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東大など、次世代デバイス開発の扉を開く電子構造を発見

2015-12-11

「次世代デバイス開発の扉を開く電子構造を発見
〜トポロジカルな舞台での「強相関スピントロニクス」時代の幕開けへ〜」


1.発表者
 近藤 猛(東京大学物性研究所 附属極限コヒーレント光科学研究センター 准教授)
 中山 充大(東京大学大学院新領域創成科学研究科 博士課程1年)
 松波 雅治(豊田工業大学物質工学分野エネルギー材料 准教授)
 木村 真一(大阪大学大学院生命機能研究科 生命機能専攻 教授)
 小野 寛太(高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 准教授)
 組頭 広志(高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 教授)
 中辻 知(東京大学物性研究所 新物質科学研究部門 准教授)
 辛 埴(東京大学物性研究所 附属極限コヒーレント光科学研究センター 教授)


2.発表のポイント
 ・強い電子相関(強相関、注1)を兼ね備えて発現するトポロジカル絶縁体(注2)やワイル半金属(注3)の母体電子構造を発見。
 ・放射光を用いた光電子分光(注4)による運動量空間(フェルミ海、注5)全域測定に基づく。
 ・理論予想を裏付ける特異な電子構造の発見であり、次世代デバイス開発への鍵となる「強相関スピントロニクス」の飛躍的進展が期待される。


3.発表概要
 シリコンデバイスの微細化と性能限界の問題が目前になり、次世代デバイスの台頭が待たれています。電子の自由度の1つである電荷を操る「エレクトロニクス」で繁栄した人類をさらに飛躍させる未来型デバイス開発の鍵として、電子が持つもう1つの性質であるスピンをも制御する「スピントロニクス」が注目されています。しかしながら、一般的な物質では、そのスピンの回転軸の向きと電子の運動する方向とは無関係でばらばらであるため、デバイス応用に困難を伴います。一方、近年発見された「トポロジカル絶縁体(2007年発見)」や「ワイル半金属(今年発見)」と呼ばれる新奇物質群では、電子の運動方向に付随してスピンの向きが自発的に決まる、つまりスピンの向きが揃った状態である純スピン流が流れており、その特性を活かすデバイス応用が期待されています。
 東京大学物性研究所の近藤猛准教授、中辻知准教授、辛埴教授らの研究グループは、既存のトポロジカル絶縁体やワイル半金属と、電子同士の強い相互作用(強相関)を組み合わせることで、更なる新機能を持たせる物質開発に着手しています。今回、豊田工業大学物質工学分野の松波雅治准教授、大阪大学大学院生命機能研究科の木村真一教授,高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所の小野寛太准教授、組頭広志教授らと共同で、その未踏の物質開発の扉を開く電子状態を、イリジウム酸化物(注6)で発見しました。本来は反発し合う荒くれ者である強相関電子たちを手なずける指針が整ったことで、新奇なトポロジカル状態を舞台とする「強相関スピントロニクス」の新時代到来が期待されます。
 この研究成果は、Nature Communications誌(12月7日午前10時:日本時間12月7日午後7時)に掲載されます。


4.発表内容
 これまでの新物質開発は、主に2つの観点から取り組まれてきました。一つは、強い電子相関を基軸に発現させる物性で、最たるものは高温超伝導や、巨大磁気抵抗効果などがあり、現在も物性物理分野の中心的課題です。もう一つは、強いスピン−軌道相互作用に起因する電子物性で、最近のトポロジカル絶縁体やワイル半金属の発見を機に、現在猛烈な勢いで世界的研究が行われています。本研究で対象としたイリジウム酸化物は、この2つを兼ね備える性質を持つため、次なるターゲットとなる新しい研究分野です。
 本研究グループは、あらゆる波長(色)の光が束となった放射光を利用する光電子分光法によって、イリジウム酸化物内の電子を運動量空間(フェルミ海)で隈無く探索しました。その結果、フェルミ海の中心一点でのみ海面に顔を出す放物型の電子構造(注7)を発見しました(図1)。これはトポロジカル理論を駆り立てる宝庫とも言える構造で、そこに歪みを加えて空間対称性(注8)を破ればトポロジカル絶縁体に、また、磁場を加えて時間対称性(注9)を破ればワイル半金属に変化するなど、純スピン流を流す様々な量子現象を発現させる上での起点となる母体となる電子状態です(図1)。この成果は、最近急速に理論研究が進展する中、実験による検証が欠如していたため、強く待ち望まれていました。理論予想を裏付ける特異な電子構造が今回発見されたことで、「強相関スピントロニクス」時代の幕開けに向けて、強相関かつトポロジカルな物質群を対象とする研究が、理論と実験の両面から加速することが今後期待されます。

