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京大など、座布団型分子でペロブスカイト太陽電池の高効率化に成功
座布団型分子でペロブスカイト太陽電池の高効率化を実現
〜光電変換効率、従来材料比 20%増〜
■ポイント
>これまでペロブスカイト太陽電池に用いられる有機半導体は、従来材料を越える性能を示す材料が開発できておらず、製造コストが極めて高い従来材料(Spiro−OMeTAD)が標準材料として用いられていた。
>座布団型の構造をもつ独自の有機半導体材料(HND−Azulene)を新たに開発し、これをペロブスカイト太陽電池のp型バッファ層材料に用いることで、太陽電池の性能を著しく向上させることに成功した(光電変換効率:従来材料比1.2倍に向上、16.5%を達成)。
>開発した新材料(HND−Azulene)は、簡便な合成法により、従来の材料に比べても安価に製造することが可能であり、ペロブスカイト太陽電池の高効率化と低コスト化の両面から本太陽電池の実用化研究が加速するものと期待される。
京都大学 化学研究所の若宮淳志 准教授、大学院生の西村秀隆 氏、嶋崎 愛 氏(研究員)、村田靖次郎 教授らは、大阪大学の佐伯昭紀 准教授、大学院生の石田直輝氏および米国ボストンカレッジのローレンス スコット 名誉教授との共同研究として、独自に設計した座布団型の構造をもつ革新的な有機半導体材料を開発し、これをp型バッファ層に用いることでペロブスカイト太陽電池の光電変換効率を著しく向上させることに成功しました。
本研究成果は、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」誌のオンライン速報版に平成27年12月10日に掲載されました。
ペロブスカイト太陽電池は、材料を基板やフィルムに塗る「印刷技術」により作製でき、従来の太陽電池に比べて製造コストを大幅に下げることが可能な新たな太陽電池として世界中で急速に注目を集めています。2012年以降、その光電変換効率は驚異的な速さで向上し、実用化への期待も高まっています。
これまでは、主に光吸収材料であるペロブスカイト層の作製法の改良により光電変換効率が向上してきました。その一方で、光により生成した電荷をペロブスカイト層から取り出すためのバッファ層材料については、優れた特性を示す材料は限られており、Spiro−OMeTADとよばれる製造コストが極めて高い有機半導体材料が、依然標準材料として用いられている状況でした。そのため、製造コストが安く、より優れた特性を示す有機半導体材料をいかに開発できるかが、本太陽電池の実用化への重要課題の一つとなっていました。
今回、「二次元(シート状)に骨格を拡張して座布団型の構造をもたせる」という独自の分子設計に基づいて、塗布型の有機半導体材料(HND−Azulene)を新たに開発しました。これをペロブスカイト太陽電池のp型バッファ層に用いることで、従来の球状の分子である標準材料(Spiro−OMeTAD)を用いた場合に比べても、最大で1.2倍の光電変換効率の向上を実現し、16.5%の光電変換効率を得ることに成功しました(図1)。本成果により、安価で優れた特性を示す有機半導体材料の開発に道が拓かれ、ペロブスカイト太陽電池の実用化が加速するものと期待されます。
※図1は添付の関連資料を参照
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
(1)革新的イノベーション創出プログラム(COI STREAM)拠点
(国立研究開発法人科学技術振興機構)
「活力ある生涯のためのLast 5X イノベーション」
(プロジェクトリーダー:野村 剛 パナソニックプロダクションエンジニアリング株式会社 特別顧問)
研究課題名:「ワイヤレス電源技術の開発」
研究者:若宮 淳志(京都大学 化学研究所 准教授)
研究期間:平成25年度〜平成33年度
(2)戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
