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筑波大と理研、レム睡眠とノンレム睡眠の切り替えを司る脳部位を発見

2015-10-28

夢のスイッチが明らかにする夢を見る理由
〜レム睡眠の意義を初めて科学的に証明〜


■研究成果のポイント
 1.これまで、夢を生じるレム(急速眼球運動)睡眠(1)の役割は謎となっていました。
 2.レム睡眠とノンレム睡眠の切り替えを司る脳部位を発見し、レム睡眠を無くしたり増やしたりできるトランスジェニックマウスを開発しました。
 3.レム睡眠には、デルタ波(2)(記憶形成や脳機能の回復に重要な脳活動)をノンレム睡眠中に誘発する役割があることを発見しました。


 夢を生み出すレム睡眠は、その役割が脳科学の最大の謎の一つでした。国立大学法人筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(WPI−IIIS) 林悠助教らと国立研究開発法人理化学研究所脳科学総合研究センター 糸原重美チームリーダーらの共同研究グループは、レム睡眠とノンレム睡眠の切り替えを司る脳部位を発見し、レム睡眠を操作できるトランスジェニックマウスを開発しました。その結果、レム睡眠には、デルタ波と呼ばれる記憶形成や脳機能の回復に重要な神経活動を、ノンレム睡眠中に誘発する役割があることが判明しました。この作用を介して、レム睡眠が脳発達や学習に貢献する可能性が明らかとなりました。
 本研究は、米国東部標準時間2015年10月22日付で科学雑誌「Science」に公開されます。
 *本研究の一部は、JST戦略的創造研究推進事業(さきがけ)(「細胞機能の構成的な理解と制御」研究領域の研究課題名「なぜ夢を見るのか〜トランスジェニックマウスによるレム睡眠の操作と解析〜」(研究代表者:林悠))の一環として行われました。


■研究の背景
 なぜ夢を見るのかは、古くから様々な分野の人が思案してきました。精神科医のフロイトは、夢が無意識の願望の表れであり、この願望を睡眠中に満たすことで、精神的な充足を得ているのだと提案しました。一方、DNAの二重らせん構造の発見で有名なクリックは、夢は脳が不要な記憶を削除する過程であると提案しました。1953年のレム睡眠の発見を皮切りに、夢が本格的に科学的研究の対象となりました。しかしながら、フロイトやクリックの仮説を支持する科学的な証拠は見つかっておらず、レム睡眠の発見から60年以上経った今なお、レム睡眠の役割は脳科学上の最大の謎の一つでした。
 レム睡眠とノンレム睡眠が見られるのは、複雑な脳を持つ哺乳類と鳥類のみです。従ってこれら二つの睡眠は、脳の高等な機能に関わると考えられてきました。レム睡眠は新生児期や学習直後に多いことは知られていましたが、レム睡眠を単純な強制覚醒により阻害する実験では、刺激そのものによるストレスが生じてしまうなど、レム睡眠を有効に阻害する方法がなかったため、具体的な役割は分かっていませんでした。
 また、レム睡眠とノンレム睡眠の切り替えのメカニズムに関しても、脳のどの細胞がスイッチの役を担っているのかは、正確には分かっていませんでした。


■研究内容と成果
 今回、本研究グループはマウスの遺伝子操作技術を駆使した結果、レム睡眠からノンレム睡眠へと切り替えるスイッチの役割を担う神経細胞を発見しました。神経細胞の活動を自在に操れる手法(DREADD(3))により、この神経細胞の活動を人為的に強めたマウス(スイッチONマウス)ではレム睡眠が消失し、逆に、この神経細胞の活動を弱めたマウス(スイッチOFFマウス)では、レム睡眠が顕著に増えました。そこで、このレム睡眠を操作できる世界初のトランスジェニックマウスを用いて、レム睡眠の効果を解析しました。
 レム睡眠を操作した影響は、デルタ波という脳波に現れました。デルタ波はレム睡眠と同様に哺乳類と鳥類に固有の現象であり、神経細胞同士の連絡であるシナプス(4)を強め、学習や記憶形成を促す作用が知られています。デルタ波はノンレム睡眠中に最も生じやすいのですが、レム睡眠を無くすと、次第にノンレム睡眠中のデルタ波が弱まり、逆に、レム睡眠を増やすと、デルタ波が強まりました。従ってレム睡眠はデルタ波を強める作用があることが判明し、この作用を介して学習や記憶形成に貢献することが示唆されました。
 また、今回の研究では、これらの細胞がどの細胞に由来するのかを調べ、親となる細胞(神経前駆細胞)も同定することに成功しました。興味深いことに、この神経前駆細胞からは、レム睡眠とノンレム睡眠の切り替えを担う細胞だけでなく、睡眠から覚醒への切り替えを担う細胞も生み出されることがわかりました。脳の状態を司る多様なスイッチ細胞を生み出すことに特化した神経前駆細胞の存在が、初めて明らかとなりました。この発見は、睡眠と覚醒だけの単純な脳の状態しか持たない生物から、レム睡眠やノンレム睡眠といったより複雑な脳の状態もつ生物が進化した歴史を裏付ける最初の証拠とも考えられます。