 なお、本研究は、国家課題対応型研究開発推進事業「光・量子融合連携研究開発プログラム」における研究課題「極限レーザーと先端放射光技術の融合による軟X線物性科学の創成」(研究代表者:辛埴)、及び、JST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)の「新物質科学と元素戦略」研究領域(研究総括:細野 秀雄 東京工業大学 フロンティア研究センター/応用セラミックス研究所 教授)における研究課題「スピンのナノ立体構造制御による革新的電子機能物質の創製」(研究代表者:中辻 知)からの支援のもと行われました。また、日本学術振興会の戦略的国際研究交流推進事業「頭脳循環を加速する戦略的国際研究ネットワーク推進プログラム」における事業課題「新奇量子物質が生み出すトポロジカル現象の先導的研究ネットワーク」(主担当者:瀧川仁 東京大学物性研究所 所長)の助成を通して、海外の研究者との交流により研究指針を展開させていった中で得られたものです。


■共同研究者
 石川 洵(東京大学大学院新領域創成科学研究科 博士課程3年)
 山本 貴士(東京大学物性研究所 附属極限コヒーレント光科学研究センター 特任研究員)
 大田 由一(東京大学物性研究所 附属極限コヒーレント光科学研究センター 特任研究員)
 石田 行章(東京大学物性研究所 附属極限コヒーレント光科学研究センター 助教)
 山本 遇哲(東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 博士課程3年)
井波 暢人(高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所 助教)


■発表雑誌
 雑誌名:『Nature Communications』(2015)12月7日(月)
 論文タイトル:“Quadratic Fermi Node in a 3D Strongly Correlated Semimetal”
 著者:Takeshi Kondo,M.Nakayama,R.Chen,J.J.Ishikawa,E.−G.Moon,H.Kanai,Y.Nakashima,T.Yamamoto,Y.Ota,W.Malaeb,Y.Ishida,R.Yoshida,H.Yamamoto,M.Matsunami,S.Kimura,N.Inami,K.Ono,H.Kumigashira,S.Nakatsuji,L.Balents,and S.Shin


■用語解説
 (注1)電子相関
  マイナス電荷を持つ物質内電子たちが、クーロン反発でお互いに力を影響し合う関係。機敏に電子が動く一般的な金属では、各電子の周りから他の電子がクーロン反発を逃れて動き、プラス電荷を持つ残った原子核に電子は瞬時に取り囲まれる。この遮蔽によって、周囲へ及ぼすクーロン力を弱めた電子は、あたかも孤立した自由粒子のように振る舞う。一方、遷移金属や希土類で構成される物質内の電子は、特定の軌道に運動が制限されて遮蔽が不完全となる。その結果、電子同士のクーロン反発が無視できなくなり、強い電子相関が生じる。

 (注2)トポロジカル絶縁体
  物質内部は絶縁体で電気を通さないが、表面は電気を通す物質である。幾何学的(トポロジー)概念を用いてその電子状態が記述分類されるためトポロジカル絶縁体と呼ばれる。2005年に理論的提唱がなされ、2007年に実験で確認された。トポロジカル絶縁体の伝導表面では、電子スピンの向きが運動方向に対して垂直に固定されるため、スピン流が流れる。しかも、相対論的粒子として質量ゼロで伝導し、かつ不純物に邪魔されにくい性質を持つため、超高速かつ低消費電力でのデバイス応用が見込まれる。

