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東大など、電気的に制御したグラフェンでバレー流の生成・検出に初めて成功

2015-11-21

電気的に制御したグラフェンでバレー流の生成、検出に初めて成功
〜結晶中の電子のバレー自由度を利用した低消費電力エレクトロニクスの実現へ〜


<ポイント>
 ○電気的に制御できる二層グラフェンにおいて、電流からバレー流へ変換、伝送し、再度電流へ変換して、それに伴う電圧を初めて検出しました。
 ○電流からバレー流への変換効率を広範囲に渡って電気的に制御できることを示した成果であり、変換効率のさらなる向上が期待できます。
 ○バレー流は電荷の流れを伴わないため、エネルギー消費を伴わない情報媒体になると期待されており、本成果はそのような低消費電力エレクトロニクスの開発に貢献します。


 電子には粒子としての性質と同時に波としての性質があります。一般に電子の波は様々な波長や方向を持ちます。一方、電子の波は一部の固体結晶中では、いくつかの特定の波長や方向が安定な状態となります。そして、電子はこの特定の波長や方向により区別されます。このように電子を区別することのできる結晶の性質をバレーと呼びます。電子は負の電荷を持つため、電子が一方向に流れると電流が発生します。従って、もし異なるバレーの電子が互いに逆向きに流れる(バレー流(注1))状況を作り互いの電流を相殺し、これを検出できれば、正味の電流をゼロに保ったまま、バレー流による情報伝達が可能です。この情報伝達はエネルギー消費を伴わないものとなるため、バレー流を用いた低消費電力エレクトロニクスの実現が期待されています。
 黒鉛単層のグラフェンは2つのバレーを持ち、バレー流を用いた低消費電力エレクトロニクスの材料に適しています。これまで、グラフェンの性質が接触基板に影響されることを利用して電流をバレー流に、また逆にバレー流を電流に変換できることがわかっていました。しかし、このような系での双方の変換効率は電子密度のみを通じて制御されるため、その制御性には限界がありました。そこで変換効率を広範囲に電気的に制御(※)できるグラフェンのデバイスが求められていました。
 今回、東京大学 大学院工学系研究科の島崎 佑也 大学院生、山本 倫久 講師、樽茶 清悟 教授らの研究グループは、電気的に制御することのできる二層グラフェン(図1)において、バレー流の生成、検出に初めて成功しました。研究グループは電流をバレー流に変換し、電流の漏れ出し(注2)を無視できる程度の距離を伝送させた後、バレー流を電流に変換して、これに伴う電圧を検出しました(図2)。
 二層グラフェンを用いれば従来の単層グラフェンからなるデバイスとは異なり、電流からバレー流への変換効率の大きさを電気的により広範囲に制御(※)できることから、電流とバレー流の変換が原理的には室温でも可能となります。またバレー流を生成する際に流れる電流によるエネルギー消費についても、変換効率の向上により大幅に改善可能と考えられることから、二層グラフェンを用いることでバレー流を用いた低消費電力エレクトロニクスの実現が期待されます。

 (※)変換効率はデバイスの特性を決める電子密度とエネルギーギャップ(注3)の双方に影響される。今回の研究では電子密度に加えてエネルギーギャップを電気的に制御することで、変換効率をより大きい範囲にわたって変えられるようにした。エネルギーギャップを大きくすることで室温動作も期待できる。


