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東大、最高加速電圧の電子顕微鏡が原始植物細胞の姿を解明

2015-10-09

世界最高加速電圧の電子顕微鏡が明らかにした原始植物細胞の姿
―日本のスーパー・ナノテクノロジーが誘う10億年のタイムトラベル


1. 発表者:
  高橋 紀之(東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 博士課程3年)
  野崎 久義(東京大学 大学院理学系研究科 生物科学専攻 准教授)


2. 発表のポイント:
 ◆最も原始的と考えられている灰色植物(注1、図1)の細胞の微細3D(立体)構造が世界最高加速電圧の超高圧電子顕微鏡(注2)を用いることで明らかになりました。
 ◆10〜20億年前にシアノバクテリア(注3)が共生して誕生した最初の光合成植物の細胞微細構造が初めて3Dレベルで推測されました。
 ◆他の真核生物を用いた更なる超高圧電子顕微鏡による微細3D構造の研究が、真核生物の中の光合成植物の起源をより明確にすると期待されます。


3. 発表概要:
 太陽からふりそそぐ光が植物細胞の葉緑体に吸収され、地球上の生命のエネルギーの源となっています。この葉緑体の起源は今から10〜20億年前にシアノバクテリアが真核細胞に共生したことで最初の植物になったと考えられています(文献1)。しかし、最初の植物の細胞が具体的にどのようなものであったかは謎に包まれています。
 今回、東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の高橋紀之大学院生(博士課程3年)と野崎久義准教授らの研究グループは、大阪大学が世界に誇る超高圧電子顕微鏡を用いた研究を実施し、最も原始的な光合成植物と考えられている灰色植物(文献2,3)で厚い細胞壁をもつグラウコキスティス(学名Glaucocystis属、図1上段)の原形質体表層の微細3D構造を明らかにしました。この微細3D構造は細胞壁を欠く遊泳性の灰色植物キアノポラ(学名Cyanophora、図1下段)と共通し、原始植物細胞が葉緑体を獲得するときに持っていたことが推測されました。他の真核生物を用いた更なる超高圧電子顕微鏡による微細3D構造の研究が、真核生物の中の光合成植物の起源をより明確にすると期待されます。


