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京大、カーボンナノチューブの新しい光機能「アップコンバージョン発光」を発見

2015-11-24

カーボンナノチューブの新しい光機能“アップコンバージョン発光”を発見
−生体組織内部の近赤外光イメージング応用に期待−


■概要
 京都大学エネルギー理工学研究所の 宮内 雄平(みやうち ゆうへい)准教授、同 松田 一成(まつだかずなり)教授らの研究グループは、近赤外波長領域の優れた蛍光発光体として知られ、生体組織内部の発光イメージング(注1)や生体埋込型光バイオセンサー等への応用が期待されているナノ炭素材料「カーボンナノチューブ」(注2)を、従来とは全く異なる新しい方法で光らせることが出来ることを発見しました。
 物質に光を照射すると、照射した光とは異なる波長の光(蛍光)が放出されることがあります。一般的な蛍光物質では、蛍光の波長は、照射した光の波長よりも長いことが「ストークスの法則」と呼ばれる経験則として知られています。今回研究グループは、カーボンナノチューブにおいて、「アップコンバージョン発光」と呼ばれる、ストークスの法則に従わない珍しい蛍光発光現象が生じることを世界で初めて見いだしました。今回の研究では、直径0.8ナノメートル(注3)程度のカーボンナノチューブに1100〜1200ナノメートル程度の波長の近赤外光を照射すると、波長が100〜200ナノメートル程度短くなった950〜1000ナノメートル程度の蛍光が得られることが分かりました。研究グループは、ナノチューブに特有のユニークなアップコンバージョン発光メカニズムも突き止めています。
 従来、ナノチューブの蛍光を用いた生体内部のイメージングには、直径1ナノメートル程度のカーボンナノチューブから放出される波長1100〜1400ナノメートル程度の通常の(ストークスの法則に従う)蛍光発光が用いられてきました(照射光の波長は1000ナノメートル以下)。波長1400ナノメートル程度までの近赤外の波長領域は「生体の窓」(注4)と呼ばれ、光が生体組織に遮られにくいため、マウスなどの実験動物体内の血管や臓器等の発光イメージングに最適と考えられています。しかしながら、波長1100ナノメートル以上の近赤外光は、広く普及しているシリコン製のCCDカメラでは全く捉える事ができないため、蛍光の検出に高価なレアメタル(注5)化合物半導体材料で作られた特殊なカメラを準備する必要がありました。今回の発見は、イメージングに利用する光波長の範囲を「生体の窓」領域内に保ったまま、照射光と蛍光の光波長を「入れ替える」ことを可能にします。すなわち、照射する光として生体透過性の高い波長1100ナノメートルの近赤外光を使って、シリコン製のCCDカメラで捉える事ができる1000ナノメートル以下の短い波長の領域でナノチューブを光らせることができるというわけです。
 上述のように、今回の発見は、カーボンナノチューブの新たな興味深い光物性が明らかになったという基礎科学的な意義に加えて、ナノチューブを用いた生体内部の発光イメージングや生体埋込型光バイオセンサーが、これまでよりも身近に、広く利用できるようになることに繋がるものと期待されます。
 本研究成果は、2015年11月16日(英国時間)に英国電子版科学誌「Nature Communications」に掲載されます。
 本研究はJST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)、及びJSPS科研費「若手研究A」の研究課題の一環として行われました。


1.背景
 カーボンナノチューブ(図1a)は、炭素原子のシート1層(グラフェン)を直径わずか1ナノメートル程度(髪の毛の10万分の1程度)の円筒状に丸めた細長いナノ材料です。カーボンナノチューブに光を照射すると、照射した光よりも波長の長い(光子のエネルギー(注6)が低い)近赤外の蛍光(ナノチューブの直径や巻き方に応じて、典型的には波長800から1600ナノメートル程度)を発する(発光する)ことが知られています。特に、約1000〜1400ナノメートル程度の波長の近赤外光領域は、生体の大部分を構成する水による光の吸収が小さく、生体組織による光の散乱も少ないため、この波長領域で発光する直径1ナノメートル程度のナノチューブを、マウスなどの実験動物内部の血管・臓器の発光イメージングや生体埋込型光バイオセンサーとして応用する研究が近年大きな注目を集めています。しかしながら、1000ナノメートル以上の近赤外光は、一般的に普及しているシリコン製のカメラでは殆ど捉えることができないため、カーボンナノチューブを利用した生体組織内部の発光イメージングを行うためには、高価なレアメタル化合物半導体材料で作られた特殊なカメラが必要でした。


