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慶大と東大、生きた動物の体内で発生する微量の活性酸素を検出することに成功
生きた動物の体内で発生する
微量の活性酸素を検出することに世界で初めて成功
東京大学大学院薬学系研究科、同医学系研究科の浦野泰照教授と、慶應義塾大学医学部の小林英司特任教授との共同研究グループは、ホタルの発光酵素であるルシフェラーゼを利用した独自の検出システムによって、生きた動物の体内で発生する微量の活性酸素を検出することに世界で初めて成功しました。
活性酸素は癌や生活習慣病、老化等、さまざまな病気の原因であると言われていますが、無色透明で発生してもすぐに消えてしまうので簡単に見ることができないため、生きた動物の体内で観察することが困難でした。本研究により、生きた動物体内で活性酸素の発生する場所、タイミングを検出することが可能となったため、今後、活性酸素の生体における役割の解明や活性酸素の発生を抑える新薬の開発が期待されます。
本研究成果は、2015年10月17日に科学雑誌「Angewandte Chemie International Edition」オンライン版で公開されました。
1.研究の背景
多くの生物は、生命維持に必要なエネルギーを得るため、絶えず酸素を消費しています。これらの酸素の一部は、代謝過程において活性酸素と呼ばれる高い反応性を持つ物質に変換されますが、活性酸素が大量に発生する状況下では、十分に処理しきれないことがあります。こうした過剰な活性酸素は癌や生活習慣病、老化等、さまざまな病気の原因であると言われています。
活性酸素は無色透明で発生してもすぐに消えてしまうので、簡単に見ることができません。そのため、活性酸素が発生する場所や量を知ることが難しく、生体内での役割には未だ不明な点が多いため、その働きを評価する手法が必要でした。特に、活性酸素を生きた動物の体内で視覚的に観察することが求められていました。
本研究では、同グループが近年見出した電子移動のコントロールによる発光ON/OFF制御法(注1)を用いて、強い酸化力を持つ活性酸素種(hROS:highly Reactive Oxygen Species)と反応することで強い蛍光を発する性質を持つ蛍光プローブ(注2)の開発に成功していることから、この原理を用いてhROSの検出が可能な生物発光プローブを開発することができるのではないかと考えて研究を行いました。
2.研究の概要
最初に、東京大学浦野教授グループが、ホタルの発光基質である類縁体に、発光酵素であるルシフェラーゼとの出会いと、基質内の電子の遷移(注3)を制御できる2つの化学スイッチを同時に導入しました。その結果、hROS存在下での発光を、hROS非存在下での発光と比較して極めて大きく増幅できることを示しました。これを用いて、慶應義塾大学小林特任教授グループが開発した、遺伝子導入ラット(通称;ホタルラット;注4)の深部において免疫細胞の一種である好中球から発生するhROSを高感度に生体内イメージングすることに成功しました。
生物発光分子は、発光酵素と反応することで励起(れいき)状態と呼ばれる活性化状態となり、これが基底状態とよばれる非活性化状態に戻るときに光子を放出します。まず、電子移動のコントロールによる発光ON/OFF制御法を用いて、hROSとの反応前には発光が電子移動によって抑制され、hROSとの反応後には発光が回復する、生物発光プローブ(APL)の開発に成功しましたが、生理学的に意味のある量のhROSを高感度に検出することは困難でした。そこで、電子移動のコントロールによる発光ON/OFF制御法に加えて、生物発光基質がホタルラットの細胞内のルシフェラーゼと出会わないと発光しないことに注目しました。第二のON/OFFスイッチとしてhROSの反応前には細胞膜を透過しにくい一方で、反応後には細胞膜透過性を獲得してルシフェラーゼとの出会いが促進されるように、基質の構造に改変を加えました。その結果、生体深部で好中球から発生するhROSを生体を傷つけることなく外部から高感度で検出することに成功しました。
遺伝子導入ラットに好中球誘引物質を腹腔に投与した後に、好中球刺激物質を投与することで好中球から発生するhROSをラットが生きたままの状態で、体外から検出することに成功しました。ホタルラットに今回開発した新型プローベを注入しておいた状態(下図:左)に、好中球から活性酸素を出させることで知られているプロテインキナーゼ活性剤PMAを腹腔内に入れると10分前後で強い発光が出てくることで証明されました(下図:右)。
※参考図は添付の関連資料を参照
3.研究の意義と今後の展開
本研究によって病的状態における活性酸素の動態や、ルシフェラーゼを発現するラットから分離した幹細胞を用いた細胞移植における種々の変化を見ることができると考えられます。本研究成果は、未だ不明な点が多い活性酸素の生体における発生の程度の測定が可能なことから、これまで漠然と活性酸素の発生を抑えると考えられてきた健康食品の科学的立証や新薬の開発に貢献すると期待できます。
4.特記事項
本研究は、文部科学省科学研究費補助金 新学術領域研究「酸素を基軸とする生命の新たな統合的理解(酸素生物学)」の支援を受けて行われました。
5.論文について
・タイトル(和訳):“Development of a Sensitive Bioluminogenic Probe for Imaging Highly Reactive Oxygen Species in Living Rats”
(生きているラット体内で発生する活性酸素種を高感度検出可能な生物発光プローブの開発)
・著者名:小嶋良輔、高倉栄男、神谷真子、小林英司、小松徹、上野匡、寺井琢也、花岡健二郎、長野哲雄、浦野泰照
・掲載誌:「Angewandte Chemie International Edition」オンライン版
【用語解説】
(注1)電子移動のコントロールによる発光ON/OFF制御法
ルシフェラーゼ(発光酵素)との反応によって生成する発光直前の高いエネルギー状態のルシフェリン(生物発光物質)に、近傍に結合した電子が豊富に存在する部位から電子移動が起きると、高いエネルギー状態にある電子が元の軌道に戻れなくなり、光子が放出されなくなることを最近見出しました(Bioluminescent−enzyme induced electron transfer; BioLeT, J.Am. Chem. Soc. 2015, 137, 4010)。近傍の電子が豊富に存在する部位が、発光団にどれだけ電子を与えやすいかをコントロールすることで、ルシフェリンの発光のON/OFFをコントロールできます。
(注2)蛍光プローブ
蛍光プローブは生体内の物質を可視化するための蛍光色素で、生体内の物質と相互作用することで、蛍光の強さや色調が変化します。蛍光プローブを生きた細胞内に入れ、顕微鏡で蛍光変化を観察することで、目に見えない生体物質を目に見える形にすることができます。
(注3)電子の遷移
原子や分子の中の電子が、光などのエネルギーを吸収または放出し、ある軌道から別の軌道へ飛び移ることです。
(注4)ホタルラット
発光基質であるルシフェリンを変換する酵素ルシフェラーゼ遺伝子を、ラットの受精卵に細いガラス管で入れて作出した遺伝子改変ラット。2006年に小林特任教授らが、全身細胞に強力に発現するように遺伝子の作動を制御するプロモーターを使って作出しました。本研究では、体内の全ての細胞内でルシフェラーゼ酵素を持つこのラットの特性を活用し、体内で発生する活性酸素を生きた動物の体内での発光として観察可能な、新規発光システムが誕生しました。