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東北大、鉄系超伝導体の新たな極薄膜化技術を確立

2015-11-09

鉄系超伝導体の新たな極薄膜化技術の確立
−極薄膜の物性解明への貢献が期待−


【発表のポイント】
 ●電気化学反応を利用した「エッチング法」により、鉄系超伝導体の極薄膜化を実現
 ●電界効果と組み合わせて、約40K(=−233°C)における高温超伝導転移を単原子層0.6nmから数nmまでの広い厚さ領域で発現させることに初めて成功
 ●極薄膜にすることで現れる未知の性質の発見や原子層レベル極薄膜開発への貢献が期待


【概要】
 東北大学金属材料研究所の塩貝純一助教、伊藤恭太大学院生、三橋駿貴大学院生、野島勉准教授、塚崎敦(◇)教授らの研究グループは、鉄とセレンからなる層状の超伝導(※1)物質であるセレン化鉄(FeSe)を、電気化学反応をつかったエッチング法(※2)という手法を用いて極薄膜化する技術を確立しました。この手法により、一つのFeSe試料で約20nmから単原子層0.6nmまでの厚みを連続的に変化させた実験を実現できます。さらに本研究では、転移温度40K(ケルビン(※3))の高温超伝導が、単原子層0.6nmから数nmという幅広い厚さの薄膜状態で実現することを初めて観測しました。これまで、極薄膜セレン化鉄の高温での超伝導転移は厚さ約1nm以下でしか起こらないと考えられてきましたが、この成果により、極薄膜状態での高温超伝導誘起の起源について理解が進むものと期待されます。また、今回確立した薄膜エッチング法は、セレン化鉄以外の物質にも適用することができるため、極薄膜に出現する新奇物性の探索研究に広く展開されることが期待されます。
 本研究成果は、日本時間2015年11月3日(火)(英国時間11月2日16時)に、英国科学誌「Nature Physics」オンライン速報版に掲載されます。

 ◇氏名の正式表記は添付の関連資料を参照


【詳細な説明】
 1.研究背景
 2010年ノーベル物理学賞を受賞したノボセロフとガイムらによるグラフェンの先駆的な研究を発端として、原子層レベルの極薄膜に生じる特異な物性を明らかにする研究が盛んに行われています。本研究では、セレン化鉄(FeSe)の極薄膜研究に取り組みました。FeSeは層状の鉄系超伝導物質で、バルク(塊)の状態で超伝導転移温度が8Kであることが知られています。さらに近年の研究では、1nm程度の極薄膜状態にすると65Kという高温で超伝導転移を示すことが明らかになっており、薄膜化によって超伝導状態の高温化が期待されている物質です。しかしながら、セレン化鉄は大気中で劣化しやすく、これまで超伝導転移温度に対する詳細な膜厚依存性に関する研究が未開拓でした。

 *図1は添付の関連資料を参照


2.成果の内容
 ■エッチング法による新たな薄膜化技術の確立
 本研究では、電気二重層トランジスタ(※4)の構造(図1左)を用いて、電気化学反応を活用した「エッチング法」により、極薄膜化する技術を確立しました。この技術は従来の剥離法(※5)とは全く異なる新たな手法です。本研究グループは、この新技術をFeSeに適用しました。著者らはパルスレーザー堆積法により原子40層程度(約20nm)のFeSe薄膜を作製した後、その表面にイオン液体を載せることにより、図1に示すような電気二重層トランジスタを作製しました。正の電圧をゲート電極に印加して陽イオンを薄膜表面に吸着させると、陽イオンと薄膜表面の電子が形成する電気二重層が強い界面電場を発生させます。この状態で試料温度を上げることで、薄膜表面からFeSeが溶け出します(エッチングされる)。この方法で、初期状態の20nmから徐々に厚みを薄くして行き、単原子層(〜0.6nm)を得ることに成功しました。