4. 発表内容:
 葉緑体をもつ植物細胞の起源と植物界の定義に関しては様々な仮説と推測があり、東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻の野崎准教授らの研究グループは、2003年からゲノム情報をより正しく使用して植物の起源と定義を明らかにしようと研究を開始し、「“超”植物界仮説」(注4)を提唱しました(文献4,5)。その後、世界の研究者が競ってこの仮説を覆そうとしましたが、現時点ではゲノム配列から「“超”植物界」を肯定することも否定することもできない状況であるとの論文が報告されています(文献6)。従って、ゲノム情報以外の研究から植物の起源を探ることも重要と考え、今回、最も原始的とも考えられている灰色植物の微細3D構造の研究を実施しました。灰色植物は単細胞〜群体性の淡水産の生物で葉緑体の色素組成や分裂様式がシアノバクテリアに極めて類似しているために、以前はシアノバクテリアが共生している原生生物と解釈されたこともあります。“葉緑体共生の生きた化石”と言われる原始的な光合成生物で、葉緑体を獲得した直後の始原的植物細胞を明らかにする格好の生物群(モデル生物群)です。これまでに灰色植物の葉緑体の分裂様式、全ゲノム等の研究が報告されています。また、灰色植物は2大系統があり、一方がキアノポラの細胞壁を欠く鞭毛性細胞の系統であり、もう一つが厚い細胞壁で覆われた不動細胞をもつグラウコキスティス等の系統であります。キアノポラは全ゲノムも公開されて最も良く研究されており(文献3)、我々も昨年キアノポラ5種の細胞の表層構造を超高分解能FE−SEM(電界放出型走査型電子顕微鏡)を用いた低加速電圧観察(注5)などの複数の電子顕微鏡法を用いて明らかにしました(文献7,8)。特に低加速電圧FE−SEM法は細胞壁のないキアノポラの原形質体を表層から直接観察するのに有効でした。しかし、細胞壁で覆われたグラウコシキスティスの原形質体表層の観察にFE−SEMが有効でないのは明らかでした。また、2大系統の一方だけの情報で灰色植物の共通の祖先を推測することはできません。
 今回、高橋大学院生と野崎准教授らの研究グループは、大阪大学超高圧電子顕微鏡センターとの共同研究の結果、灰色植物で厚い細胞壁をもつグラウコキスティス2種の原形質体表層の微細立体構造を明らかにしました。キアノポラは細胞壁で覆われていない遊泳性の単細胞生物なので、細胞の表面を高分解能で観察できるFE−SEMと超薄切片による透過型電子顕微鏡法を組み合わせた研究によって、裸の細胞の表層が小葉状の扁平小胞で密に裏打ちされていることが明らかになっていました(文献7,8)。しかし、キアノポラと対をなす灰色植物の別系統のグラウコキスティス等の生物の細胞は厚い細胞壁で覆われているので、原形質体表層の観察にFE−SEMは使用できないという問題がありました。今回、細胞壁で覆われていても三次元立体構造観察が可能な世界最高加速電圧の超高圧電子顕微鏡(日立製作所 H−3000型)を用いて初めて細胞壁の内側の藻類細胞表層の直接観察に成功しました。グラウコキスティス2種の原形質体表層は細胞膜(原形質膜)を裏打ちする小葉状の扁平小胞が内側から細胞全体を覆っていることが明らかとなり(図2)、基本的にはキアノポラと同一の微細3D構造であることが明らかとなりました。このような灰色植物の2大系統で共通する特徴は本植物群の共通の祖先で既に獲得されていたものであり、10〜20億年前に細胞膜全体を裏打ちする小葉状の扁平小胞で内側から守られている細胞にシアノバクテリアが共生して最初の植物が誕生したことが推測されました(図3)。また、同様の細胞3D微細構造は灰色植物が所属する一次植物(注6)とは異なる二次植物(注7)(ハプト植物、クロメラ植物)で観察されているので、原始植物細胞が細胞壁を獲得する前に持ち合わせていた細胞の特徴とも解釈されます。また、この特徴は後生動物・菌類並びにアメーバ類とは異なり、キャバリエスミスの提案している「植物系の大系統群 corticates」の実在を支持しました(文献9、図3)。
 今回明らかになった真核生物の始原的細胞を支える細胞3D構造は葉緑体と細胞壁を獲得する以前から植物の祖先細胞が持っていた細胞を守るものであると考えられます。他の真核生物を用いた更なる超高圧電子顕微鏡による微細3D構造の研究が、真核生物の中の光合成植物の起源と系統をより明確にすると期待されます。

 本研究は、東京大学大学院理学系研究科と大阪大学との共同研究で行われました。また、科学研究費補助金(新学術領域研究、課題番号26117708、代表者 野崎久義;基盤研究(A)、課題番号24247042、代表者 野崎久義)、ならびに「植物を用いたCO2資源化に向けた植物研究拠点ネットワーク(NC−CARP)」プロジェクト、大阪大学超高圧電子顕微鏡センターにおける「文部科学省ナノテクノロジープラットフォーム事業 微細構造解析プラットフォーム(大阪大学ナノテクノロジー設備供用拠点)」の支援を受けました。

 ※参照文献は添付の関連資料を参照


5. 発表雑誌:
 雑誌名:「Scientific Reports」(オンライン版:英国10月6日)
 論文タイトル:Ultra−high voltage electron microscopy of primitive algae illuminates 3D ultrastructures of the first photosynthetic eukaryote
 著者:Toshiyuki Takahashi,Tomoki Nishida,Chieko Saito,Hidehiro Yasuda&Hisayoshi Nozaki(*)
  高橋紀之(東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 博士課程3年)
  西田倫希(大阪大学超高圧電子顕微鏡センター特任研究員(研究当時)、現日本繊維製品品質技術センター)
  齊藤知恵子(東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 特任准教授(研究当時)、現科学技術振興機構フェロー)
  保田英洋(大阪大学超高圧電子顕微鏡センター センター長・教授)
  野崎久義(*)(東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 准教授)
 doi:10.1038/srep14735
 アブストラクトURL:http://www.nature.com/articles/srep14735