 (注3)ワイル半金属
  電子スピンが質量ゼロで物質中を流れる物質。表面電子が2次元的なスピン流を生むトポロジカル絶縁体とは対象的に、ワイル半金属では3次元的にスピン流が流れる。名前の由来は、ヘルマン・ワイルが提唱したワイル方程式に従って電子状態が記述されることと、限られた数の電子のみが金属伝導に寄与する「半金属」的な性質から来る。ワイル半金属の物質内では、上向きと下向きのスピンが同じ運動量を持つ状態(ワイル点)が、磁石の「N極」と「S極」に相当する2点の対として発生している。今年、ヒ素化タンタル(TaAs)の結晶中にその存在が初めて発見され、大きく注目されている。

 (注4)光電子分光
  物質に光を照射して飛び出す電子(光電子)を観察することで、物質内の電子状態を観察する実験手法。光が伝搬する波であると同時に粒の集合体であるとして、光の概念を覆したアインシュタインの発想(1921年のノーベル賞受賞理由)に基づく。

 (注5)フェルミ海
  実世界(位置座標空間)で見ると複雑にうごめく膨大な数の物質内電子も、背後で周期的に配列する原子核上を伝導することを許す運動量しか持ち得ないことから、運動量空間で眺めてやるとすっきりと整理される。運動量空間において一つの座標を占有できる電子数は2つまでと量子力学的に制約されるため、エネルギーの低い運動量座標から順に物質内電子を詰めて行くと、やがてその最高エネルギーが定まる。これをフェルミエネルギーと呼び、海面との比喩から、電子の詰まった運動量空間を‘フェルミ海(Fermi sea)’と呼ぶことがある。物質の電子物性はこの海面近傍の電子が担うため、海面に浮かぶ島(電子構造)の形状が物質の個性を決めると言ってよい。本研究では、トポロジカル理論を駆り立てる宝庫とも言える、一点のみが海面上に顔を出す放物型電子構造をイリジウム酸化物で発見した(図1)。

 (注6)イリジウム酸化物
  物質開発におけるこれまでの主な舞台は、電子相関とスピン軌道相互作用のどちらか一方を有する物質群にあった。強い電子相関と強いスピン軌道相互作用の両者を兼ね備えた電子系は未開拓であり、新奇なトポロジカル量子相が理論予想されることからも、次なるフロンティアとして注目されている。その候補として、5d軌道を有する遷移金属イリジウム酸化物が期待されている。3d,4d,5dへと電子軌道が広がると電子相関は弱くなるが、一方で、原子量の増大によりスピン軌道相互作用が強くなる。電子相関とスピン軌道相互作用の両者が同程度のエネルギースケールを持って競合するイリジウム酸化物5d電子系は、今大変注目される新しい研究分野である。

 (注7)電子構造
  物質中の電子が持ちうるエネルギーと運動量の関係を運動量空間で描いた模様。物質を構成する元素の種類と、その元素が物質内で配列される位置関係で決まり、あらゆる電子物性を司る構造である。

 (注8)空間対称性
  空間の幾何的変化に対して物理法則(電子の振る舞い)が変化しないこと。元素が周期的に配列して形成される物質(結晶)の中を伝搬する電子の振る舞いを規定する重要な概念となる。今回の研究対象であるイリジウム酸化物は、立方晶と呼ばれる結晶構造を持っており、フェルミ海面の一点で顔を出す特異な電子構造が、この結晶対称性によって保護されている。

 (注9)時間対称性
  時間の変化(並進や反転)に対して物理法則(電子の振る舞い)が変化しないこと。電子がある方向の磁場を感じつつ伝搬する時、時間反転対称性が破れる。

 ※図1は添付の関連資料を参照



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