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九大と京大、大脳視覚野の神経細胞が機能を獲得するメカニズムを解明

2015-11-09

大脳視覚野の神経細胞が機能を獲得するメカニズムを解明
最初は神経活動によらず機能を獲得し、その後神経活動に依存して環境に最適化することを発見


●概要
 九州大学大学院医学研究院の大木研一教授、同大学院生の萩原賢太、京都大学大学院理学研究科の田川義晃講師らの研究グループは、視覚情報を処理する大脳の神経細胞が、最初は神経活動によらずに機能を獲得し、その後、神経活動に依存して機能を環境に最適化させることを発見しました。これは、「脳の発達を左右するのは氏か育ちか」の議論に貢献する結果です。大脳機能の発達メカニズムの解明へ向けて大きく前進するものであるとともに、発達期における神経活動の異常が原因となって発症する脳・精神疾患の病態理解につながることも期待されます。
 本研究結果は2015年11月2日(月)午後4時(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Neuroscience」誌のオンライン速報版で公開されます。
 URL(http://www.nature.com/neuro/journal/vaop/ncurrent/full/nn.4155.html


■背景
 「脳の発達を左右するのは氏か育ちか」、すなわち、脳の神経細胞の機能が遺伝的に決まっているか、それとも生後の環境や神経活動によって決まるのかについては長く議論されてきました。一説では、神経細胞がはじめに機能を獲得するときから、神経細胞自身の活動が必要と考えられてきました。しかし、そのことを検証する実験は技術的に難しく、十分な実験結果がこれまでありませんでした。本研究グループは、独自の神経活動制御・記録技術により、この仮説の検証に挑みました。神経細胞がどのようにして機能を獲得するかを調べるために、その対象として視覚野の方位選択性という機能を調べました。私たちが物を見るとき、視覚情報を処理する大脳の領域(視覚野)では、物体の輪郭を抽出しています。このとき、個々の細胞を見ると、特定の場所にある特定の傾きをもった線分に反応しています。この特定の傾きに反応する性質は方位選択性とよばれ、1981年にノーベル賞を受賞したHubel博士とWiesel博士が発見したものです。本研究グループは今回、この方位選択性の形成を左右するのが「氏か育ちか」を調べました。実験にはマウスを用いて、胎児期から神経細胞の活動を抑制し、その後、成長したマウスで方位選択性が正常に発達しているかどうかを検証しました。

■内容
 大脳の神経細胞の活動を一定期間、持続的に抑制するために、大脳の神経細胞に神経活動を抑制する作用のあるKirというカリウムチャンネル(※1)を発現させました。Kirの発現をドキシサイクリンという薬剤でコントロールすることにより、胎児期から発達期にかけて神経細胞の活動を抑制しました。この手法と2光子顕微鏡(※2)を用いて、神経活動を抑制されて育った神経細胞と正常な神経活動を経験した神経細胞の方位選択性をマウス個体で観察しました。
 その結果、驚くべきことに、発達期に神経活動を抑制した条件下でも、個々の神経細胞は正常な方位選択性を示すことが明らかになりました。このことから、大脳皮質視覚野の神経細胞がはじめに方位選択性を獲得する際には、神経細胞の活動は重要ではないことが分かりました。
 しかしながら、発達期に神経活動を抑制した条件では、神経細胞の集団を見ると、最適方位(個々の細胞が最もよく反応する傾き)の分布に異常があることが見つかりました。神経細胞がいったん方位選択性を獲得したあと、最適方位の分布が変化する均一化という次の過程があり、この過程によって神経細胞の集団は全方位をまんべんなく情報表現するようになり、環境に最適化されますが、この過程が神経細胞の活動の抑制によって阻害されることが判明しました。このことから、最適方位の分布の均一化には、神経細胞の活動が重要なことが明らかとなりました。
 さらにこの過程には、神経活動の中でも自発神経活動が重要なことがわかりました。自発神経活動とは、発達期の脳で自発的に起こる神経活動のことで、環境に影響されて起こる神経活動とは異なるものです。従って、環境への最適化は、意外なことに環境からの影響を受けずに、発達期の脳が自分で起こす神経活動を使って行っていることがわかりました。
 これらの発見により、視覚野の神経細胞が、最初は神経活動によらずに方位選択性を獲得し、その後、自発神経活動に依存して最適方位の分布を環境に最適化することが示されました。

 *参考資料は添付の関連資料を参照


■効果
 大脳の神経細胞がはじめに機能を獲得する時に、神経活動が重要でないことを初めて明らかにしました。この結果は、従来の定説を覆す発見で、脳機能の初期獲得には遺伝・発生が重要なことを示唆し、はじめの機能獲得には「氏」の方が重要と解釈できます。また、はじめの機能獲得の後、機能がさらに最適化される次の段階があり、そこには自発神経活動が重要なことも明らかにしました。つまり、脳の機能発達は「氏か育ちか」だけではなく、発達期の脳が自分で起こす神経活動を使って機能を最適化するメカニズムがあることが明らかになりました。これらの結果は、大脳の神経回路・機能の形成メカニズムの理解を大きく進めるものと言えます。


■今後の展開
 今後、初期過程において神経活動によらずに方位選択性がどのように獲得されているのか、後期過程で神経活動がどのように個々の神経細胞の最適方位を決めているのかを解明していきます。また、発達期の大脳皮質の広範な活動低下が視覚情報表現(最適方位の均一な分布)を阻害したことから、他の大脳機能・回路構築も阻害している可能性があり、それを調べることも、発達障害等の脳精神疾患の病態理解のための重要な課題です。


■本研究について
 本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)の「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」(平成27年度よりJSTより移管)、「脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」(平成27年度より文科省より移管)、戦略的国際科学技術協力推進事業日独研究交流「計算論的神経科学」(平成27年度以降JSTより移管)、および文部科学省・科学研究費の支援を受けて行ったものです。


■用語解説
 (※1)カリウムチャンネル:細胞膜にありカリウムイオンを細胞内外に通すタンパク質で、神経細胞が活動しない状態(静止膜電位)を維持するのに重要である。カリウムチャネルを細胞にたくさん発現させると細胞が非常に活動しにくくなる。

 (※2)2光子顕微鏡:2光子顕微鏡は、1990年にWinfried Denk博士らにより開発された蛍光顕微鏡である。蛍光分子が2つの光子を同時に吸収して励起状態となる非線形光学現象を利用しており、1光子励起に比べて長い波長の励起光を用いるため、より深部のイメージングが可能となる。そのため、生きたままの動物の脳内にある、個々の神経細胞を観察することなどに利用されている。


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