<研究の内容>
 電子は負の電荷に加えて自転方向に対応するスピン自由度を持っています。右回転の電子と左回転の電子の逆向きの流れであるスピン流は正味の電荷の流れを伴わず、理想的にはエネルギー消費のない情報媒体として注目を集めています。電流からスピン流への変換を可能とするスピンホール効果が2004年に発見され、スピンを情報媒体として利用するスピントロニクス分野に大きな進展をもたらしました。
 固体結晶中の電子はスピン自由度に加えて異なる特性を持つ場合があります。電子は粒子として振る舞うと同時に、量子力学的な波としての性質も示します。一般に電子の波は様々な波長や方向を持ちますが、一部の固体結晶中では規則的に並んだ原子の影響を受けて、電子の波はいくつかの特定の波長や方向について安定な状態となります。この特定の波長や方向により結晶中の電子を区別することができ、この性質はバレーと呼ばれています。バレーは今日のエレクトロニクスを担う半導体シリコンをはじめとする様々な材料で存在しており、古くから知られている概念です。異なるバレーの電子の逆向きの流れであるバレー流は、スピン流と同様に電荷の流れを伴わず、理想的にはエネルギー消費のない情報媒体として期待されます。一方でスピン自由度と比較するとバレー自由度は制御が難しいという問題がありました。
 次世代のエレクトロニクス材料として注目されている黒鉛単層の材料「グラフェン」が発見されたのも2004年のことです。グラフェン中の電子もバレー自由度を持つことが知られており、K、K’の2つのバレーがあります。同時に単層のグラフェン中の電子は相対論的量子力学に従うディラック電子(注4)として知られており、幾何学的位相(注5)を持っています。結晶の反転対称性(注6)を破ると、エネルギーギャップと同時に幾何学的位相に伴う仮想的な磁場(注7)が生じ、これを利用することで電流からバレー流への変換を可能とするバレーホール効果が実現できることが理論的に予言され、にわかに注目を集めています。
 2014年グラフェンと同様に蜂の巣型格子(注8)である二硫化モリブデン(注9)において、このバレーホール効果の実験的な報告がなされました。一方でこの実験ではバレー偏極電流(注10)に伴う電圧を検出しており、バレー流そのものの存在は確認されていませんでした。その後、バレー緩和の原因となる結晶欠陥の少ないグラフェンにおいて、バレー流の伝送に関する報告がなされました。単層グラフェン/六方晶窒化ホウ素の積層構造(注11)を用いることで、バレーホール効果により電流をバレー流に変換し、一定距離伝送した後に逆効果によりバレー流を電流に変換し、これに伴う電圧を検出しています。一方でこの研究ではエネルギーギャップは制御できず、電子密度のみを電気的に制御していたために変換効率の制御性には限界がありました。そこで課題として、変換効率の向上のため、電子密度に加えてエネルギーギャップについても電気的に制御できる系での実現が求められていました。
 東京大学 大学院工学系研究科の島崎 佑也 大学院生、山本 倫久 講師、樽茶 清悟 教授らの研究グループは、電気的に反転対称性を破った二層グラフェンにおいて、バレー流の生成、検出に初めて成功しました。単層グラフェンのままでは垂直電場により結晶の反転対称性を破ることはできませんが、二層にすることで上下の層にエネルギー差ができるため、結晶の反転対称性を破ることができます。二層グラフェンも単層グラフェンと同様に幾何学的位相を持つため、結晶の反転対称性を破ることでバレーホール効果を誘起することができます。さらにエネルギーギャップを垂直電場により制御することで、電流からバレー流への変換効率も広範囲に渡り制御することができます。研究グループはこの二層グラフェンの電場での制御性に着目し、研究を行いました。
 研究グループは上下のペアの電極を用いることで二層グラフェンの電子密度を制御すると同時に、垂直電場を制御しました。この系においてバレーホール効果によりバレー流を電気的に生成し、電流の漏れ出しの寄与を無視できる3.5マイクロメートルの長距離にわたり伝送した後に逆バレーホール効果によりバレー流を電圧に変換することで検出しました。検出した電圧と注入した電流の比を非局所抵抗として、バレー流の伝送の指標として評価しました。研究グループは垂直電場により反転対称性を破った際に巨大な非局所抵抗が出現することを発見しました。バレー流を介した輸送である場合、非局所抵抗は抵抗率の3乗に比例することが予想されます。温度70ケルビン(約−203℃)において垂直電場により抵抗率を変調(注12)した際にこの3乗の関係が実際に観測され、非局所抵抗がバレー流を介した輸送に起因することを実証しました(図3)。
 今回はゲート絶縁層(注13)を破壊しない程度の大きさに垂直電場を制限したため、室温での動作は実証できていませんが、加える垂直電場を増大すれば変換効率はさらに向上し、原理的には室温での動作が可能です。またバレー流を生成する際に流れる電流によるエネルギー消費についても、変換効率の向上により改善できると考えられ、二層グラフェンを用いることでバレー流を用いた低消費電力エレクトロニクスの実現が期待されます。
 本研究は、理化学研究所 創発物性科学研究センター、物質・材料研究機構 先端的共通技術部門 先端材料プロセスユニット 超高圧グループ 谷口 尚 グループリーダー、同機構 環境・エネルギー材料部門 光・電子材料ユニット 光・電子機能グループ 渡邊 賢司 主席研究員との共同研究で行われました。また、文部科学省 科学研究費補助金(新学術領域研究)「原子層科学」(領域代表者:東北大学 大学院理学系研究科 齋藤 理一郎 教授)、キヤノン財団(研究助成プログラム「産業基盤の創生」)「グラフェンバレートロニクスデバイスの創製」、科学技術振興機構 国際科学技術共同研究推進事業(戦略的国際共同研究プログラム)日独共同研究「ナノエレクトロニクス」、東京大学「ナノ量子情報エレクトロニクス研究機構」などの研究の一環として行われました。


 *図1〜図3・用語解説は添付の関連資料を参照


<発表雑誌>
 雑誌名:Nature Physics(オンライン版:2015年11月16日)
 論文タイトル:“Generation and detection of pure valley current by electrically induced Berry curvature in bilayer graphene”
 著者名:Yuya Shimazaki,Michihisa Yamamoto,Ivan V.Borzenets,Kenji Watanabe,Takashi Taniguchi,Seigo Tarucha
 doi:10.1038/nphys3551




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