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慶大など、新しいシリコンナノ物質の化学特性の評価に成功

2015-11-09

新しいシリコンナノ物質の化学特性の評価に成功
〜触媒や電子デバイスへの応用に期待〜


■ポイント
 ・金属原子をシリコン原子が球状に取り囲む「金属内包シリコンナノクラスター(注1)」を材料として活用するため、化学特性の評価が期待されていた。
 ・金属内包シリコンナノクラスターを気相合成(注2)し、固体表面で集積・薄膜化すると、化学的および熱的に高い安定性を示すことを構造解析で明らかにした。
 ・触媒や電子デバイス、磁気デバイスなどに応用する、ナノ機能材料として期待される。


 JST戦略的創造研究推進事業において、慶應義塾大学 理工学部の中嶋 敦 教授らは、本研究グループが開発した16個のシリコン原子が中心の金属原子を球状に取り囲む「金属内包シリコンナノクラスター」の、酸素との反応性や熱的安定性の評価に成功し、化学的安定性の高い物質であることを明らかにしました。
 ナノクラスターは、数個から千個程度の原子・分子が集合した数ナノ(ナノは10億分の1)メートルほどの大きさの超微粒子です。原子・分子より大きく、バルク(注3)よりも小さいナノクラスターは、そのどちらとも異なる特異的な性質や機能を持っています。その物理・化学的性質は、原子数や組成、荷電状態によって制御することができ、触媒、電子デバイス、磁気デバイスなどへの応用が期待されています。特に、エレクトロニクス分野では、シリコンなど半導体材料のナノクラスターを積み木のように組み上げて、新たな機能を持つ超微細集積構造を生み出す技術が注目されています。
 ナノクラスターの化学的・熱的安定性は、材料として活用する上で、極めて大切な性質です。しかし、これまで気相合成されたナノクラスターの構造や反応変化の様子を的確に追跡する手段が乏しかったため、その化学特性を材料応用の視点から評価することは極めて困難でした。
 本研究グループでは、16個のシリコン原子が、1個のタンタル(注4)金属原子を球状に包み込む金属内包シリコンクラスター(Ta@Si16ナノクラスター)の気相合成に成功しています。このTa@Si16ナノクラスターをグラファイト基板上に蒸着(注5)し、化学特性を評価しました。その結果、Ta@Si16ナノクラスターが、シリコン単体よりも酸化されにくいことや、400℃程度まで安定であることを明らかにしました。
 本研究成果は、ナノクラスターを基本単位として新たな機能材料や超高集積光・電子デバイスを実現するための基盤技術として利用価値が高いと考えられます。
 本研究成果は、米国化学会の学術誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン版で近日中に公開されます。


 本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。
  戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)
  研究プロジェクト:「中嶋ナノクラスター集積制御プロジェクト」
  研究総括:中嶋 敦(慶應義塾大学 理工学部 化学科 教授)
  研究実施期間:平成21年10月〜平成28年3月
 ナノクラスター大量合成と集積方法の開発、集積体の物性機能解析、ならびに新規なデバイスの作製に取り組むことを通して、ナノクラスター物質科学の基礎を確立するとともに、新たなナノデバイス創製の道筋を提示することを目指します。


