕ワイヤの大きな磁性により磁場が乱れ、NMRに必要なレベルの均一な磁場(不均一成分が中心磁場の1億分の1以下)を発生できない(注3)(2014年)、といった大きな2つの課題があることが分かりました。レアアース系高温超伝導ワイヤを使用した超高磁場NMR装置の開発は、米国や欧州のグループ、製造メーカーも構想を描いていたものだったため、これらの報告は衝撃を与えました。
 〔1〕については、テープ型のワイヤをコイルに巻いて固定する際、通常用いられる硬いポリマーでコイルを固めると、コイルを冷却するときの歪みによりワイヤの多層構造が剥離することが原因と判明しました。そこで共同研究グループは、軟らかいパラフィンワックスをコイル全体に浸透させることで、冷却による多層構造の剥離を防ぎ、超伝導特性を劣化させない製作法を確立することで、この課題を解決しました(注2)。一方、〔2〕はレアアース系高温超伝導ワイヤの根本的な課題として残されたままでした。

 注2)T.Takematsu,R. Hu,T.Takao,Y. Yanagisawa,H.Nakagome,D.Uglietti,T.Kiyoshi,M.Takahashi,and H.Maeda,Degradation of the performance of a YBCO−coated conductor double pancake coil due to epoxy impregnation,Physica C,470,674−677(2010)doi:10.1016/j.physc.2010.06.009


 注3)Y.Yanagisawa,R.Piao,S.Iguchi,H.Nakagome,T.Takao,K.Kominato,M.Hamada,S.Matsumoto,H.Suematsu,X.Jin,M.Takahashi,T.Yamazaki,and H.Maeda,Operation of a 400 MHz NMR magnet using a(RE:Rare Earth)Ba2Cu3O7−x high−temperature superconducting coil:Towards an ultra−compact super−high field NMR spectrometer operated beyond 1 GHz, Journal of Magnetic Resonance,249,38−48(2014)doi:10.1016/j.jmr.2014.10.006


■研究手法と成果
 レアアース系高温超伝導ワイヤは、厚さ1マイクロメートル(μm、1μm=100万分の1メートル)で幅数ミリメートルの超伝導薄膜を含む多層のテープ形状をしています(図2a)。この形状に起因してワイヤが非常に大きな磁性を持つため、コイル内部の磁場の分布を乱すことが分かっていました(注3)。共同研究グループは、試料の近くに強磁性材料を設置することで、磁場の空間的な不均一性を効果的に打ち消す方法で、この課題を解決しました。これは磁気共鳴画像装置(MRI)で用いられている「鉄シム」[10]と同じ考え方です。MRIでは、人間が入れる大きな室温空間の中に数十個の鉄片を最適化計算の結果をもとに複雑に配置しています。しかし、NMRでは試料を入れる室温空間が狭く(直径約5cm)、必要な磁場均一度もMRIより数桁高いため、この方法での問題解決は困難です。そこで共同研究グループは、これまでの常識的な多数鉄片の最適化方式とは逆のアプローチを取りました。それは、少数の鉄シートのサイズや位置を調整することで、狙った磁場不均一性を打ち消そうというものです。実際に、たった6個の小さな鉄シート(図2c)を試料近くのわずか1mmの隙間に並べ、さらに銅コイルによって磁場分布の微調整をすることで、最適化計算や複雑な配置なしに課題を解決できました。

 この工夫を施すことにより、レアアース系高温超伝導ワイヤで巻いたコイル(図2a)を組み込んだ400MHzのNMR装置(図2b)の開発が実現しました。開発したNMR装置でタンパク質の溶液試料を測定したところ、試料空間内の磁場の不均一性が10億分の1レベルとなり(図3)高分解能NMR測定に成功しました(図4)。レアアース系高温超伝導ワイヤを用いた磁石での高分解能NMR測定は世界初のことです。


■今後の期待
 今回の成果は、1,200〜1,300MHz級の超高磁場NMR開発へ向けた1つのブレークスルーであり、少数の鉄シートを用いた超精密磁場発生手法は、今後のコンパクト超高磁場NMR開発に不可欠な要素技術となるものです。現在の世界最高磁場である1,020MHz NMRは、低温超伝導ワイヤとビスマス系高温超伝導ワイヤを組み合わせた磁石を用いており、コイルの重量だけで4トンになります。一方、今回開発したレアアース系高温超伝導コイルを中心にした磁石を用いれば、1,300MHz級のコイル重量は1〜2トンに収まると試算されており、極めてコンパクトな超高磁場NMR装置が実現できます。

 これにより、主要な創薬ターゲットである膜タンパク質の理解が進み創薬に大きく貢献するとともに、二次電池の素材や量子ドットなどの先端材料開発の加速が期待できます。


■原論文情報
 ・R.Piao,S.Iguchi,M.Hamada,S.Matsumoto,H.Suematsu,A.T.Saito,J.Li,H.Nakagome,T.Takao,M.Takahashi,H.Maeda,and Y.Yanagisawa,"High resolution NMR measurements using a 400 MHz NMR with an(RE)Ba2Cu3O7−x high−temperature superconducting inner coil:Towards a compact super−high−field NMR."Journal of Magnetic Resonance,DOI:10.1016/j.jmr.2015.11.015


■発表者
 理化学研究所
 ライフサイエンス技術基盤研究センター(http://www.riken.jp/research/labs/clst/) 構造・合成生物学部門(http://www.riken.jp/research/labs/clst/struct_synth_biol/) NMR施設(http://www.riken.jp/research/labs/clst/struct_synth_biol/nmr/
 施設長 前田 秀明
 基礎科学特別研究員 柳澤 吉紀


 *補足説明・図1〜4は添付の関連資料を参照



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