(国立研究開発法人科学技術振興機構)
研究領域:「太陽光と光電変換機能」
(研究総括:早瀬 修二 九州工業大学 大学院生命体工学研究科 教授)
研究課題名:「DFT計算を駆使したπ軌道の精密制御に基づく有機色素材料の開発」
研究者:若宮 淳志(京都大学 化学研究所 准教授)
研究期間:平成22年10月〜平成28年3月
研究課題名:「マイクロ波法によりドナー・アクセプター系薄膜中の光誘起電荷ナノダイナミクス」
研究者:佐伯 昭紀(大阪大学 大学院工学研究科 准教授)
研究期間:平成21年10月〜平成25年3月
なお、本研究の一部は、「太陽光と光電変換機能」研究領域における平成25年度の「成果結集プロジェクト」としても支援を受けました。
(3)戦略的創造研究推進事業 ERATO(国立研究開発法人科学技術振興機構)
「伊丹分子ナノカーボンプロジェクト」(研究総括:伊丹健一郎 名古屋大学
トランスフォーマティブ生命分子研究所 拠点長 教授)
研究課題名:「分子ナノカーボンの太陽電池素子への応用」
研究者:若宮 淳志(京都大学 化学研究所 准教授)
研究期間:平成25年度〜平成30年度
[1]研究の背景とこれまでの研究の問題点
図2に示すように、「ペロブスカイト太陽電池」は、CH3NH3PbI3などのハライド系ペロブスカイト半導体の光吸収層をp型およびn型の半導体 注1)のバッファ層で挟んだ構造となっています。発電原理としては、ペロブスカイト層で太陽光を吸収することにより電荷(正孔と電子)が生成し、これらがp型およびn型のバッファ層を介して選択的に各電極に回収されることにより発電します。
これまでは、主に、光吸収材料であるペロブスカイト層の作製法の改良により、光電変換効率が向上してきました。その一方で、ペロブスカイト層で生成した電荷(正孔と電子)を選択的に取り出し各電極へ運ぶための半導体材料については、国内外で活発に開発研究が行われているにもかかわらず、従来の材料を凌駕する性能を示す材料がほとんどなく、製造コストが極めて高いSpiro−OMeTADという有機半導体材料が標準材料として用いられている状況にありました。
※図2は添付の関連資料を参照
[2]成果の要点
本研究では、分子が「座布団型構造」をもつように二次元的に骨格を拡張した有機半導体材料を設計・開発しました。具体的には、同研究グループがこれまでに高い正孔輸送特性を発現する骨格として独自に開発してきた「準平面構造をもつ骨格」(HND) 注2)を、アズレン骨格のまわりに4つ導入したHND−Azuleneであります(図3)。この材料を用いてペロブスカイト太陽電池を作製したところ、従来材料(Spiro−OMeTAD)の光電変換効率13.6%に比べて1.2倍も効率が向上することを見出し、16.5%の光電変換効率を得ることに成功しました。本研究成果では、以下の点が特徴として挙げられます。
※図3は添付の関連資料を参照
1)より低コストでの材料の製造が可能
本太陽電池において、従来の標準材料として用いられている材料(Spiro−OMeTAD)は、複雑な合成ルートのため、製造コストが極めて高いことが問題でした。本材料では、「分子内芳香族求核置換反応」、「アズレンの選択的ホウ素化反応」および、「鈴木−宮浦クロスカップリング反応」を組み合わせた独自の合成ルートにより、簡便かつ安価に製造することが可能であります。すでに、本材料の製造・販売について国内企業との共同研究を開始しており、一年以内に販売を開始する予定です。
2)座布団型構造に起因した「優れた電荷回収能力」をもつ
バッファ層に用いる材料として、光吸収によりペロブスカイト層で生成する電荷をいかに効率的に回収できるかが重要な特性の一つであります。ペロブスカイト層の上に作製した有機半導体材料を塗布したサンプルに対して、マイクロ波を用いた移動度測定(TRMC測定) 注3)を行い、有機半導体材料の電荷回収能力を評価したところ、従来の球状の分子(Spiro−OMeTAD)に比べて、新しく開発した座布団型分子(HND−Azulene)の方が、より効果的に正孔を回収できることを見出しました(図4)。これは、座布団型の構造にすることで、有機半導体分子が、ペロブスカイト層の上に「寝た」状態で配向し、効果的にペロブスカイト層から電荷を回収することが可能になったと考えられます(図5)。