■今後の展開
 今後、本研究グループが開発したトランスジェニックマウスの学習能力や記憶力を検証することで、レム睡眠が記憶や学習にどのように寄与するのかについても、さらなる解明が期待されます。また、レム睡眠は新生児期に多いことから、脳発達にも重要である可能性が考えられます。実際、自閉症スペクトラムや注意欠陥・多動性障害(ADHD)などの発達障害では、しばしばレム睡眠の減少を伴います。脳発達におけるレム睡眠の役割も、私たちの動物モデルを用いて明らかにできることが期待されます。一方、成人では、アルツハイマー病やうつ病、睡眠時無呼吸症候群の患者において、睡眠中のデルタ波の減少が知られており、レム睡眠の低下が、脳機能の低下を引き起こしている可能性が考えられます。また、日本人の5人に1人は不眠に悩んでいるという報告もありますが、現在主流となっている不眠症治療薬では、レム睡眠の割合が減少する問題があります。心的外傷後ストレス障害(PTSD)やある種の薬剤の副作用により引き起こされる悪夢なども、レム睡眠の異常といえます。今後、こうした疾患におけるレム睡眠の異常とその他の症状との関連を検討することで、発症のメカニズムの理解や治療法の開発につながると期待されます。


■用語解説
 1)レム睡眠
 1953年に報告された活発な眼球運動を伴う睡眠のフェーズ。レム(REM)とは、rapid eye movement(急速眼球運動)の略。この発見により、私たちの脳の活動状態は主に、「覚醒」「レム睡眠」「ノンレム睡眠」の3つに分けられるようになった。また、1957年には、夢が主にレム睡眠中に生じることも明らかとなった。

 2)デルタ波
 脳表面から観測される電気的信号を脳波という。代表的なものに、リラックス時に現れるアルファ波や集中時に現れるベータ波が知られる。デルタ波も脳波の一種で、1秒間に4回以下の非常にゆっくりとした振動を特徴とするため、徐波とも呼ばれる。ノンレム睡眠中に生じやすい。電気刺激により人為的にデルタ波を誘発する実験などから、デルタ波が記憶の形成や学習を促す効果や、シナプス(後記)を強める作用があることが明らかとなっている。

 3)DREADD
 神経細胞の活動を人為的に操作するために、人工的にデザインされたタンパク質。遺伝子操作技術によりこのタンパク質を導入した神経細胞では、一時的に神経活動を増やしたり減らしたりできるため、神経細胞の機能の理解に非常に有効なツールである。

 4)シナプス
 脳の神経細胞同士をつなぐ構造。神経細胞はシナプスを介して、自らの電気的信号を他の神経細胞に伝える。学習や記憶形成、脳発達の主な実体は、シナプスが強まることで神経細胞間の信号が伝わりやすくなることだということも知られる。


■参考図

 ※添付の関連資料を参照


■掲載論文
 【題名】Cells of a Common Developmental Origin Regulate REM/non−REM sleep and Wakefulness in Mice
  (和訳)共通の発生学的起源由来の細胞群による睡眠覚醒とレム/ノンレム睡眠の制御
 【著者名】Yu Hayashi, Mitsuaki Kashiwagi, Kosuke Yasuda, Reiko Ando, Mika Kanuka, Kazuya Sakai, Shigeyoshi Itohara
 【掲載誌】Science





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