■膜厚と高温伝導体転移温度に関する新知見
 さらに本研究では、図2左に示すように、各膜厚で電気抵抗の温度依存性を測定しました。その結果、10nm程度以下の厚さで薄膜全体が40Kの高温超伝導体になることが分かりました。
 これらの結果は、本研究で実現した電気二重層トランジスタによるエッチングが、原子1層レベルで均一であり、精度よく単原子層まで薄膜の厚みを制御できることを意味しています。また、これまで1nm程度の極薄膜状態のときしか起こらないと報告されてきた高温超伝導転移を、実際には電界を印加することで10nm程度までの広い領域で実現できるということも今回明らかとなりました。この研究成果により得られた、膜厚効果と電界効果の両側面をより詳細に検証することで、今後、セレン化鉄の超伝導転移温度の高温化についての理解が進むと期待されます。

 *図2は添付の関連資料を参照


3.今後の展開
 本研究結果により、電気二重層トランジスタ構造を用いて、物質の膜厚に依存する物理特性を数十の原子層が重なった厚い状態から単原子層まで一つの試料で測定できることが明らかとなりました。最近、次世代ナノエレクトロニクスの候補物質としても注目されている層状物質の単図2:電気抵抗の膜厚依存性と薄膜化による超伝導転移温度の向上FeSeの膜厚(d)を18nmから単原子層まで薄くしたときの電気抵抗の温度依存性。薄膜化することにより、超伝導転移温度が8Kから40Kに向上することが分かった。
原子層状態は、電界効果を組み合わせた研究において様々な興味深い現象の発見が相次いでいます。本研究で開発したエッチング法と物性測定を組み合わせた新たな技術は、他の様々な物質系への適用が可能です。今後、新奇物性の発見を目指した極薄膜物性研究やナノエレクトロニクス材料開発に展開していくことが期待されます。


【発表論文】
 ・雑誌名:Nature Physics
 ・英文タイトル:Electric−field−induced superconductivity in electrochemically etched ultrathin FeSe films on SrTiO3 and MgO
 ・全著者:J. Shiogai, M. Ito, T. Mitsuhashi, T. Nojima and A. Tsukazaki
 ・DOI:10.1038/nphys3530


【専門用語解説】
 ※1 超伝導
 低温で電気抵抗がゼロになる現象を超伝導、そのような性質を示す物質を超伝導体といいます。電気抵抗がゼロであるため、電流を流してもエネルギー損失がありません。実用例としては、磁気共鳴イメージング(MRI)やリニアモーターカーが挙げられます。一方で、超伝導を示すようになる温度は低く、大気圧下でのこれまでの最高温度は135K(−138°C)であり、より高い温度で超伝導となる物質の探索が続いています。本研究で取り扱っているセレン化鉄(FeSe)は鉄系超伝導体のひとつです。鉄系超伝導体とは、鉄を含む超伝導体の総称で、2008年に初めて発見されて以来、銅酸化物以外の高温超伝導物質として認知され、爆発的に研究が広がりました。

 ※2 エッチング
 版画・印刷や金属表面の研磨に使用される腐食作用による表面加工技術。本研究で用いたエッチングは、電解エッチングの一種であり、薄膜材料を陰極として陽極に正の電圧を印加しながら電気化学的に表面を溶解・除去する手法とみなすことができます。

 ※3 ケルビン
 温度の基本単位で、T(K)=T(°C)+273.15で換算されます。

 ※4 電気二重層トランジスタ
 電界効果トランジスタの一種で、ゲート電圧で薄膜チャネルの電子濃度を制御し、抵抗をスイッチさせる素子です。固体絶縁膜を利用した常の電界効果トランジスタは、半導体集積回路素子として現在のエレクトロニクス社会に欠かせないものとなっています。この固体絶縁膜をイ
オン液体に替えることで、固体絶縁膜に比べて約100倍もの電子濃度の蓄積を可能としたものが電気二重層トランジスタで、これまで超伝導や強相関物性の変調に成功してきました。本研究では、電気化学反応とこの電界効果を組み合わせることで、FeSeの極薄膜〜10nm程度の広い薄膜領域で高温超伝導の観測に成功しました。

 ※5 従来の剥離法(スコッチテープ法)
 へき開性のある物質を、スコッチテープを用いて繰り返しはがすことにより、最終的に原子1層の極薄膜を作る方法です。この手法により、バルク(塊)のグラファイト(黒鉛)から原子1層のグラフェンを作製できることがノボセロフとガイムらのグループにより明らかにされて以降、単原子層を作製する手法として爆発的に広まりました。

 *図3は添付の関連資料を参照





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