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信州大など、汎用性のあるセルロースの高強度ゲル形成プロセスを発見
汎用性のあるセルロースの高強度ゲル形成プロセスの発見
〜脱石油由来の水処理用部材に適用へ
発表者;木村睦・教授(SRL)、任思暁/Sixiao Ren(信州大学大学院理工学研究科修士課程1年)、遠藤守信・特別特任教授(RL)
1.発表のポイント
◇セルロースを石油や酸やアルカリを用いる化学処理を必要としない方法で加工し、高強度なセルロース材料として自由に様々な形態に成形できることを発見しました。
◇加工したセルロース材料から、水と不純物を分離する中空糸膜の成形にも成功。石油由来の材料を使わず、ヒトや自然にやさしい水処理用部材の開発への応用が期待できます。
◇本研究成果は、Nature社の電子版科学誌「Scientific Reports」に掲載されました。
2.発表の概要
セルロースは植物組織の構成成分の三分の一を占め、地球上に最も多く存在する有機再生可能資源で、しかも化石資源に依存せずに入手が可能です。このため、19世紀半ばに木材パルプを主原料とするレーヨンが発明されて以来、様々なセルロースの成形手法が開発され、人類は再生繊維等セルロース由来の製品を多く利用してきました。しかしながら、セルロースは、分子間の強固な水素結合のため溶解させるのが難しく、セルロースを多様な形態に成形するには、二硫化炭素等の環境負荷の高い溶媒を用いる、もしくは誘導体化による溶解性の付与が必要でした。2002年にSwatloskiら(1)によってセルロースが環境負荷の低いイオン性液体(2)に溶解できることが報告されて以来、セルロースを溶解できるさまざまなイオン性液体が開発されました。その中でも、東京農工大学の大野弘幸教授らが開発したN−ethyl−N’−methylimidazolium methylphosphonate([C2mim][(MeO)(H)PO2])は、低い温度で比較的高い濃度のセルロースを溶解することができます。本研究では、市販のイオン性液体[C2mim][(MeO)(H)PO2]を用いました。
実験では、木材由来パルプをイオン性液体に溶解させ、溶解した液を型に流し込みアルコール蒸気に1時間程度晒すことで、セルロース間に部分的な水素結合が生じ、溶液全体が固化(ゲル化)しました。さらに、得られたゲルを水に漬けることで溶媒が置換され、水を95%以上含むセルロースハイドロゲルを創成することに成功しました(図1)。得られたゲルは、寒天に比べ非常に高い強度を持ち、取り扱いや化学的修飾が容易で、生分解性(3)があり、マイクロメーターサイズのパターン形成が可能なことなど、高い機能性を持つことを確認しました。
※図1は添付の関連資料を参照
さらに、アルコール蒸気を用いた湿式紡糸法(4)によって、95%の水を含むセルロースハイドロゲルを連続的に紡糸することに成功しました(図2)。得られたセルロースハイドロゲルの糸は、結ぶことができ、織りのプロセスによってセルロースハイドロゲル繊維からなる二次元状の布に成形することにも成功しました。さらに、紡糸のプロセスでハイドロゲルの繊維を引っ張る(延伸)ことで、得られる繊維の強度が大幅に向上できることを見出しました。これは、延伸によりセルロース分子の配列が一方向に整ったことによるものです。また、ストロー状の中空糸(5)への成形にも成功し、膜としての高い透水性を確認しました。これにより、本方法による再生セルロースの中空糸膜への展開が可能となりました。
※図2は添付の関連資料を参照
本研究の成果を総括すれば、再生可能資源であるセルロースをイオン性液体に溶解させ、段階的に溶媒を置き換えることによって、用途に合わせた形に成形できることが見出されたと言えます。得られた成形体は、生分解性を保ちつつ高い強度を持ち、温度やpHなどの変化によって物性が変わらないなど高いロバスト(頑強)性を示しました。さらに、成形に用いたイオン性液体はほぼ完全に回収・再利用が可能であり、クリーンかつ省エネルギーのセルロース成形プロセスの確立が期待できます。成形手法の高度化によって再生セルロース膜内のサブナノ孔構造(6)制御も可能です。今後はナノ構造を制御したセルロース中空糸膜をモジュール化し、水処理プロセスへの応用について研究を進めていきます。
3.発表の背景