<研究の背景と経緯>
 新しい機能を持つナノメートル(ナノは10億分の1)サイズの構造体「ナノ物質」の創製は、科学・技術の発展を牽引する基盤技術とされています。例えば、20世紀末から今世紀初頭にかけての炭素フラーレン、炭素ナノチューブやグラフェンなどの「炭素ナノ物質」の発見は、物理学、化学、生物学、材料科学などの基礎科学からエレクトロニクスや医療など多岐に渡る分野へ大きなインパクトを与え、新たな研究開発領域を生み出すとともに、産業応用の可能性が注目されてきました。
 しかし、炭素ナノ物質の研究開発が集中的に行われているものの、その他のナノ物質群の研究開発は大きく立ち遅れています。特に今日の高度情報化社会の礎であるシリコンナノエレクトロニクス(注6)では、シリコンを基本骨格とし、遷移金属(注7)原子などにより機能性を持たせた「シリコンナノ物質」を創製し、さらにそのシリコンナノ物質を基本単位として集合させてボトムアップ(注8)的にエレクトロニクス材料を構築するための、新しい技術の開発が望まれています。
 本研究グループでは、シリコン原子と遷移金属原子を気相中で混ぜ合わせてナノ構造体を合成する手法を駆使して、シリコン原子を基本骨格に持つ新たなナノ物質群「金属内包シリコンナノクラスター」を創製する研究を進めてきました。金属内包シリコンナノクラスターの興味深い性質は、その荷電状態によって電子物性や化学的性質が著しく変化することです。例えば、本研究で扱ったTa@Si16ナノクラスター(図1)は、+1価の状態では化学的に不活性な性質となりますが、中性の状態では化学的に活性な性質を持つことが理論的に予測されています。Ta@Si16ナノクラスターは球状構造をとり、さらに安定な状態の電子数に比べて1個余っているので、自由電子を安定数よりも1個多く持つことで反応性が高くなるナトリウムなどのアルカリ金属元素と同様に振る舞います。
 このような、1つの原子の電子構造と類似した電子状態を持つことで、1つの原子と同じように振る舞うナノクラスターは、超原子(superatom)(注9)と呼ばれ、機能デバイスの創製の上で極めて重要な物質です。なぜなら、多くの機能デバイスは機能部位を構成する物質の物理・化学的性質の変化に応じて動くので、荷電状態により性質を制御できる金属内包シリコンナノクラスターの超原子は、新たな機能ナノデバイスへの利用が期待できるからです。これまで気相合成されたナノクラスターの構造や反応変化の様子を的確に追跡する手段が乏しかったため、固体表面での金属内包シリコンナノクラスターの化学特性の評価が待たれていました。
 本研究では、集積化やデバイスなどの応用上必要な、ナノクラスターの性質を維持したまま固体表面に配列した状態で酸素との反応性(空気中での安定性)や熱耐性を明らかにすることを試みました。


<研究の内容>
 本研究は、ナノクラスターの気相合成、サイズ選別、蒸着、および化学特性を真空中で一貫して評価できる実験装置を用いました。Ta@Si16ナノクラスター(図1)をマグネトロンスパッタリング法(注10)によって気相合成し、それを原子1個の精度でサイズ選別した後に、グラファイト基板の固体表面に蒸着しました。蒸着のための基板には高配向熱分解グラファイト(HOPG)(注11)の清浄面を用いました。この基板面に蒸着されたTa@Si16ナノクラスターの酸素との反応性や温度上昇などの化学的な挙動を、X線光電子分光法(XPS)(注12)によって原子レベルで評価したところ、以下の知見が得られました。

◆Ta@Si16ナノクラスターが金属内包球状構造であることを初めて実証
 図2(ア)、(イ)は、グラファイト基板にTa@Si16ナノクラスターを蒸着させて得られるXPSスペクトルです。XPSスペクトルは原子の結合様式や電荷状態などの情報を与えます。シリコン原子とタンタル金属原子のそれぞれのXPSスペクトルでは、いずれの原子も結合様式や電荷状態が同じで、その両者の組成比は16:1であることが分かりました。これは、シリコン16個がタンタル金属原子1個を中心原子として取り囲むように球状になっていることを示しています。このXPSスペクトルによって、Ta@Si16ナノクラスターが金属内包球状構造であることを初めて分光学的に実証しました。

◆酸素との反応性が乏しく熱的安定性が高いことを実証
 XPSスペクトルの情報をもとに、HOPG上に固定されたTa@Si16ナノクラスターを酸素にさらしたところ、図3に示したようにタンタル金属原子とシリコン原子の両方とも酸素との反応が乏しいことが分かりました。これは、Ta@Si16ナノクラスターが金属内包構造をとるため、中心のタンタル金属原子は酸素と反応できないだけでなく、ナノクラスター全体としても高い安定性を持つことを示しています。
 さらに、図2(ウ)、(エ)に示したように、Ta@Si16ナノクラスターを基板上に蒸着したまま温度を上昇させても、少なくとも400℃まで金属内包構造が保持されることが分かりました。
 これらの結果は、Ta@Si16ナノクラスターが、その特徴的な金属内包構造を保持した状態で安定に固体表面に固定・薄膜化され、その化学特性は酸素との反応性が乏しく熱的安定性が高いことを示しています。