2.研究手法・成果
 今回研究グループは、直径0.8ナノメートル程度の細めのカーボンナノチューブに、約1100〜1200ナノメートル程度の長波長(低エネルギー)の光を照射することで、シリコン製のカメラで検出可能な1000ナノメートル以下の短波長(高エネルギー)の「アップコンバージョン発光」が得られることを発見しました。図1bに、シリコン製の高感度CCDカメラで撮影したカーボンナノチューブ分散液のアップコンバージョン発光の様子を示します。照射している光の波長(1100ナノメートル)が観測している光波長(950〜1000ナノメートル)より長いにも関わらず、1000ナノメートル以下の蛍光発光が明確に観測されていることが分かります。図1cに、カーボンナノチューブの通常の蛍光発光のスペクトル(波長570ナノメートルの光照射下)と、アップコンバージョン発光(波長1100ナノメートルの光照射下)のスペクトルを比較して示します(比較のため、縦軸は規格化しています)。どちらも、発光のピークが同じ波長に見られることから、同じ種類のカーボンナノチューブからの発光であると考えられます。
 図2に、ストークスの法則に従う通常の蛍光発光とアップコンバージョン発光の違いを模式的に示します。通常の蛍光発光過程では、物質内の電子が、照射した短波長の光子のエネルギーを吸収して高いエネルギー状態に打ち上げられたあと、熱を放出してエネルギーを失い、照射した光子よりも低いエネルギー(長波長)の光子を放出します。一方、長波長(低エネルギー)の光照射によって短波長(高エネルギー)の蛍光が得られるアップコンバージョン発光は、いわば建物の1階から2階にボールを投げ入れたら、なぜか3階から戻ってくるようなもので、大変特異な現象です。このような発光現象は、一部のナノ粒子や有機色素などの限られた物質でのみ比較的効率よく生じることが知られています。アップコンバージョン発光が得られるということは、以下の[1]から[3]の過程を可能にする特別なメカニズムが物質に内在していることを意味します。
 [1]物質内で低いエネルギー状態にある電子が、照射した光子のエネルギーを吸収して、あるエネルギー状態に打ち上げられる(上記の例え話では、低いエネルギー状態⇔1階、あるエネルギー状態⇔2階、電子⇔ボールに対応)
 [2]何らかのメカニズムにより、電子がさらに高いエネルギー状態に打ち上げられる(2階にあったボールが何らかの事情で3階(⇔さらに高いエネルギー状態)に運ばれる)
 [3]高いエネルギー状態(⇔3階)に打ち上げられた電子が、光としてエネルギーを放出し(アップコンバージョン発光)、元の低いエネルギー状態に戻る(⇔ボールが3階から1階に戻ってくる)
 温度を変えながら行った実験の結果から、上記[2]の過程は、カーボンナノチューブを構成している炭素原子の熱振動のエネルギーを電子が受け取って高いエネルギー状態に打ち上げられることで実現していることが分かりました。また、蛍光の波長が照射光の波長よりも100〜200ナノメートルも短くなるような大幅なアップコンバージョン発光が、室温条件下では通常あり得ないほど高い効率で生じるナノチューブ特有のメカニズムも突き止めています(詳しくは、論文(オープンアクセス:どなたでも無料で読む事が出来ます)をご覧ください)。