この研究成果は、科学技術振興機構(JST)が推進するセンター・オブ・イノベーション(COI)プログラムの「世界の豊かな生活環境と地球規模の持続可能性に貢献するアクア・イノベーション拠点」**の中核拠点として、「活気ある持続可能な社会を構築する」という将来ビジョンに向け、信州大学などが取り組む革新的な造水・水循環システムの構築を目指す研究の一環で得られた成果です。
プロジェクトチームが、世界的な水不足を解消するために注目したのが、海水、随伴水、かん水(7)という3つの水源で、これらはすべて塩分を含んでいます。脱塩のためにキーテクノロジーとして取り組んでいるのが、従来のポリアミドに替わるナノカーボンを使った逆浸透(RO)膜の研究開発です。サブ研究リーダーの木村教授の研究グループは、ナノカーボンを用いるアプローチとは異なる方法ながら、マングローブなど海水淡水化やウィルス除去が可能な植物の根を再現することを目指し、「サブナノ孔形成」というアプローチで、セルロースなど生分解性を持つ材料を使った水処理膜の開発を試みてきました。
今回の方法で開発されたセルロース材料は、水を多く含んで柔らかく、高強度であらゆる加工が簡単なうえに、生分解性があるという性質を持ち、水処理材料だけにとどまらず、食品・薬品の加工などさまざまな用途に役立つことが期待されます。
*Scientific Reports
Mutsumi Kimura, Yoshie Shinohara, Junko Takizawa, Sixiao Ren, Kento Sagisaka, Yudeng Lin, Yoshiyuki Hattori, Juan P. Hinestroza, “Versatile Molding Process for Tough Cellulose Hydrogel Materials”, Scientific Reports. DOI:10.1038/srep16266
(リンクはこちらへ・・・http://www.nature.com/articles/srep16266)
**センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム
科学技術振興機構(JST)による公募型研究開発プログラム。現在潜在している将来社会のニーズから導き出されるあるべき社会の姿、暮らしの在り方を見据えたビジョンに基づき、企業だけでは実現できない革新的なイノベーションを創出するため、産学連携による研究開発に取り組んでいます。
信州大学は、ビジョン3・活気あふれる持続可能な社会の構築(ビジョナリーリーダー、住川雅晴・日立製作所顧問)の中の「世界の豊かな生活環境と地球規模の持続可能性に貢献するアクア・イノベーション拠点」の中核機関です。
・プロジェクトリーダー(PL) 上田新次郎(日立製作所インフラシステム社・技術最高顧問)
・サブプロジェクトリーダー(SPL) 辺見昌弘(東レ・理事)
・研究リーダー(RL) 遠藤守信(信州大学特別特任教授)
≪中核機関≫信州大学、物質・材料研究機構(NIMS)、長野県
≪中心企業≫日立製作所インフラシステム社、東レ、昭和電工
≪参画機関≫理化学研究所、高度情報科学技術研究機構、北川工業、トクラス
≪COI−Sサテライト≫海洋研究開発機構、ソニーコンピュータサイエンス研究所、東京大学、中央大学、宇宙航空研究開発機構
・研究開発期間 平成25年度〜平成33年度(予定)
1 Richard P. Swatloski, Scott K. Spear, John D. Holbrey, and Robin D. Rogers, Dissolution of Cellose with Ionic Liquids, J. Am. Chem. Soc., 124 (18), 4974−4975(2002).
2 常温で液体の溶融塩類。反応溶媒に用いた場合、有害なガスや引火の危険性がなく、リサイクルが可能なため、環境負荷が低く、きわめてクリーンな溶媒として注目されている。
3 土中や水中の微生物により分解され、環境に影響を与えない低分子化合物に変わる性質。
4 原料を溶剤に溶かし、凝固浴と呼ばれる溶液中で口金から押し出して化学反応させたのち、溶剤を除去して繊維にする方法。レーヨン、アクリル、ビニロンなどの製法として知られている。
5 ストロー状、マカロニ状の形態を示し、一方を閉じると膜として利用できる。中空糸膜は、単位容積中の膜面積を広くとることができるため、家庭用の浄水器や浄水場、産業用にも広く使われている。
6 直径1ナノメートル(1ミリの100万分の1)未満の孔をもつ構造のこと。ナトリウムや塩化物のイオンは直径1ナノメートル以上あるため、サブナノ孔を通り抜けることができないため、脱塩に使える。
7 湖沼や地下にある塩分を含んだ水のこと。