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九大、胎生期の薬剤曝露が海馬に及ぼす長期的な影響とその改善法を解明

2015-11-26

妊娠中の抗てんかん薬投与は子どもの学習・記憶障害を引き起こす
〜胎生期の薬剤曝露が海馬に及ぼす長期的な影響とその改善法を解明〜


■概要
 九州大学大学院医学研究院の中島欽一教授と、Berry Juliandi学術研究員らの研究グループは、東北大学星薬科大学、国立医薬品食品衛生研究所との共同研究により、抗てんかん薬の一つであるバルプロ酸(Valproic acid:VPA)(※1)を妊娠マウスに投与した場合、出生・成長した子どもの脳では神経細胞ニューロン)産生能が低下してしまうため、学習・記憶に悪影響があることを見出しました。また、この学習・記憶能の低下は、自発的運動(※2)によって改善されることも明らかにしており、本研究成果は胎生期薬剤曝露による出生児の脳機能障害に対する治療法開発の一助となることが期待されます。
 本研究成果は、2015年11月19日(木)午後12時(米国東部時間)に国際学術雑誌『Stem Cell Reports』のオンライン版で掲載されます。


■背景
 てんかんは、神経細胞ニューロン)が過剰興奮することによって痙攣などの発作を繰り返す慢性神経疾患です。その罹患率は全年齢層において約1%とされており、生殖年齢の女性もその例外ではありません。てんかんを合併した妊婦においては、てんかん発作の予防を目的に抗てんかん薬を継続投与することが原則であり、抗てんかん薬の催奇形性に関する研究がこれまで盛んに行われてきました。しかし近年、注目され始めている妊娠中の抗てんかん薬投与が子どもの脳に与える長期的な影響(晩発性影響)に関する研究は立ち遅れているのが現状です。晩発性影響の例として、抗てんかん薬の一つであるVPAの胎生期曝露による影響が挙げられます。てんかん合併妊婦の約20%はVPAによる治療を受けており、その妊婦から出生した子どもは、他の抗てんかん薬による治療を受けた妊婦から出生した子どもと比較して、認知機能が低下することが報告されています。この原因は未だに明らかにされておらず、これを解明し対処法を開発することは、てんかんを患った女性が安心して妊娠、出産するために重要であると考えられます。
 ところで、ヒトを含む多くの生物種において、記憶の形成や維持に重要であることが知られている脳の海馬には、大人になった後でも神経幹細胞(※3)が存在しており、新しいニューロンが日々産生されています(ニューロン新生)。新生されたニューロンは、海馬内で適切なネットワークを形成することで記憶の形成や維持に寄与しており、ニューロン新生の障害は認知機能の低下と関連することがわかっています。そのため本研究では、VPA曝露によって出生した子どもの認知機能が低下する原因として、海馬のニューロン新生の異常に着目しました。


■内容
 研究グループは妊娠マウスに対して、妊娠12日目から14日目(ヒトでは4週から6週に相当)までVPAを投与した場合、投与しなかった場合と比べて、胎生15日目の胎仔の脳において通常より多くのニューロン神経幹細胞から産生されるとともに、神経幹細胞自体の増殖が抑制されることを発見しました。さらに、胎仔期VPA曝露マウスでは成体期における神経幹細胞の数が少なく、それに伴って新生されるニューロンの数が減少する(図1)だけでなく、新生ニューロンの形態的・機能的な異常があることが明らかとなりました。また、このようなマウスでは学習・記憶機能に異常があることもわかりました。以上より、VPA曝露によって胎仔期の神経幹細胞からニューロンへの分化が過度に促進された結果、本来成体期まで残存されているべき神経幹細胞が枯渇し、その数が減少すると考えられました。その結果、成体海馬におけるニューロン新生が障害され、学習・記憶機能に異常も観察されました(図2)。
 それではこの障害はどのように改善することができるのか。これまでの研究で自発的な運動は、海馬におけるニューロン新生を亢進させる作用があることが明らかになっています。そこで、胎生期VPA曝露マウスの飼育箱に回し車を設置し自発的な運動を行わせたところ、成体海馬で神経幹細胞の増殖やニューロンへの分化が促進するのみならず、新生ニューロンの形態的、機能的な異常も改善できることがわかりました。また、マウスの行動解析では学習・記憶機能が改善することが明らかとなりました。以上より、胎仔期VPA曝露による晩発性影響は自発的運動によって大きく改善し得ることが示されました(図2)。

 *図1・2は添付の関連資料を参照


■効果・今後の展開
 本研究成果により、これまで不明であった胎生期VPA曝露による成体期認知機能障害のメカニズムを明らかにするとともに、自発的運動といった薬物治療に頼らない方法で、その晩発性影響を改善できることを示しました。しかしながら、この知見をヒトに応用する場合、運動療法をどの程度の強度、期間で行うかなど、検討すべき点が数多くあります。そのため、今後は神経幹細胞への晩発性影響がどのような機序で引き起こされているのかをより詳細に明らかにすることで、自発的運動による改善法に加えて他の改善方法を開発し併用する必要があります。


【用語解説】
 (※1)バルプロ酸:抗てんかん薬として、てんかん患者に対して世界中で頻用されている薬剤である。その作用機序としてはGABAの不活性化抑制が広く知られているが、その他にヒストン脱アセチル化酵素阻害作用など様々な作用を有する。
 (※2)自発的運動:強制的な運動ではなく、運動ができる環境にすることで誘導される自発的な運動である。マウスの飼育箱に回し車を設置することで、マウスが走りたい時に走ることができる。
 (※3)神経幹細胞:増殖を繰り返しながら、ニューロンを産生する細胞。ニューロンを産生する際に、神経幹細胞は自らをニューロンへと変化させるが、この現象を「分化」と呼ぶ。



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