3.波及効果
 今回の発見は、カーボンナノチューブの近赤外発光を利用する際に、照射する光と観察する蛍光の波長の長短を「入れ替える」ことを可能にします。これまで、ナノチューブを用いた生体組織内部の発光イメージングには、波長1000ナノメートル以下の照射光と、直径1ナノメートル程度のカーボンナノチューブからの波長1100〜1400ナノメートル程度の蛍光が用いられていました。しかしながら、1100〜1400ナノメートルの近赤外光を捉えるには、上述のように高価なレアメタル化合物半導体材料で作られた特殊なカメラを準備する必要がありました。今回の発見により、直径0.8ナノメートル程度の細めのカーボンナノチューブに1100ナノメートル程度の光を照射することで、広く普及しているシリコン製の高感度CCDカメラで十分捉えることができる1000ナノメートル以下の蛍光(アップコンバージョン発光)が得られることが分かりました。この場合も、照射光と蛍光の波長は、両方とも生体内部の発光イメージングに適した「生体の窓」領域内にあります。さらに、アップコンバージョン発光を用いたイメージングでは、カーボンナノチューブ以外の物質は光を生じないため、自家蛍光(注7)に邪魔される事のない、クリアな発光イメージが得られるという利点があります(図3参照)。したがって、今回の発見は、カーボンナノチューブの新たな興味深い光物性の発見という基礎科学的な意義に加えて、カーボンナノチューブを用いた生体発光イメージングや生体埋込型光バイオセンサーが、これまでよりも身近に、多くの場面で広く利用できるようになることに繋がるものと期待されます。


4.今後の予定
 今回得られた研究成果を基礎として、カーボンナノチューブのアップコンバージョン発光をより高効率に生じさせる方法の検討、ナノチューブのアップコンバージョン発光を実際の生体組織内部の発光イメージングに適用する研究等を進めていく予定です。また、発光イメージングへの応用にとどまらず、アップコンバージョン発光を可能にするナノチューブ内での熱・電子エネルギー変換メカニズムの詳細な検討を進めることで、今回の発見を新しい近赤外光エレクトロニクスデバイスや、熱エネルギーの有効利用技術にも繋げていきたいと考えています。


<参考図>

 ※添付の関連資料を参照


<用語解説>
 注1)発光イメージング
 例えば、マウスなどの実験動物の血管に発光体を注入することで、生体内部の血管網や臓器からの発光の画像を取得すること。

 注2)カーボンナノチューブ
 炭素の六員環(亀の子格子)からなるグラフェンシート1層から数層を、直径1から数ナノメートル(注3)程度の円筒状に丸めた構造を持つナノ材料。特に、グラフェンシート1層からなるものを単層カーボンナノチューブと呼ぶ。ナノサイズの直径に比べて、その長さは数ミクロンから数ミリメートル程度のものを合成することが可能であり、人類が作り得る最も理想に近い擬1次元ナノ構造の一つと考えられている。
 グラフェンシートの巻き方によって、金属にも半導体にもなるという特異な性質を持つ。今回の研究では直径約0.8ナノメートルの半導体型の単層カーボンナノチューブを用いた。

 注3)ナノメートル
 長さの単位。「ナノ」は10億分の1の意味。1000ナノメートルは、1マイクロメートル(1ミクロン)に等しい。カーボンナノチューブの太さは1ナノメートル程度。700ナノメートル(0.7マイクロメートル)から2500ナノメートル(2.5マイクロメートル)程度の波長の光を、近赤外線と呼ぶ。

 注4)生体の窓
 波長約650〜1350ナノメートル程度の近赤外光波長領域のこと。この波長領域では、生体を構成する水による光吸収が小さく、光を生体内部の奥深くまで届かせることができる。生体内部で生じた発光も外部に取り出しやすい。波長が長いほど、生体組織による光散乱も最小化することが出来る。

 注5)レアメタル
 ガリウムやインジウムなどの流通量や産出量が少なく希少で高価な金属のこと。

 注6)光子のエネルギー
 光は波であると同時に、1つ1つ数えることが出来る光子(フォトン)と呼ばれるエネルギーの粒(つぶ)の集まりである。光子の持つエネルギーは波長に反比例するため、波長の短い光子は、波長の長い光子よりも高いエネルギーを持つ。

 注7)自家蛍光
 通常の蛍光イメージングでは、照射光波長と観測する発光波長が十分に離れていないと、試料中に元々含まれる様々な物質が発する蛍光(これを自家蛍光と呼びます)が邪魔してクリアな発光画像を得る事ができない場合がある。アップコンバージョン発光によるイメージングでは、アップコンバージョン発光体(ここではカーボンナノチューブ)以外からは光がほとんど生じないため、一般的にクリアな発光画像を得る事ができる。





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