※図4・5は添付の関連資料を参照
3)より高い電荷輸送特性を実現
より高い電荷輸送特性をもつことは半導体材料として必要不可欠な特性であります。本研究では、新たに開発した有機半導体材料に対して、マイクロ波を用いた電荷移動度測定(TRMC測定) 注3)を行い、新しく開発した分子(HND−Azulene)が従来材料(Spiro−OMeTAD)に比べても、約3倍高い電荷移動特性を示すことを明らかにしました。さらに、本材料では、酸化剤をドーピングするにより、その移動度はさらに5倍以上も向上することを見出しました。
4)ペロブスカイト太陽電池の光電変換効率を1.2倍に向上
これまでの研究から、ペロブスカイト太陽電池の性能は、作製するペロブスカイト層の「質」など様々な要因に依存することが知られています。これまでに同グループでは、二段階溶液法を用いたペロブスカイト層の作製法を最適化し、これにより高効率な太陽電池を再現性よく作製出来ることを見出しております 注4)。本研究では、この作製手法を用いてペロブスカイト太陽電池を作製し、その特性を詳細に比較検討することにより、有機半導体材料がペロブスカイト太陽電池特性に及ぼす効果を評価しました。その結果、従来のSpiro−OMeTADをp型バッファ層に用いた場合は光電変換効率が13.6%(短絡電流密度21.0mA/cm2、開放電圧 0.96V、曲線因子 0.68)であったのに対して、HND−Azuleneを用いると15.7%(短絡電流密度 20.7mA/cm2、開放電圧 1.04V、曲線因子 0.73)と光電変換効率は1.15倍に増加しました。特に、本材料を用いることで、開放電圧と曲線因子が向上しており、従来材料を凌駕する太陽電池特性が得られることを確認しました。これは、HND−Azuleneが優れた電荷回収能力と電荷輸送特性をあわせもつことに起因していると考えられます。
最近、より平坦で緻密なペロブスカイト層が作製できる手法として、溶媒効果を利用した一段階での溶液法が報告されています。そこで、本手法を用いて太陽電池を作製したところ、HND−Azuleneをp型バッファ層に用いた場合で、さらに太陽電池特性が向上し、16.5%の光電変換効率(短絡電流密度 21.7mA/cm2、開放電圧 1.08V、曲線因子 0.71)を得ることに成功しました。当研究グループでは、まだ一段階溶液法でのペロブスカイト作製法の最適化が進んでいないことを考慮すると、この結果は本材料が著しく高い性能をもつことを示すものであり、今後、さらに高い光電変換効率が実現できるものと期待できます。
5)有機半導体材料の設計指針を提唱
本研究では、Spiro−OMeTADとHND−Azuleneをはじめ一連の有機半導体材料の基礎特性とそれらを用いた太陽電池の特性を詳細に比較検討することで、ペロブスカイト太陽電池の高効率化に必要な有機半導体材料の特性とその分子設計指針を明確に示しております。今後、これに基づいて有機半導体材料開発を進めることで、ペロブスカイト太陽電池のさらなる高効率化が実現できるものと期待できます。
[3]今後の展開
以上、本研究において、長らく標準材料として用いられてきた従来材料を凌駕する特性を示す有機半導体材料の開発に成功しました。本成果は、これまでペロブスカイト太陽電池研究におけるボトルネックの一つであった「安価で優れた性能を発揮する塗布型の有機半導体材料開発」に道を拓くものであります。
今後、本研究で提唱した分子設計指針に基づいて、さらに優れた特性を示す有機半導体材料を目指した開発研究が活発化し、ペロブスカイト太陽電池のさらなる高効率化と低コスト化が進むことで、本太陽電池の実用化が加速するものと期待されます。
※用語解説は添付の関連資料を参照