■用語解説:
(注1)灰色植物
 一次植物の小さな一系統で、青緑色の珍しい淡水産微細藻類のみが知られる単細胞.群体性の生物。葉緑体の色素組成や形態がシアノバクテリアに極めて類似しており、10〜20億年前の先カンブリア時代に一次共生が起きた直後の「最初の植物」の姿を未だに留めていると考えられている「生きた化石」。葉緑体がシアノバクテリアに類似しているために、以前はシアノバクテリアが共生している原生生物と解釈されたこともある。

(注2)超高圧電子顕微鏡
 透過型電子顕微鏡(TEM)の一種。加速電圧が100kV程度の通常のTEMに対し、非常に高い加速電圧(1000kV以上)を用いる事で、高い空間分解能と試料透過能を実現し、従来のTEMに比べ10倍以上の厚い試料の観察が可能。常用3000kVの世界最高加速電圧を持つ大阪大学超高圧電子顕微鏡センターの超高圧電子顕微鏡(日立製作所 H−3000型)では数μm.10μmの厚い試料の高分解能観察が可能であり、生物試料の微細な三次元構造を解明できる。

(注3)シアノバクテリア
 「藍色細菌」や「藍藻」とも呼ばれる青緑色の光合成細菌の一群であり、30億年以上前に地球に出現し、二酸化炭素を固定して元々地球の大気に存在しなかった酸素を供給してきた。

(注4)“超”植物界仮説
 一般に一次植物は単系統である(たった一つの祖先に由来し、その子孫を全て含む)と信じられているが、これに対し「最初の植物」の子孫は一次植物に加え二次植物および無色の原生生物をも含む「“超”植物界」を形成するという東京大学理学系研究科野崎久義准教授が2003年以降唱えている仮説<https://www.s.u−tokyo.ac.jp/ja/press/2007/09.html>。この説によれば二次植物のホスト(一次植物を取り込んだ方の真核生物)自身が一次植物または一次植物が色素体を失った祖先生物になり、一次植物の系統の中で一次植物を取り込む事で二次植物が成立した事となる。

(注5)超高分解能FE−SEM(電界放出型走査型電子顕微鏡)を用いた低加速電圧観察
 走査型電子顕微鏡(SEM)観察は物体表面の微細構造を観察する電子顕微鏡法である。真の表面構造を観察するには電子線が透過しにくいように加速電圧を低くする低加速電圧観察が有効であるが、加速電圧を低くすると分解能が低下するため、従来のSEMでの観察には限界があった。FE(電界放出型)電子銃の性能を活かした近年の超高分解能FE−SEMでは低加速電圧域でも高分解能観察が可能で物体表面の精密な観察が可能となる。

(注6)一次植物
 我々の身の回りの陸上植物の葉緑体の起源は、シアノバクテリアであると考えられている。即ち、10〜20億年前の先カンブリア時代に、光合成を行わない真核生物がシアノバクテリアを取り込み(一次共生と呼ばれる)、葉緑体とする事で「植物化」して光合成を行なうようになったと考えられており、この一次共生によって成立した一次植物には緑色植物(陸上植物と緑藻類)・紅色植物(アサクサノリやフノリなどの紅藻類)・灰色植物の3つが知られている。

(注7)二次植物
 一次共生によって成立した一次植物が丸ごと更に別の真核生物に取り込まれ、色素体(葉緑体)となる事を二次共生といい、この結果、成立した光合成真核生物を二次植物と呼ぶ。緑藻類を取り込んだものはミドリムシ、紅藻類を取り込んだものはコンブやワカメ等の褐藻類や珪藻類の他、ハプト植物、クロメラ植物などが知られている。又、一部の系統では、二次的に光合成能を失っている。二次共生は複数回独立に起きたと考えられているが、紅藻類を取り込んだホストの祖先(取り込んだ方の真核生物)についてはよく分かっていない。


■添付資料:

 ※図1〜3は添付の関連資料を参照



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