<今後の展開>
 材料物質を大きな塊からナノメートルサイズに微細加工するトップダウンナノテクノロジーに対して、機能制御されたナノクラスターを積み木のように組み上げて、構造体を作製する技術は、ボトムアップナノテクノロジーと呼ばれます。後者のボトムアップナノテクノロジーは、自然界に存在しない人工機能材料や微細加工技術の限界を超える超高集積電子デバイスを実現するための新たな基盤技術として注目されています。
 今回明らかにされた性質によって、これまでに確立されてきた物質表面への蒸着法に加えて、400℃まで構造が変わらない高い熱的安定性の特徴を活かした昇華精製(注13)や、酸化し難いことによる有機溶媒への溶解といった化学的な手法によって、金属内包シリコンナノクラスターを基本単位とした、新たな機能材料や機能デバイス作製が実現できると期待できます。今後は、物質表面での金属内包シリコンナノクラスターの秩序化や配列化をさらに進めることで、「シリコンナノ物質の機能材料化」の応用展開を図るとともに、ナノクラスター超原子を出発点とする基礎研究をさらに深化していきます。


<参考図>

 ※添付の関連資料を参照


<用語解説>
 注1)金属内包シリコンナノクラスター
 金属原子を中心にシリコン原子が球状に規則的に配列して形成される超微粒子。本研究ではシリコン原子16個がタンタル金属1つを内包する物質を取り上げている。

 注2)気相合成
 液体中に目的とする物質が存在する状態で合成する液相合成に対し、ヘリウムガスなど気体中にイオンやプラズマなどが存在する状態で合成する方法を気相合成と呼ぶ。極めて純度の高い条件下で溶媒のない雰囲気下で反応させるので不純物が混入しにくく、原子数や構造を精密に制御する合成に適している。

 注3)バルク
 原子や分子が多数集合して固体や液体となった物質のことを指し、表面や界面の影響が乏しいと見なせる。

 注4)タンタル
 原子番号73の遷移金属。耐熱性や耐食性が強く、エレクトロニクス分野で広く使われている。その電子構造からシリコンナノクラスターの構成物質として注目されている。

 注5)蒸着
 金属などを気化・蒸発させて素材表面に薄膜を形成する手法。

 注6)シリコンナノエレクトロニクス
 シリコンを主成分とするナノ物質の電子的性質を利用する工学分野。

 注7)遷移金属
 鉄、コバルト、ニッケルなどに代表される一群の金属。多様な元素と結合することができるため、広く工業利用されている。

 注8)ボトムアップ
 小さい単位から、より大きな塊の物質を生成させる過程をボトムアップという。ちなみに、逆に大きな塊の物質から小さな物質を生成させる過程をトップダウンという。

 注9)超原子(superatom)
 数個以上の原子の集合体で、球状構造を持つことを特徴とし、1個の原子の電子構造と類似した電子状態を持つことによって、あたかも1個の原子であるかのように振る舞うナノクラスターのこと。

 注10)マグネトロンスパッタリング法
 真空下で磁場中に置かれた金属材料(ターゲット)に、高エネルギーの気体イオンを照射してターゲットから原子を「たたき出す」技術。

 注11)高配向熱分解グラファイト(HOPG)
 炭素原子から構成される亀の甲状の分子(グラファイト)が極めて規則的に向きを一定に配列された薄膜物質で、HOPGとも呼ばれる。本研究では化学反応性が極めて低い(不活性な)導電性表面の典型例として利用した。

 注12)X線光電子分光法(XPS)
 X線を試料に照射して放出される光電子のエネルギーを測定することで、試料物質の組成や構成元素の化学的結合環境を測定する方法。

 注13)昇華精製
 物質を固体から気体にする昇華によって精製すること。


<論文名>
 “Chemical Characterization of an Alkali−Like Superatom Consisting of a Ta−Encapsulating Si16 Cage” (Communications) Spotlights(注目論文)に選定されました。
 (タンタル原子内包シリコン16個ケージのアルカリ金属様超原子ナノクラスターの化学特性評価)
 doi:10.1021/jacs.5b08035





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